131.王様とのやり取りは気を遣うのです
時間の経過と共に、宴の熱狂も落ち着いた。
ごく自然に、人々は会場に散らばる。
あちらこちらで会話の輪が出来ていた。
その中の一つに、俺とファリアス王はいる。
「こうして皆で笑えるのも、クリス様のおかげですね。下手をすれば、今頃はベヒモスの胃袋の中ですから」
「いえ、それほどでも」
少ない言葉で、ファリアス王の賞賛を流す。
別に含みがあるわけではない、と思う。
それでも一国の王と会話しているのだ。
全くの無神経というわけにはいかない。
「ところで、残ったベヒモスの処分のことですが」
「はい、何でしょう?」
「あんなにいただいても良かったのですか? 難民達に分け与えても、まだお釣りがくる量だ」
害の無い質問だったのでホッとした。
何だ、そのことか。
「全く構わないです。俺の取り分はちゃんと確保しています。これ以上もらっても、どうせ食べきれないし」
「そうですか。しかし、凄いボリュームですよね。どうやって食べればいいのだろう」
「普通に焼けばいいと思いますよ。素材がいいから、塩だけでもいけるはずです」
「うーん、そうですよね。シンプルに焼くしかないか。量がありすぎて、他に思いつかないな」
そう言いながら、ファリアス王は頷いた。
他の調理法もあることはある。
けれども、それは俺がやるなら出来るって話だ。
見上げるほどの肉を大量消費するなら、とにかく焼けばいい。
この辺りはケースバイケースだろう。
「後世の歴史家から見たら、ちょっとした伝説になりますよ。難民達にベヒモスの焼き肉を振る舞った、なんてね」
「はは、そうですね。そのためには、まずは私が結婚しないといけないんだが」
「あ、申し訳ありません」
失言だった。
微妙な話題に触れてしまったな。
それでも、ファリアス王は笑顔を崩さない。
「いえ、とんでもない。これまでにも何度か機会はあったのです。ただ、縁が無かったというかね。そうだ、結婚という単語で思い出したのですがね。クリス様とエミリア様の挙式はいつ頃に?」
「え、いや、まだ不確定でして。色々とその、周囲の目もありまして」
予想外の質問だった。
エミリアが近くにいなくて良かった。
何を言い出すか分からないからな。
「ほう、そうなんですか。さぞ華やかな挙式になるでしょうね。もちろん、その時は参列させていただきます」
「どどどどーもありがとうございますすすす」
「あの、大丈夫ですか、クリス様? ろれつが回っていないようですが」
「ご、ご心配には及びませんよ。ちょっと疲労が蓄積されただけです。そ、そうですね。式の際にはご招待いたしますから!」
実は偽装婚約です、とはとても言えない。
今更だけど他に良い策無かったのかよ、ゼリックさん。
頭をフル回転させつつ、目だけでエミリアを探す。
いた。
機嫌良さそうに、他の人達と話している。
彼女はこういう場でも物怖じしない。
人当たりがいいのだろう。
いい子だとは思う。
一瞬だけ気を取られていた。
「まさに聖女の鑑ですね。お美しいし、分け隔てなく誰とでも接する。クリス様とはお似合いですよ。これこそロイヤルカップルです」
だから、ファリアス王の言葉にビクッとしてしまった。
良心がとがめて仕方がない。
「おっしゃる通りですね、ええ」と無難に流す。
何だろうなあ、この気持ち。
俺とエミリアの関係は、どうにも説明しづらいよなあ。
自業自得ではあるけど、悩んでしまうよ。
それでも何か言わないと不自然だな。
「先程も言いました通り、いささか事情がありまして。正式な結婚は少々先になるんじゃないかと思います」
「ああ、分かりました。そうですね、お二人とも重責を担っていますしね。私も国王なので、その辺りの事情は推察できますよ」
「恐れ入ります」
頭のいい人特有の弱点だ。
頭の回転がいいから、自分で状況を作り出してしまう。
こっちとしては助かるから、文句は言えないけど。
ぼろが出る前に、話題を切り替えよう。
「ベヒモスによる損害は、どの程度だったのですか?」
「金銭的なことは詳しくは言えません。ただ、一言で言えば酷いものです。被害者は多数、農地もずいぶん荒らされました。来年は復興に全力を注がねばなりませんね」
「痛いですね」
「ええ。しかし、命があるだけ良いですよ。亡くなった兵士や国民の為にも、頑張らなくてはね」
ファリアス王は、国王らしい一言で締めくくった。
勘だけど、この人なら大丈夫だろう。
信頼に足る王なら、民はちゃんとついてくる。
「そうですね。コーラントの一日も早い復興を、俺も心から願っています。その時には、また呼んでください」
「ありがとうございます、クリス様。その時は、お二人が幸せなご家庭を築いているといいですね」
「え、ええ、そうですね、ハハハ」
話題が戻ってきてるんですけど?
† † †
夜分遅くまで、祝宴は続いた。
たくさんの人と話し、笑い、酒杯を重ねた。
疲れたけれど、これはこれで楽しい時間だ。
同じ経験を共有し、人は信頼を重ねあう。
その頃合いを見計らっていたのだろう。
ファリアス王が口を開いた。
「皆の者、今日はここでお開きとしよう。まだ飲み食いする者は残れば良し。部屋に帰り休むも良し。ファリアス=コーラントの名において、これを閉会の挨拶とする」
さっぱりとした挨拶に、自然と拍手が起こる。
話を長引かせない辺り、良い国王だと思った。
最初の一言で話の八割は終わるもんな。
それはさておき、どうするか。
エミリア達の方を見た。
「閉会だそうだが、どうする?」
「んー、ドレスもきついしそろそろ帰りたいですー」
「妾もじゃ。無理して食べ過ぎたのう」
エミリアとローロルンは揃って手を挙げた。
よくそのドレスであれだけ食えたな。
正直感心するよ。
ライアルも「俺ももういいかな」と肩をすくめている。
平然としているのは、食べる量を心得ているからだ。
「いいのかよ。ご令嬢達がまだいるみたいだが」
「いい。眠い」
「子供か、お前は」
たしなめはしたが、頃合いか。
着飾ったご令嬢達が熱い視線を向けている。
美人局とは思わないが、政治絡みになるとめんどくさい。
「それではおやすみなさい」とさっさとその場を引き下がる。
撤退は速やかにだ。
会場を出た瞬間、エミリアが大きく伸びをした。
エレガントさなど欠片もない。
「あー、楽しみましたねえー。これだけわいわい騒いだの、久しぶりですー。明日からまた心機一転頑張れそうですよー」
「それはいいんだが、おしとやかさはどこ行った?」
「会場に置き忘れてきましたー、てへっ」
「何がてへっだ」
いや、小言はよそう。
実際、エミリアも今回は頑張ったしな。
歩きながら、ベヒモスとの戦闘を振り返る。
流石に相手が強かったな。
もう少し粘られたら、俺の加護も時間切れだっただろう。
それでも倒せたのは、ヤオロズの助けが大きい。
そう、あのM79という武器のおかげだ。
"いや、待て。何か忘れていないか?"
すーっと背筋が冷たくなった。
大事なことを忘れている気がする。
ヤオロズは何か言っていたはずだ。
異世界の武器を持ち込むことは、本来禁止された行為だと。
ペナルティもあり得ると。
"いやあ、今の今まで忘れていたなあ"
"水をさしたくないから、私も言わなかったけどね。残念ながら、お咎め無しとは行かなかったよ"
酔いの残る頭に、ヤオロズの声が響いた。