130.ドレスアップした女の子というもの
俺はエミリアの服装には詳しくない。
いつもぞろっとしたローブだからだ。
だからだろうか。
彼女の正装は、とても新鮮だった。
「ほら、クリス。何か言ってあげないと駄目だよ」
「ん、ああ。あー、その。似合ってるよね」
ライアルに肘で突つかれ、ようやくそれだけ口にした。
女の子を誉めるのは苦手だ。
結婚していた癖にと言われそうだが、仕方がない。
もっとも、誉められた方は満更でも無さそうだったけど。
「んー、ふふー、んふふふふー。そうですかあ、似合ってますかー。いやあ、私も捨てたもんじゃないですよねえ。そうじゃないかとは思っていたんですよお」
「くくく、もっと言ってやるのじゃ、聖女様。クリスみたいな鈍い男には、黙っていては伝わらんからの」
「全部聞こえてんだよ」
ローロルンをたしなめた。
しかし、良いドレスを着ていることは事実だ。
エミリアのドレスは、タイトなデザインだ。
襟元が大きく開き、鎖骨や肩の部分がかなり見える。
下手すれば扇情的な作りだが、そこは上手く抑えている。
色は淡い水色で、いかにも涼しげだ。
エミリアと目が合う。
「どうですか、中々のものでしょー」と笑顔を向けてきた。
肘まである長手袋がエレガントな印象だ。
「そうだね。正直予想外だったかな」
「一応女の子ですからねっ。たまにはクリス様をドキッとさせないとー」
「別の意味でドキドキしそうだがな。こいつ、何か企んでるんじゃないかってさ」
「そうじゃないですよー!?」
「冗談だよ」
俺とエミリアが話してる間、ライアルは微妙な顔をしていた。
ローロルンが「渋い顔をしておるな」と声をかける。
「え、そうかな。うん、まあそうだね」
「ぬ、気に入らんのお? ははーん、そうか。妾のあまりの似合いっぷりに、言葉も無いんじゃな!」
「流石にミニ丈は年を考えた方が……」
「何ぞ言うたか、ライアル?」
「いえ、何でもありません」
ライアルはピシッと背筋を伸ばしている。
その鼻先に、ローロルンが愛用の杖を突きつけていた。
目が真剣だ。
俺は横目で観察する。
シンプルなノースリーブのドレスは、まあ似合ってはいる。
クリーム色というのも、柔らかい雰囲気で悪くない。
だが問題はスカート丈だろう。
膝上のフレアスカートというのは、ちょっとどうなんだ。
十代半ばならともかく、大人にはきつい。
そう思っていると、あ、睨まれた。
「クリストフ。お主、今、自分の歳のことを考えろよと思うたか?」
「い、いや、そんなことは」
「ロリババアの癖に無理をするなと思うたか、うん?」
「そこまでは思わねえよ」
「いや、よい。妾も多少抵抗はあった。しかし、これしかサイズが合うものが無かったのじゃ。致し方なしと己を納得させてはいる」
「その割には、ローロルンさんノリノリでしたよねー。エルフの魔法少女ローロルン参上! 皆の心をハピハピキュンキュンさせちゃうぞ! とか言ってませんでしたかー?」
「魔法少女っ……! 痛々しいな、ローロルン!?」
「ハピハピキュンキュンってやばいね……」
エミリアが鋭く突っ込む。
俺とライアルは笑いをこらえきれない。
いや、無理だって。
本物の魔法少女が見たら激怒するぞ。
「ある意味間違ってはおらんじゃろうが!」
「顔真っ赤にしてる時点で、説得力無いですよー。それより、そろそろ行かないとー」
エミリアがローロルンをたしなめた時だ。
コンコンとノックの音が聞こえた。
「どうぞ」と俺が答える。
「失礼いたします」という挨拶の後、静かに扉が開いた。
数名の召使いが入室してくる。
「お待たせいたしました、勇者様。宴の準備が整いました。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
「分かった、ありがとう」
さてと、内輪の馬鹿騒ぎはおしまいだ。
一度服の襟を正し、俺はエミリアを促した。
それだけで察したらしい。
彼女は俺の隣に並ぶ。
エミリアが右手を持ち上げた。
俺は左手でその手を支えるように持つ。
エスコートはしておかないと、色々とまずい。
「じゃ、行くか」
「はーい、お願いいたしますー」
「うむ。おい、ライアル。お主、妾をエスコートせんか。格好つかぬではないか」
「えっ、イヤだ。恋人でもないのに」
「おまっ、正式な宴の席じゃぞ? その気がなくてもやるもんじゃ」
俺とエミリアの背後で、ローロルンが騒いでいる。
聞いているだけで胃が痛い。
頼むから騒ぎを起こさないでくれ。
† † †
「きゃあああ、クリス様こっち向いてええー!」
「あっ、ライアル様と目が合っちゃったー!」
「エミリア様、かわいいー! 手振ってくださーい!」
「ローロルン様、わかーい! とても三百歳近いと思えなーい!」
「一番最後のやつ! 妾に喧嘩売っておるのかっ!?」
あれ、おかしいな。
公式の宴って、こんなに賑やかなものだったっけ。
疑問に思いつつ、俺は愛想笑いを必死に浮かべている。
会場に掛けられた垂れ幕には、長々とお祝いの文句が記されていた。
ベヒモス撃破及び勇者様の偉業を讃える戦勝祝い、とコーラントの文字で書かれている。
国としての公式の宴なんだよな、これ。
でも何故こんなに騒がしいんだ。
「押さない、押さない! 握手は一人一回までです! ちゃんと列を組んで!」
「笑顔を強要しないでくださいっ! 勇者様達にも、ちゃんと食事のお時間を!」
理性ある高官達がいなければ、俺たちは一歩も動けなかっただろう。
好意を持たれるのも程度によるってことだ。
「勇者様っ、今の内にお食事を!」という声に甘えて、俺はその場を抜け出した。
エミリア達も俺に続き、どうにか包囲網を破る。
「はー、人気者は辛いですねえー。あんなに握手求められたの、初めてですよー」
「悪気が無いだけに怖いのう。いや、待て。妾の年齢を口にした奴もいたな。生かして帰すわけにはいかぬ」
「やめろやめろ、よその国で事件起こすな」
「そうだよ、ほら。コーラントの宮廷料理、結構いけるよ。皆の分取ってきたから、取り分けておくよ」
絶妙のタイミングで、ライアルが場を取りなす。
右手に持った大皿には、これでもかと料理が載せられていた。
ふわりと刺激的な匂いが漂う。
コーラントは南国なので、香辛料をよく使う。
腐敗防止及び発汗作用ということだ。
ざっと眺めてから、俺は前菜を食べてみた。
海老と唐辛子の炒め物だ。
海老のぷりぷりした食感に、唐辛子がよく合う。
スパイシーな辛さはいっそ爽やかとさえ言えた。
「お、結構いけるなあ。せっかくだから色々試してみよう」
「であれば、ぜひこれも。ローチという川魚の姿揚げです。パリパリしていて酒が進みますよ」
「じゃ、ぜひそれを。ん?」
横からスッと出てきた料理は、誰が差し出したのか。
視線を皿から腕、顔へと移す。
褐色の精悍な顔つきは、忘れるわけもない顔だ。
「すいません、ファリアス陛下の手をわずらわせる訳には」
「いえいえ、とんでもない。この程度のこと、何でもありませんよ」
柔和な笑みを浮かべ、ファリアス王は会釈した。
いい人なんだけど、何かありそうなんだよなあ。
とりあえず、無難に話を合わせておくか。




