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130/145

130.ドレスアップした女の子というもの

 俺はエミリアの服装には詳しくない。

 いつもぞろっとしたローブだからだ。

 だからだろうか。

 彼女の正装は、とても新鮮だった。


「ほら、クリス。何か言ってあげないと駄目だよ」


「ん、ああ。あー、その。似合ってるよね」


 ライアルに肘で突つかれ、ようやくそれだけ口にした。

 女の子を誉めるのは苦手だ。

 結婚していた癖にと言われそうだが、仕方がない。

 もっとも、誉められた方は満更でも無さそうだったけど。


「んー、ふふー、んふふふふー。そうですかあ、似合ってますかー。いやあ、私も捨てたもんじゃないですよねえ。そうじゃないかとは思っていたんですよお」


「くくく、もっと言ってやるのじゃ、聖女様。クリスみたいな鈍い男には、黙っていては伝わらんからの」


「全部聞こえてんだよ」


 ローロルンをたしなめた。

 しかし、良いドレスを着ていることは事実だ。

 エミリアのドレスは、タイトなデザインだ。

 襟元が大きく開き、鎖骨や肩の部分がかなり見える。

 下手すれば扇情的な作りだが、そこは上手く抑えている。

 色は淡い水色で、いかにも涼しげだ。

 エミリアと目が合う。

「どうですか、中々のものでしょー」と笑顔を向けてきた。

 肘まである長手袋がエレガントな印象だ。


「そうだね。正直予想外だったかな」


「一応女の子ですからねっ。たまにはクリス様をドキッとさせないとー」


「別の意味でドキドキしそうだがな。こいつ、何か企んでるんじゃないかってさ」


「そうじゃないですよー!?」


「冗談だよ」


 俺とエミリアが話してる間、ライアルは微妙な顔をしていた。

 ローロルンが「渋い顔をしておるな」と声をかける。


「え、そうかな。うん、まあそうだね」


「ぬ、気に入らんのお? ははーん、そうか。妾のあまりの似合いっぷりに、言葉も無いんじゃな!」


「流石にミニ丈は年を考えた方が……」


「何ぞ言うたか、ライアル?」


「いえ、何でもありません」


 ライアルはピシッと背筋を伸ばしている。

 その鼻先に、ローロルンが愛用の杖を突きつけていた。

 目が真剣(まじ)だ。

 俺は横目で観察する。

 シンプルなノースリーブのドレスは、まあ似合ってはいる。

 クリーム色というのも、柔らかい雰囲気で悪くない。

 だが問題はスカート丈だろう。

 膝上のフレアスカートというのは、ちょっとどうなんだ。

 十代半ばならともかく、大人にはきつい。

 そう思っていると、あ、睨まれた。


「クリストフ。お主、今、自分の歳のことを考えろよと思うたか?」


「い、いや、そんなことは」


「ロリババアの癖に無理をするなと思うたか、うん?」


「そこまでは思わねえよ」


「いや、よい。妾も多少抵抗はあった。しかし、これしかサイズが合うものが無かったのじゃ。致し方なしと己を納得させてはいる」


「その割には、ローロルンさんノリノリでしたよねー。エルフの魔法少女ローロルン参上! 皆の心をハピハピキュンキュンさせちゃうぞ! とか言ってませんでしたかー?」


「魔法少女っ……! 痛々しいな、ローロルン!?」


「ハピハピキュンキュンってやばいね……」


 エミリアが鋭く突っ込む。

 俺とライアルは笑いをこらえきれない。

 いや、無理だって。

 本物の魔法少女が見たら激怒するぞ。


「ある意味間違ってはおらんじゃろうが!」


「顔真っ赤にしてる時点で、説得力無いですよー。それより、そろそろ行かないとー」


 エミリアがローロルンをたしなめた時だ。

 コンコンとノックの音が聞こえた。

「どうぞ」と俺が答える。

「失礼いたします」という挨拶の後、静かに扉が開いた。

 数名の召使いが入室してくる。


「お待たせいたしました、勇者様。宴の準備が整いました。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


「分かった、ありがとう」


 さてと、内輪の馬鹿騒ぎはおしまいだ。

 一度服の襟を正し、俺はエミリアを促した。

 それだけで察したらしい。

 彼女は俺の隣に並ぶ。

 エミリアが右手を持ち上げた。

 俺は左手でその手を支えるように持つ。

 エスコートはしておかないと、色々とまずい。


「じゃ、行くか」


「はーい、お願いいたしますー」


「うむ。おい、ライアル。お主、妾をエスコートせんか。格好つかぬではないか」


「えっ、イヤだ。恋人でもないのに」


「おまっ、正式な宴の席じゃぞ? その気がなくてもやるもんじゃ」


 俺とエミリアの背後で、ローロルンが騒いでいる。

 聞いているだけで胃が痛い。

 頼むから騒ぎを起こさないでくれ。



† † †



「きゃあああ、クリス様こっち向いてええー!」


「あっ、ライアル様と目が合っちゃったー!」


「エミリア様、かわいいー! 手振ってくださーい!」


「ローロルン様、わかーい! とても三百歳近いと思えなーい!」


「一番最後のやつ! 妾に喧嘩売っておるのかっ!?」


 あれ、おかしいな。

 公式の宴って、こんなに賑やかなものだったっけ。

 疑問に思いつつ、俺は愛想笑いを必死に浮かべている。

 会場に掛けられた垂れ幕には、長々とお祝いの文句が記されていた。

 ベヒモス撃破及び勇者様の偉業を讃える戦勝祝い、とコーラントの文字で書かれている。

 国としての公式の宴なんだよな、これ。

 でも何故こんなに騒がしいんだ。


「押さない、押さない! 握手は一人一回までです! ちゃんと列を組んで!」


「笑顔を強要しないでくださいっ! 勇者様達にも、ちゃんと食事のお時間を!」


 理性ある高官達がいなければ、俺たちは一歩も動けなかっただろう。

 好意を持たれるのも程度によるってことだ。

「勇者様っ、今の内にお食事を!」という声に甘えて、俺はその場を抜け出した。

 エミリア達も俺に続き、どうにか包囲網を破る。


「はー、人気者は辛いですねえー。あんなに握手求められたの、初めてですよー」


「悪気が無いだけに怖いのう。いや、待て。妾の年齢を口にした奴もいたな。生かして帰すわけにはいかぬ」


「やめろやめろ、よその国で事件起こすな」


「そうだよ、ほら。コーラントの宮廷料理、結構いけるよ。皆の分取ってきたから、取り分けておくよ」


 絶妙のタイミングで、ライアルが場を取りなす。

 右手に持った大皿には、これでもかと料理が載せられていた。

 ふわりと刺激的な匂いが漂う。

 コーラントは南国なので、香辛料をよく使う。

 腐敗防止及び発汗作用ということだ。

 ざっと眺めてから、俺は前菜を食べてみた。

 海老と唐辛子の炒め物だ。

 海老のぷりぷりした食感に、唐辛子がよく合う。

 スパイシーな辛さはいっそ爽やかとさえ言えた。


「お、結構いけるなあ。せっかくだから色々試してみよう」


「であれば、ぜひこれも。ローチという川魚の姿揚げです。パリパリしていて酒が進みますよ」


「じゃ、ぜひそれを。ん?」


 横からスッと出てきた料理は、誰が差し出したのか。

 視線を皿から腕、顔へと移す。

 褐色の精悍な顔つきは、忘れるわけもない顔だ。


「すいません、ファリアス陛下の手をわずらわせる訳には」


「いえいえ、とんでもない。この程度のこと、何でもありませんよ」


 柔和な笑みを浮かべ、ファリアス王は会釈した。

 いい人なんだけど、何かありそうなんだよなあ。

 とりあえず、無難に話を合わせておくか。

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