129.死闘の後は勝利のお祝い
「本当に、本当にお礼の言いようもありません! ありがとうございました、ありがとうございましたー!」
「もう分かりました、分かりましたから! お顔を上げてください!」
「もー、クリス様ってば照れ屋さんですねえー。お礼は素直に受け止めた方が可愛げありますよー」
「そうじゃぞ、クリストフ。なんせ妾らはあのベヒモスを倒したんじゃからのう。頭くらい下げてもらっても、罰は当たるまいよ。何なら国民こぞって礼を述べてもらっても」
「はっ、確かにローロルン様の仰るとおりですねっ。おい、全ての民に布告を出せい! 王宮に馳せ参じ、勇者様に礼を述べさせよ!」
「あー、何か大変なことになったね。良かったな、クリス」
「よかねえから! 全然よかねえから! 平然としてるお前が羨ましいわ!」
いや、うん。
ベヒモスを倒したことは、確かに大きな功績だ。
ファリアス王自らが礼を言うのも自然だろう。
けどさ、平身低頭でずっと頭下げられるのはな。
頭を床にこすりつけられても困るんだよ。
いや、もうお腹いっぱいだよ。
"いやあ、一国の王様にこうまで感謝されるのか。よっ、流石は勇者様。大したもんだ"
"ヤオロズまで茶化すな。胃が痛い"
内心で反発しながら、ファリアス王を取りなす。
エミリアなどは「ははっ、それほどでもー」とずっと笑いっぱなしだ。
ある意味大した度胸だと思う。
とにかく、この場を収めなくては。
ほっておいたら、ほんとに全国民が俺に挨拶に来かねない。
「え、ええと、お気持ちだけで十分ですから。ほんと、遠慮しておきます。コーラントとしての礼も、国使を通してくれたらいいんで」
どうにかファリアス王を捕まえ、それだけ伝えた。
俺の必死さを理解したのだろう。
ファリアス王は「うむむ、さようですか」と顔を引き締めた。
良かった、やっと落ち着いてくれた。
「そうですな。国難が去り、私も脳天気になり過ぎていたようだ。クリス様、いや、勇者クリストフ=ウィルフォード様。改めて、ここに御礼申し上げる。貴方のおかげで、このコーラントの地は守られた。全国民を代表して、私、ファリアス=コーラントが謝意を示します」
「謹んでお受けします」
ファリアス王が静かに頭を下げる。
俺もそれに静かに応える。
ふう、やっと落ち着いた。
これで儀式は完了だ。
周囲から拍手が聞こえてきた。
コーラントの高官達が俺達を祝福してくれている。
素朴だが、これが一番心暖まる。
感涙にむせぶ者もいれば、満面の笑顔の者もいる。
タイミングを見計らい、ファリアス王が全員を見渡した。
「今一度、クリストフ様に謝意を示さん! ベヒモス討伐を果たした勇者に敬礼!」
張りのある声が響く。
その場の全員が、俺達を向いた。
「敬礼!」と声が揃う。
右拳を左肩に当てながら、そのまま皆が頭を下げた。
これがコーラント王国式の最敬礼らしい。
礼に則り、俺も同じ動作を返す。
心底ほっとしている。
後は案内に従えばいい。
高官の一人が近寄ってきて、こちらに巻物を渡してきた。
封を取って、中身を確認する。
隣からエミリアが覗きこんできた。
「色々書かれていますねー。これ、もしかしてお礼の品ですかー?」
「そうだよ。コーラントが国として、エシェルバネスに払う礼金だよ。俺らが貰える訳じゃないぞ」
小声で教えてやる。
俺らの功績については、エシェルバネス王国から貰うことになっている。
俺がコーラントからエシェルバネスへの礼金を確認しているのは、単なる形式だ。
うん、結構な金額になることだけは分かった。
そのまま巻物を綴じかけた時だった。
「これは?」
巻物の最後の方に、別枠で記された文章があった。
筆跡も違うし、明らかにそれまでとは文意も異なる。
高官が答えようとしたが、ファリアス王がそれを制した。
代わりに自ら説明してくれる。
「それはミトラの街からのメッセージです。かの街の難民達が、どうしてもお礼を言いたいと述べてきまして。変則的ですが、この機会にお伝えすることにしました」
ああ、だからか。
納得して、俺はもう一度その文章に目を通す。
自然と顔が緩むのを自覚した。
「良かった」とだけ答え、改めて巻物を返した。
この後は晩餐会がある。
それまでは一旦退室だ。
ファリアス王らに頭を下げ、俺達は謁見の間を出た。
緊張感から解放され、気が楽になる。
ゆっくりと廊下を歩いていると、ライアルに声をかけられた。
「さっきの巻物、最後に何が書かれていたんだ。ずいぶん嬉しそうだったけど」
「見ていたのか。いや、大したことじゃないんだけどな。スープ美味しかったですって。それだけだよ」
「スープ?」
「そう、配給したスープ」
あの難民達はこれからどうなるのだろう。
ベヒモスは確かに倒せた。
けれども、彼らの生活は立て直せるのだろうか。
故郷に帰ったとしても、そこはずいぶん荒らされているだろう。
簡単に元通りとはいかないはずだ。
チクリと心が痛む。
俺が配ったスープのことなど、忘れていてくれてもいいのにな。
「それでも嬉しかったのかなあ」
「きっとそうですよお。疲れた時って、温かいものが食べたくなりますものー」
独り言のつもりだったが、エミリアに気が付かれた。
ちょっと驚いた。
「かもな」とだけ、短く答える。
もう彼らに会う機会は無いだろう。
それでも、あの一杯のスープが思い出になるのなら――俺も作った甲斐があったかな。
少し気が楽になった。
† † †
客用の部屋に戻り、ホッと一息つく。
ベヒモスを倒してから五日が経っていた。
体力も魔力も戻り、気分も良くなっている。
それを確認した上で、コーラント王国は謝礼の場を設けたのだ。
俺達にとっても、その気遣いは嬉しい。
あの死闘直後では、全員が疲労困憊していたからな。
「ライアルさんもご無事で何よりでしたねー。あの剣士の人、強かったでしょうにー」
「んー、まあ手強かったよ。でもベヒモスと比べたら、大したことないと思う」
「比べる相手が悪いですよー」
エミリアにたしなめられ、ライアルは「そうかもね」とだけ答えた。
素っ気ないが、別に怒ってはいない。
表情で分かる。
ああ、そうだ。一つだけ聞いておくか。
「お前、ナージャ相手に奥の手使ったのか」
ライアルがこちらを見る。
軽く頷くと、黒髪が揺れた。
「使った。使わざるを得なかった、が正解かな」
「そこまで強敵だったか。相当やるだろうとは思っていたけど」
「村正だと、多分ぎりぎりだった。バルムンク使うのは久しぶりだったな。疲れた」
ハハ、とライアルが小さく笑う。
その視線が俺から外れた。
わざと焦点を外したようにも見えた。
知らぬふりをしても良かったけど、何故か気になった。
「おい、大丈夫か。ぼーっとして」
「ん、いや、何。前にね、バルムンクを使った時のことを思い出してさ。あの時は……いや、やめよう」
わざとらしいと思ったけど、問い詰めはしない。
話したくないことなら、それはそれだ。
「ならいいさ」とわざと明るく言ってやる。
その時、ローロルンが振り向いた。
「ふん、辛気臭い雰囲気は止めてほしいものよのう。それより、この後は晩餐会なのじゃろう? 楽しみじゃな。美味な食事は大好きじゃ」
「あーうん、それでだな」
「ですですー! 異国の宮廷料理とか、めったに食べる機会ないですもんねー!」
「いや、うん。それは全然構わないと思うんだが」
注意しそこねた。
ローロルンとエミリアはニコニコしている。
胸が痛む。
期待に水さすようで悪いな。
しかしこれだけは言わなくては。
「君ら二人、ごちゃごちゃしたドレス着ることになるからさ。そんなに食べられないと思うぞ?」
「え、ええー! そんなのあんまりですぅー!」
「クリストフッ、お主そこまで意地悪したいのか! 見損なったぞ!」
予想通り、二人からは猛反発だ。
言われても困るよ。
俺が決めたわけじゃないのに。