表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/145

129.死闘の後は勝利のお祝い

「本当に、本当にお礼の言いようもありません! ありがとうございました、ありがとうございましたー!」


「もう分かりました、分かりましたから! お顔を上げてください!」


「もー、クリス様ってば照れ屋さんですねえー。お礼は素直に受け止めた方が可愛げありますよー」


「そうじゃぞ、クリストフ。なんせ妾らはあのベヒモスを倒したんじゃからのう。頭くらい下げてもらっても、罰は当たるまいよ。何なら国民こぞって礼を述べてもらっても」


「はっ、確かにローロルン様の仰るとおりですねっ。おい、全ての民に布告を出せい! 王宮に馳せ参じ、勇者様に礼を述べさせよ!」


「あー、何か大変なことになったね。良かったな、クリス」


「よかねえから! 全然よかねえから! 平然としてるお前が羨ましいわ!」


 いや、うん。

 ベヒモスを倒したことは、確かに大きな功績だ。

 ファリアス王自らが礼を言うのも自然だろう。

 けどさ、平身低頭でずっと頭下げられるのはな。

 頭を床にこすりつけられても困るんだよ。

 いや、もうお腹いっぱいだよ。


 "いやあ、一国の王様にこうまで感謝されるのか。よっ、流石は勇者様。大したもんだ"


 "ヤオロズまで茶化すな。胃が痛い"


 内心で反発しながら、ファリアス王を取りなす。

 エミリアなどは「ははっ、それほどでもー」とずっと笑いっぱなしだ。

 ある意味大した度胸だと思う。

 とにかく、この場を収めなくては。

 ほっておいたら、ほんとに全国民が俺に挨拶に来かねない。


「え、ええと、お気持ちだけで十分ですから。ほんと、遠慮しておきます。コーラントとしての礼も、国使を通してくれたらいいんで」


 どうにかファリアス王を捕まえ、それだけ伝えた。

 俺の必死さを理解したのだろう。

 ファリアス王は「うむむ、さようですか」と顔を引き締めた。

 良かった、やっと落ち着いてくれた。


「そうですな。国難が去り、私も脳天気になり過ぎていたようだ。クリス様、いや、勇者クリストフ=ウィルフォード様。改めて、ここに御礼申し上げる。貴方のおかげで、このコーラントの地は守られた。全国民を代表して、私、ファリアス=コーラントが謝意を示します」


「謹んでお受けします」


 ファリアス王が静かに頭を下げる。

 俺もそれに静かに応える。

 ふう、やっと落ち着いた。

 これで儀式は完了だ。

 周囲から拍手が聞こえてきた。

 コーラントの高官達が俺達を祝福してくれている。

 素朴だが、これが一番心暖まる。

 感涙にむせぶ者もいれば、満面の笑顔の者もいる。

 タイミングを見計らい、ファリアス王が全員を見渡した。


「今一度、クリストフ様に謝意を示さん! ベヒモス討伐を果たした勇者に敬礼!」


 張りのある声が響く。

 その場の全員が、俺達を向いた。

「敬礼!」と声が揃う。

 右拳を左肩に当てながら、そのまま皆が頭を下げた。

 これがコーラント王国式の最敬礼らしい。

 礼に則り、俺も同じ動作を返す。

 心底ほっとしている。

 後は案内に従えばいい。

 高官の一人が近寄ってきて、こちらに巻物を渡してきた。

 封を取って、中身を確認する。

 隣からエミリアが覗きこんできた。


「色々書かれていますねー。これ、もしかしてお礼の品ですかー?」


「そうだよ。コーラントが国として、エシェルバネスに払う礼金だよ。俺らが貰える訳じゃないぞ」


 小声で教えてやる。

 俺らの功績については、エシェルバネス王国から貰うことになっている。

 俺がコーラントからエシェルバネスへの礼金を確認しているのは、単なる形式だ。

 うん、結構な金額になることだけは分かった。

 そのまま巻物を綴じかけた時だった。


「これは?」


 巻物の最後の方に、別枠で記された文章があった。

 筆跡も違うし、明らかにそれまでとは文意も異なる。

 高官が答えようとしたが、ファリアス王がそれを制した。

 代わりに自ら説明してくれる。


「それはミトラの街からのメッセージです。かの街の難民達が、どうしてもお礼を言いたいと述べてきまして。変則的ですが、この機会にお伝えすることにしました」


 ああ、だからか。

 納得して、俺はもう一度その文章に目を通す。

 自然と顔が緩むのを自覚した。

「良かった」とだけ答え、改めて巻物を返した。

 この後は晩餐会がある。

 それまでは一旦退室だ。

 ファリアス王らに頭を下げ、俺達は謁見の間を出た。

 緊張感から解放され、気が楽になる。

 ゆっくりと廊下を歩いていると、ライアルに声をかけられた。


「さっきの巻物、最後に何が書かれていたんだ。ずいぶん嬉しそうだったけど」


「見ていたのか。いや、大したことじゃないんだけどな。スープ美味しかったですって。それだけだよ」


「スープ?」


「そう、配給したスープ」


 あの難民達はこれからどうなるのだろう。

 ベヒモスは確かに倒せた。

 けれども、彼らの生活は立て直せるのだろうか。

 故郷に帰ったとしても、そこはずいぶん荒らされているだろう。

 簡単に元通りとはいかないはずだ。

 チクリと心が痛む。

 俺が配ったスープのことなど、忘れていてくれてもいいのにな。


「それでも嬉しかったのかなあ」


「きっとそうですよお。疲れた時って、温かいものが食べたくなりますものー」


 独り言のつもりだったが、エミリアに気が付かれた。

 ちょっと驚いた。

「かもな」とだけ、短く答える。

 もう彼らに会う機会は無いだろう。

 それでも、あの一杯のスープが思い出になるのなら――俺も作った甲斐があったかな。

 少し気が楽になった。



† † †



 客用の部屋に戻り、ホッと一息つく。

 ベヒモスを倒してから五日が経っていた。

 体力も魔力も戻り、気分も良くなっている。

 それを確認した上で、コーラント王国は謝礼の場を設けたのだ。

 俺達にとっても、その気遣いは嬉しい。

 あの死闘直後では、全員が疲労困憊していたからな。


「ライアルさんもご無事で何よりでしたねー。あの剣士の人、強かったでしょうにー」


「んー、まあ手強かったよ。でもベヒモスと比べたら、大したことないと思う」


「比べる相手が悪いですよー」


 エミリアにたしなめられ、ライアルは「そうかもね」とだけ答えた。

 素っ気ないが、別に怒ってはいない。

 表情で分かる。

 ああ、そうだ。一つだけ聞いておくか。


「お前、ナージャ相手に奥の手使ったのか」


 ライアルがこちらを見る。

 軽く頷くと、黒髪が揺れた。


「使った。使わざるを得なかった、が正解かな」


「そこまで強敵だったか。相当やるだろうとは思っていたけど」


「村正だと、多分ぎりぎりだった。バルムンク使うのは久しぶりだったな。疲れた」


 ハハ、とライアルが小さく笑う。

 その視線が俺から外れた。

 わざと焦点を外したようにも見えた。

 知らぬふりをしても良かったけど、何故か気になった。


「おい、大丈夫か。ぼーっとして」


「ん、いや、何。前にね、バルムンクを使った時のことを思い出してさ。あの時は……いや、やめよう」


 わざとらしいと思ったけど、問い詰めはしない。

 話したくないことなら、それはそれだ。

「ならいいさ」とわざと明るく言ってやる。

 その時、ローロルンが振り向いた。


「ふん、辛気臭い雰囲気は止めてほしいものよのう。それより、この後は晩餐会なのじゃろう? 楽しみじゃな。美味な食事は大好きじゃ」


「あーうん、それでだな」


「ですですー! 異国の宮廷料理とか、めったに食べる機会ないですもんねー!」


「いや、うん。それは全然構わないと思うんだが」


 注意しそこねた。

 ローロルンとエミリアはニコニコしている。

 胸が痛む。

 期待に水さすようで悪いな。

 しかしこれだけは言わなくては。


「君ら二人、ごちゃごちゃしたドレス着ることになるからさ。そんなに食べられないと思うぞ?」


「え、ええー! そんなのあんまりですぅー!」


「クリストフッ、お主そこまで意地悪したいのか! 見損なったぞ!」


 予想通り、二人からは猛反発だ。

 言われても困るよ。

 俺が決めたわけじゃないのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ