128.さあ、決着をつけようじゃないか
グレネードランチャーの仕組みを考えれば、これでいけるはずなんだ。
着弾の衝撃でこの弾丸は爆発する。
だったら、高速で投げつけてやればいい。
今の俺なら出来るはずだ。
右手に銃弾を持ち替え、前を見た。
ローロルンは無事、じゃないな。
ベヒモスの攻撃をかわしきれず、ふっ飛ばされている。
振り回した角に引っかけられたらしい。
「ガッ!?」という重い呻き声が聞こえた。
「くそっ、やってくれるぜ!」
あれだけ全身を打ち付けられたなら、すぐには立てない。
骨の一本や二本は折れている。
いよいよもって、俺しかいない。
上等だ。
右足を軸にして、左半身を時計回りに回す。
そのまま右肩を引いた。
倍加した身体能力を活かせば、この程度の距離は!
「おらあっ!」
左足を踏み込み、一気に右手をしならせた。
指先から黒い弾丸が放たれる。
我ながら恐ろしい速度、と思った時には見事に命中だ。
そして生じたのは、さっきと同じ大爆発。
ベヒモスがのけぞる。
ローロルンはその間にどうにか逃げ出した。
顔が黒い煤だらけだが、それくらい大目に見ろよ。
「お主、素手でそれを投げおるか? 何でもありじゃな」
「手段選んでる場合じゃねえだろ?」
すれ違いながら、一言だけ交わした。
黒煙をかきわけながら、ベヒモスがこちらを見る。
全身傷だらけだ。
そうだよな、朝からあれだけ攻撃を仕掛けてきたんだ。
いくらベヒモスが頑丈でも、ダメージは無視出来ない。
俺らも瀬戸際だが、奴も同じだ。
「いい加減ケリつけようぜ、お互いにさ!」
走りながら、もう一発。
あまり綺麗なフォームじゃなかったが、当たればいい。
爆発によるダメージだけじゃない。
爆音と火炎が、いい目くらましになる。
むしろ、今はそれが狙いだった。
収納空間から大剣を呼び出し、両手で握りしめる。
馴染みのある重さが心地よい。
プツン、と自分の中で退路が断たれた。
"見える"
巨体を揺らし、ベヒモスが迫る。
初擊は右前脚による横薙ぎ。
体一つ分のバックステップでかわす。
体が軽い。
ここにきて、さっきの支援呪文のかけ直しが効いている。
エミリアのファインプレーだ。
"苛ついてやがるな"
いい加減、ベヒモスも終わりにしたいのだろう。
太い首を捻り、体ごとぶつかってきた。
狙いは噛みつきか。
でかい顎が開く。
俺を丸ごと飲み込めそうだな、これ。
落ち着いて対処する。
首の角度、全身のうねりから見切る。
激突の瞬間、体を左にひねって回避。
牙と牙が噛み合う。
残念、外れだ。
そして、ここからは俺のターン。
「ここで沈めてやるよ」
呟きが消える前に跳躍。
ベヒモスの背中の高さまで届いた。
迷うことなく初擊。
真っ向から斬り落とす。
深々と大剣が食い込み、真っ赤な血が吹き出した。
やはりか。
M79の爆発で、装甲が剥がれかけている。
城壁ばりの防御力を誇っても、生き物には違いないんだ。
"落とせる"
刺さった剣を支点に、上空へと宙返り。
落下の前に逆手に持ち替えた。
重力に引かれるまま、そのまま下へ。
俺の全体重を乗せてやる。
切っ先がベヒモスを貫いた瞬間、全腕力をぶち込んだ。
メチ、メチメチメチッと肉が破れる音が聞こえた。
バキン、とどこかの骨を割る。
ベヒモスが暴れる。
振り落とされそうになるが、必死でしがみついてやる。
ここまできて踏み潰されるとか冗談じゃない。
十秒ほど粘り、剣を差し込み続けた。
タイミングを測り、思い切り跳ぶ。
捕捉される前に、真正面に回り込む。
"この一撃で"
加速に加速を重ねた。
エミリアとローロルンの助けがある。
聖狼ヘスケリオンの加護がある。
コーラント王国の運命がある。
それら全てを想い、自分の力へと変換してやる。
最後の勝負どころだ。
ベヒモスの角による一撃を回避する。
向こうも必死なんだろう。
尾による第二擊が襲う。
くそ、近寄れない。
だが、ここでペースを取り戻させてたまるか。
難しいと承知で、大剣を振りかぶった。
ベヒモスとの間合い、凡そ三十歩余り。
ぎりぎりいけるか。
「届け!」
何も無い空間へ、大剣を走らせた。
ゴ、と大地に亀裂が生まれた。
剣圧が飛び、ベヒモスの左前足に食らいつく。
盛大に上がった血飛沫は、まるで赤い雨のようだ。
濡れるのも構わず、突進する。
大剣を腰だめに構え、自分の全身をバネにした。
やった、貫いた。
ベヒモスの首元に、見事に剣身がめり込む。
「う、おおおおおおっ!」
加護の力を思い切り使い、全身をはね上げた。
めり込んだ剣身が回り、ベヒモスの首筋を抉った。
ドブリと血が流れる。
巨大な魔物が咆哮した。
痛みから逃れるために、残った力を振り絞る。
俺は離れない。
後退するベヒモスに食らいつく。
脚力を活かして、どうにか大剣を差し込み続けた。
「ここで仕留めるって、言っただろうが」
毒づきながら、更に押し込んだ。
ゴポ、と鈍い音がした。
ああ、そうか。
ベヒモスの太い血管を断った音だ。
人間で言えば頸動脈か。
それでもまだ動く。
大した生命力だが、その動きが鈍くなっていくのが分かった。
無言のまま、大剣を振り抜いた。
装甲も筋肉も骨も引き裂いて、刃がベヒモスの体から離れた。
またドブリと血が流れ落ちていく。
"間違いない、致命傷だ"
荒い息を吐きながら、間合いを離す。
無茶な攻撃を繰り出したせいだろう。
体力が底をついていた。
これでベヒモスが倒れなければ、もう無理だ。
俺はベヒモスを睨む。
ベヒモスも俺を見る。
一つだけ残った右目は、真っ赤に充血している。
出血が眼球まで及んでいるのだろう。
だが、まだ倒れていない。
オォン、と巨大な魔物は吠えた。
そして、四本の足で踏ん張る。
大きな口がゆっくりと開いた。
赤い炎がその中で揺れて、揺れて、ゆらりと……消えた。
重低音が響く。
ベヒモスが崩れ落ちた音だ。
巨大な体が横倒しになっている。
その瞬間、太陽もまた完全に落ちた。
文字通りの落日だ。
俺は動かない。
目を離さない。
ここからまた動くってことも、魔物ならあり得るからだ。
けれど、そいつは杞憂だった。
いくら待っても、ベヒモスは動かなかった。
水晶球のような目も、段々白く濁っていく。
「どうやら勝ったかな」
大きな安堵のため息が出た。
はは、へたり込みそうだ。
もう指一本も動かせそうにない。
けれど、うん。
勇者の意地は見せてやったぜ。