127.状況は二転三転
右手でM79のスイッチを外す。
開いた円筒に、左手で弾丸を押し込む。
七発目ともなると、慣れたものだ。
右手一本でM79を構え、ベヒモスを狙った。
お、ようやく気がついたか?
さっきの一発で左目をやられたからな。
俺の動きを見失っていたようだが、気配で察知したようだ。
「だが遅い」
言い捨てながら、引き金を引いた。
黒弾が轟音と共に飛んだ。
ベヒモスも無抵抗じゃない。
自動防御が働き、土の壁を前面に押し出す。
ふん、確かにいい手だ。
遠距離攻撃なら、止めてしまえばいいものな。
けど、それが通じないのは分かっているだろ?
土壁が粉砕され、火炎と共に四散する。
防御効果が無いとは言わない。
だが、火炎の奔流は止められない。
ベヒモスが苦痛の声を上げている。
"やはり耐性の無い攻撃なら、通じるか"
薄々抱いていた推測が、確信に変わった。
ベヒモスの防御には癖がある。
喰らった攻撃を元にして、対抗出来る特性を土に付与している。
ローロルンの攻撃呪文も、大型弩弓も、それで対応されていた。
与えるダメージが大幅に減殺されていた。
だが、この擲弾銃なら防御を抜ける。
「クリス様ー、頑張ってー!」
背後からエミリアの声が聞こえた。
気軽に言うなよ、まったく。
それでも、彼女の声には生気が戻りつつある。
状況の変化を把握出来ているらしい。
ほとんど戦闘ど素人だったよな。
恐ろしくタフと言わざるを得ない。
「こちらも攻勢に出るかのう」
その声に、俺は右斜め上を向く。
宙をふわりと舞いながら、ローロルンがこちらを見ていた。
背中には一対の黄金の翼がある。
その翼をバサリと羽ばたかせ、ローロルンは口を開いた。
「お主が遠距離攻撃が出来るのは好都合じゃ。妾と二人で、ベヒモスを沈めてくれよう。十字砲火を浴びせれば、大人しくなるであろうよ」
「怪我の治療はいいのか?」
提案に乗る前に聞いてみた。
「聖女様が治してくれたわ。多少疲労はしているが、そんなもん無視じゃ」と即答された。
ここが攻め時と心得ているらしい。
ふん、全くお前ってやつは。
「じゃ、ありがたくその申し出受けておくぜ。来るぞ!」
ゆっくり話している暇は無い。
土煙の中から、ベヒモスがその巨体を現す。
残った右目がギロンと動いた。
大きな口が開き、その口元がボゥと光り始める。
ブレスか、かわせるだろうか。
だが俺の懸念は無用だった。
先にローロルンが反応したのだ。
「まともに撃たせると思うか、このデカブツがー!」
口汚く罵りながらも、それだけでは終わらない。
ローロルンは杖を振り回し、呪文を詠唱していた。
瞬く間に唱え終える。
高速詠唱と気がついた時には、呪文が完成していた。
白い凍気が杖から溢れ、ベヒモスの前に氷壁がそびえ立つ。
いい狙いだ。
「上手い」
呟いた瞬間、ベヒモスがブレスを吐き出した。
その大きな口から火炎が解き放たれるが、これは届かない。
氷壁にぶち当たって止まった。
ジュアッと空気が破裂し、水蒸気が大量に地面へと溢れていく。
白い水蒸気が視界を埋めた。
条件は五分。
だが、俺はこうなることは分かっていた。
"極端に温度が違う物がぶつかりゃ、こうなるよなあ"
溶けた氷がそのまま熱され、一気に蒸発したのだ。
すぐに風に流されてしまうとしても、利用する価値はある。
ベヒモスは戸惑っているようだ。
隙だらけだな。
「撃たせてもらうぜ!」
左に回り込みながら、M79を叩きこんだ。
視界が悪いとはいっても、的がでかい。
当たったと分かった時には、火炎が水蒸気を散らしていた。
ベヒモスの叫び声が蒸発音に重なる。
いくらお前がタフでも、そろそろ限界だろうよ。
この攻撃はお前には防御出来ない。
こちらの世界の論理では防げない。
"勝てる"
これは過信ではない。
このままいけば、という確実な読みだ。
怒り狂うベヒモスが俺の方を見る。
いいぜ、九発目を浴びせてやる。
一気に畳みかけようと思った時だった。
"まずい"
きちんとした理屈より先に、戦慄が走った。
弾を握った左手を動かせない。
M79の銃身を見る。
微かに周囲から浮かんで見えないか。
いや、これは浮かんでいるんじゃないな。
空気が熱で歪んでいるからだ。
ヤバいと感じた。
これは――撃てない。
「くそっ!」
歯噛みしながら、M79を諦めた。
収納空間に納め、大剣を代わりに握る。
「お主、何しとるんじゃ!?」とローロルンが叫ぶが、説明している時間が無い。
ベヒモスが迫ってきていた。
長い尾をぶん回してくる。
遠心力のついた太い尾を、どうにか大剣で食い止めた。
くそっ、これだけで肩が外れそうだ。
続く右前足の横薙ぎは、跳躍して回避する。
ローロルンの援護もあって、どうにか間合いを取ることは出来た。
だが、こんなはずでは無かった。
駆け寄ってきたエミリアに「大丈夫ですかー?」と心配されてしまった。
「ああ、怪我は大したことはない。だが、攻撃手段が」
「えええー、ここにきてそんなあー」
嘆きつつも、エミリアは手早く回復呪文をかけてくれた。
ベヒモスはまだ俺を捉えている。
悠長に構えている暇は無い。
戦う前に最低限の確認だけはしておくか。
"ヤオロズ、あの銃はもう無理なんだろ?"
"……済まない、クリス"
それだけで分かった。
やはりか。
ベヒモスを睨みながら、俺は更に聞く。
"銃身が異様に熱くなってた。連続使用による過熱か? 金属だもんな。あのまま使えば、耐えきれず爆発していたんだろ"
"ああ。私が注意する前に気が付いたのは、流石だね"
誉められてもどうしようもない。
しかし迷う暇も無かった。
ローロルン一人では、もう支えきれないだろう。
舌打ちしながら立ち上がる。
エミリアが「行かれるのですかー?」と聞いてきた。
「行くしかないからな」
「でも、さっきのあの武器はもう使えないんですよねー? だったら、せめてこれ受け取ってくださいよー」
「ん?」
返事は無かった。
その代わり、エミリアに手を取られる。
小さな手から伝わるのは、彼女の体温。
そして、神々しい白い光だ。
「女神の聖なる加護、本日二回目……ですぅー。これで魔力切れなので、後はお願いしまーす……」
「おい、ちょっと!?」
俺の声が聞こえていたかどうか。
エミリアはカクンとその場に崩れ落ちた。
慌てて受け止める。
あー、これは確かに無理かも。
極度の消耗で失神している。
最後の魔力を振り絞って、俺に全てを託したのか。
無茶だと思うが、それを責める気は毛頭ない。
何故なら、俺の身体能力は再び引き上げられているのだから。
「ちまちま回復呪文に使うよりは、俺に賭けようってわけか。全く、大胆なことを」
朝かけてもらった分は、既に効果も薄れていたし。
ありがたいとは思うが、それにしてもな。
苦笑しつつ、エミリアを地面に横たえた。
そうだな、こうなりゃ腹くくるさ。
たかが銃が撃てないぐらい――撃てないぐらい?
"どうした、クリス?"
"いや、ふと思ったんだけどさ"
ヤオロズに答えながら、俺は左手を開いた。
M79の銃弾が一発、ころりと載っている。
これ、確か擲弾って言うんだよな。
弾丸自体に爆発物が詰められているっていうなら。
「思い切り投げつけてやればいいのでは?」
これで解決出来るだろ。




