表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/145

126.剣士二人 後編

 間合いを削り合い、剣を振るう。

 体さばきではかわせず、剣で受け止める。

 腕にかかる衝撃をこらえ、切り返した。

 反撃の一閃は止められ、今度は相手が踏ん張る。

 瞬きの単位にて、剣の攻防が交錯していく。


 "動きが落ちてきたか"


 村正を振るいつつ、ライアルはナージャを見た。

 荒い息をついている。

 半ば魔剣に身を任せているためだろう。

 身体への負荷は大きいはずだ。

 人間離れした力を出せても、反動はある。

 ノーリスクでは無い。

 とはいえ、ライアルも楽ではない。

 手傷自体はこちらの方が負っている。

 腕、脚を中心に十箇所は斬られた。

 かすり傷とはいえ、ダメージは蓄積されている。


 "痛いなあ。でもこういう時間、嫌いじゃない"


 どこか他人事のように思いながら、体を動かす。

 一振りごとに、魔剣遣いとしての記憶を思い出す。

 ずいぶん前の記憶だ。

 加護を失う前だから、九年以上前になるのか。

 あの頃は未熟だった。

 それでも、希望と期待があった。

 強くなりたいと願い、日々の修練を重ねていた。


 "これで良かったのかもしれない"


 ナージャとの戦闘をこなしながら、ふと考えてしまう。

 まるでもう一人の自分がいるようだった。

 ベヒモスのような大型の魔物には、ライアルは相性が悪い。

 攻撃が通るか通らないかだけが問題となるからだ。

 やれなくはない。

 だが、ライアルの剣技は対人を想定してのものである。

 その意味では、ナージャのような敵の方が与しやすい。


「あんたが相手で良かった」


 唇の端に微笑が浮かんだ。

 滑らかな動きで、ライアルはナージャの剣筋を見切る。

 見事な剣技だ。

 破壊力も技の冴えも一級品である。

 全力を出すに値する相手であった。

 それが嬉しい。

 自分の技術を腐らせる前に、これほどの相手と戦えた。

 その事がとてつもなく嬉しい。


「つくづく思う。剣とは業の深いものダト」


「かもな」


 すれ違いざま、ナージャとライアルは言葉を交わした。

 刃音がすぐにそれをかき消す。

 勢いを殺さず、ライアルはそのまま駆け抜けた。

 振り向く。

 ナージャもまた、同じようにこちらを見ていた。


「なあ、一つだけ聞いていいか?」


「何ダ?」


「あんた、自分の人生に満足しているか。いや、していたか?」


 ライアルの問いに対し、ナージャはすぐには答えなかった。

 その濁った目に僅かに理性の光が灯る。


「剣に捧げ、己を高めてきた。だが、志半ばにして魔物に倒された。それが口惜しくないと言えば、嘘になろう」


「そうか」


「だが魔剣に身を委ねてでも、もう一度戦いたかった。自分の磨き上げてきた技が、どこまで通用するのか。それを見ない内は、死ねなかった……」


「……ああ」


 ライアルの心が震えた。

 ナージャの渇望は分かる。

 分かるだけに切なかった。

 剣に魅了され、囚われ続けた男の末路だ。

 恐らく、この男は長くはない。

 魔剣に支えられる形で、どうにか命を繋いでいるだけだ。

 それをナージャ自身も理解している。

 理解しながら、自分の剣にこだわり続けている。

 ならば、ライアルが為すべきは一つ。


「見せてやるよ、俺の切り札」


 全身全霊を以て、その執念に応えるのみだ。

 秋風がフラリと流れ、落ち葉を数枚散らしていく。

 整えられた庭園には、二人の他には誰もいない。

 色彩豊かな花々だけが、剣士二人の立ち会い人である。


「ほう、切り札カ。ここにきて、まだそんなツヨガリヲ」


「強がりじゃないさ。リスキーには違いないから、温存していた。それだけさ」


「フフ、面白い。ならば見せてミロ、その切り札とやらをナ」


 微動だにせず、ナージャは偃月刀を青眼に構えている。

 体幹の揺れがまったく無い。

 これほどの攻防の後でも、しっかりとしている。

 よほど鍛えてきたのだろう。

 大したものだ、とライアルは無言で賞賛する。


「それでも、これで俺が勝つ」


 言い切った。

 覚悟と決意を噛み締めた。

 村正を手元から消す。

 空になった両手をかざす。

 ライアルの全身が闘志に包まれていく。


召喚(アポート)、第三の魔剣。神剣バルムンク」


 何もないはずの空間が割れた。

 赤く染まった空を背景にして、一本の剣が現れる。

 何の変哲も無い両刃の大剣だ。

 強いて特徴を挙げるなら、黒一色で塗装されている点か。

 柄も黒、刃の先端までも黒。

 だが、その物々しい塗装は伊達ではなかった。

 ライアルがその剣を握った瞬間、周囲の空気が変わる。


「まったく、いつ呼び出しても扱いづらい剣だよ。出来れば使いたくなかったけど、仕方ないな」


 軽口とは裏腹に、ライアルの表情は険しい。

 構えは軽快だが、顔からは血の気が引いている。

 ギリ、と唇を噛む。

 敵と向き合っているというより、己と戦っているかのようだった。


「貴様、その剣は」


「言ったろ。神剣バルムンク。またの名を神殺しの黒き剣だ。扱いづらさも威力も飛び抜けてる代物だよ」


「――嘘やハッタリでは無さそうダナ!」


 ナージャも剣の達人である。 

 このバルムンクという剣は次元が違う。

 それくらいは雰囲気で感じ取っていた。

 神殺しというのもあり得る話だ。


「ハッタリな訳ないだろ。今もピリピリしてるんだ。ちょっと気抜いたら、剣に引きずり込まれそうなんでな」


 苦笑を一つ、それで会話を打ち切った。

 ライアルからナージャまでは約十歩の間合い。

 普通ならば、剣の届く範囲ではない。

 剣圧を飛ばしても、ナージャ程の達人ならば見切る。

 それを承知の上で、ライアルは黒き大剣を振るった。

 無造作に、自分の前方を薙ぎ払う。

 傍から見れば、全くの無駄であろう。

 しかし、ナージャはこれに反応した。

 いや、反応せざるを得なかった。


「ぐ、ウオオッ!?」


「あ、避けたか」


 ライアルはわざと気の抜けた声を出した。

 それでも油断はしていない。

 これでも驚いているのだ。

 対峙するナージャは、左肩を右手で押さえていた。

 その手が流血で赤く濡れていく。

 あり得ないことではあるが、斬撃を浴びていたのだ。

 剣圧ではない。

 それならば攻撃は前から来る。

 今の攻撃は全く読めなかった。

 頭上から空間を噛み破るように、斬撃が襲ってきた。

 畏れと、そしてある種の歓喜が剣士の声を震わせた。


「まさか今の一撃は、空間断絶」


「ご名答だ。言ったろ、神殺しの剣だってな。それくらい出来なきゃ、神様には届かないさ」


 答えながら、ライアルは黒い大剣を構え直した。

 これ以上長引かせる気は毛頭無い。

 無言のまま、第二撃をぶち込んだ。

トラブルが無ければ、今日から最終話まで毎日投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ