表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/145

122.勇者の実力

「あっち、あちちち! ちゃんと敵だけ狙ってくれよな!?」


 直撃ではないが、熱いものは熱い。

 ローロルンの狙いが逸れた結果だ。

 ごく小さな被弾に過ぎないが、味方を巻き込むなよ。


「うむ、すまんのう。しばし交代してやるから、それで許せ」


 お前、それで謝ったつもりか。

 上空のローロルンを睨む。

 けれど、こいつが頼りになるのも確かだ。


「ったく、しばらく任せたぜ」


 それだけ言い残して、さらに下がった。

 ベヒモスの注意は、完全にローロルンに向いている。

 貴重な休憩時間だ。

「大丈夫ですかー」とエミリアが近寄ってきた。


「大丈夫、と言いたいところだが。ノーダメージとはいかないな」


「あ、やっぱりそれは難しいのですね。擦り傷、打ち身、それに打撲が少々ですねー。回復呪文かけますから、しばらく動かないでくださいねー」


 予め準備していたのだろう。

 回復呪文の発動が早い。

 俺の体を白い光が包み込む。

 支援呪文(バフスペル)と加護の力は、回復呪文の妨げにはならない。

 荒かった呼吸が落ち着いてきた。

 全身に負った傷も塞がっている。 

「助かる」と自然と呟いていた。


「いいえー、どういたしましてー。でもこの程度の怪我で済むってすごいですねー。あんな大きな魔物が相手なのにー」


「二重に強化しているからな。これが無ければ、立っていられないだろう」


 これは謙遜ではない。

 エミリアの強化呪文(バフスペル)に加え、ヘスケリオンの加護が効いている。

 自分の体を見る。

 白い柔らかい光に加え、鋭い銀の光を帯びていた。

 時折、バチバチッと細い紫電が煌めく。

 見た目だけでも、威圧感はあるだろう。

 ベヒモスがびびるかどうかは知らないけど。


「それに自動回復能力(リジェネレート)が無ければ、もっと酷かった」


「かけておいて良かったですねー」


「ああ。ちまちまとは言え、確実に回復するからな」


 ほんとそう思うよ。

 直撃こそ避けても、完全に回避するのは難しい。

 ベヒモスはでかい。

 でかいので、単純な攻撃でも攻撃範囲が広い。

 角や爪、それに尻尾が無作為に襲ってくる。

 まったく、よくこの程度で済んだものだ。


 "束の間の休憩だけど、何か食べるかい?"


 脳裏に声が響く。

 ヤオロズか。

 そう言えば、朝から話していなかった。


 "いや、いい。とてもそんな気分じゃないしな"


 "それもそうだな。しかし、あのベヒモスとかいう魔物……強いな"


 "分かるのか?"


 ヤオロズと会話しつつ、戦況を観察する。

 ローロルンは中々の奮戦ぶりだ。

 飛翔能力を活かし、雨あられと攻撃呪文を撃ち込んでいた。

 火炎が炸裂し、赤い炎が爆発する。

 氷雪が嵐となり、ベヒモスの巨体を白く包む。

 更には電撃が落とされた。

 個々の呪文のランクは低いが、手数が違う。


「普通はあれだけ撃ち込めば、倒れるんだがな」


 思わず口に出してしまった。

 エミリアが「んー? ああ、ヤオロズさんですかぁ」と察する。

 俺の様子で分かるらしい。

 長い付き合いだ。


 "不沈艦と呼ばせてもらうよ。怪獣映画に出てきても、おかしくないね。大型トレーラーが暴れているようなものだ"


 "トレーラー、ああ、あれか"


 地球で使われている輸送機器の一種だったな。

 サイズと馬力を考えれば、言い得て妙だ。

 人間が相手に出来るものじゃないぜ、まったく。

 両手を軽く握る。

 痛みは無い。

 脚を曲げ、伸ばす。

 よし、不自由は無い。

 心臓の鼓動も収まっている。

 体の感覚と動きが連動していた。


 "しばらく待ってろ"


 ヤオロズとの通信を遮断した。

 前を見る。

 ローロルンがベヒモスの攻撃をかわしていた。

 そのまま左側へと飛び、側面から攻撃呪文を撃ち込んだ。

 だが、その攻撃は通っていない。

 ドゥンと鈍い音だけが響く。

 自分の顔が引きつったのが分かった。


「土系の防御呪文だと。しかもあのタイミングで発動か。多分、自動防御だ」


「えっ」


「ベヒモスの顔の周りに、土塊が浮遊している。あれでローロルンの攻撃を防ぎやがった」


 息を呑むエミリアに、手短に説明してやる。

 警戒心を高め、俺は前に出た。

 同じ攻撃を続けるのは良くないようだ。


「ローロルン、下がれ! このベヒモス、こちらの攻撃を学習してやがる! その内、全部対処されるぞ!」


 返事より先に駆け出した。

 全回復した体は、あっという間に最高速に達する。

 盾も鎧もつけていないのは、速さに特化するためだ。

 ヒュ、と風が鳴る音が聞こえた。

 ローロルンが下がる。

 そのポジションを埋める。

 ベヒモスの注意が、空中から地上へ向く。

 だが遅い!


「第二ラウンド開始といこうぜ!」


 迷いは無い。

 やや遠い間合いから、大剣を振り下ろす。

 特大の剣圧が飛び、ベヒモスの右角に当たった。

 僅かに押し込んだのみ。

 微かに怯んだか。

 ここからどう攻める。

 俺にとっての左、ベヒモスの右側へと回り込む。


「ついてこれないよな?」


 巨体の割にはすばしっこい。

 それは認めるさ。

 だが、絶対的な速度が違う。

 追うのは諦めたらしく、尻尾で迎撃か。

 いい判断だ。

 だが、これを跳躍でかわす。

 がら空きの胴体へ、斬撃を叩きつけてやる。

 落下の勢いを加味した一撃だ。

 岩の如き装甲でも、これならっ!


 "通った"


 手応えあり。

 堅い皮膚が割れ、刃が食い込む。

 ギオオオォッという叫びが、ベヒモスの口から迸った。

 お前みたいな魔物でも、痛覚はあるのか。

 そうか、ならもっと存分に味わえよ。


「はっ!」


 落下しきる前に、今度は下から上へ振り上げる。

 攻撃自体は空振り。

 だが狙いはそれじゃない。

 大剣の重みと勢いを利用して、俺の体は再び浮いた。

 空中で逆手に持ち替える。

 そのまま右手一本で剣を持ち、また落下。

 重く湿った手応えがあり、衝撃が腕に響く。

 刃が通った。

 赤い血が迸る。

 それを見て、俺は笑う。

 きっと怖い笑いだったろうな。


 ベヒモスが身をよじる。

 剣が外れ、俺は支えを失う。

 そのまま落ちる前に、思い切りベヒモスの脇腹を蹴った。

 足裏への堅い衝撃と共に、俺は横に跳んでいる。


「巻き込まれるわけにはいかねえんだよ」


 転がって受け身を取る。

 立ち上がるとベヒモスと目が合った。

 獅子に似た顔の中で、双眼が吊り上がっている。

 凝視されただけで体が竦みそうだ。

 それを意志の力で何とかこらえる。


「てめえが相手にしているのはなあ」


 チリ、とまた紫電が舞った。

 足元の砂が弾ける。


「ただの人間じゃねえんだよ。勇者なんだよ、こう見えてもな」


 不器用でも。

 結婚生活が上手くいかなくても。

 訪ねてきた子供を泣かせてしまっても。

 それでも、俺を信じてくれる人達がいる限りは。


 俺は、クリストフ=ウィルフォードは、勇者であり続けるんだ。

 一歩二歩と踏み出した。

 大剣を上段に構え、そのまま駆ける。


「だからさ、ここでてめえをぶった切る。極上の食材にして、上手いこと料理してやるんだよ。大人しくふっ飛ばされとけ!」


 俺の挑発を理解したのかしていないのか。

 ともかく、ベヒモスは咆哮した。

 その音の暴力を引き裂きながら、大地を蹴った。

 はっ、ここまでやってようやくてめえの顔の高さか。

 だが、これならどうだ。


断岩一閃(ロックスラッシャー)!」


 気合の声と共に、大剣を振り下ろした。

 技としてはシンプルそのもの。

 跳躍時の勢いを、真っ向唐竹割りに足した。

 それを剣圧に乗せただけだ。

 だが、威力は折り紙付き。

 そして狙いはただ一点。

 剣圧が空間を断ち、ベヒモスの右の角に激突した。 

 バキリと鈍い音を立て、その角が折れる。

 時間が止まる。

 ゴロ、と節くれ立った角が転がる。

 ベヒモスの動きも止まり、そして絶叫が迸った。

 止まった時間が再び息を吹き返す。


「まだまだここからだ!」


 着地と共に、俺は更にベヒモスに肉薄した。

 俺の動きが止まるのが先か。

 てめえの生命力が尽きるのが先か。

 根比べと行こうじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ