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115.異国の地でスープパスタ

 石造りの台所に立つ。

 暑くカラリとした空気も、ここでは落ち着いている。

 ホッとしながら、収納空間を開いた。

 中からこれから使う食材を取り出す。


 "事ここに至って、それでも料理か。立派な中毒だね"


 "誰にも迷惑かけてないんだ。いいじゃないか"


 ヤオロズに答えながら、火魔石に点火した。

 湯を沸かす為だ。

 それも大きな鍋と小さな鍋に一つずつ。

 待つ間に、食材をまな板に並べる。

 まずはキャベツから手に取る。

 ずしりと重たい。

 身がしっかり詰まっている証拠だ。


 "俺は平気だけど、青虫がいるから苦手って人いるよな"


 "あー、いるね。あれ、こっちの世界にもキャベツあったっけ"


 "キャベツそのものは無いよ。似たような葉野菜はあるけどね"


 脳内で雑談しつつ、キャベツを適当に刻んでいった。

 出来る限り均一な大きさに、けれどもある程度でいい。

 表側の濃い黄緑が、剥かれる度に白に近づく。

 微かな甘い匂いは、新鮮なキャベツの証拠だ。

 満足しながら、刻み終えた。

 山とあるが、火が通ればぺしゃりとなる。

 今はこれでいい。


 "君とも長い付き合いになるなあ"


 ヤオロズの声が聞こえた。

 どこか茫洋とした響きがある。


 "だよなあ。もう十年近いし"


 "その間、国外に出たことが一回も無かったよね。ふとそのことに気がついた"


 "用事が無ければそんなもんだろ。それに俺の場合、気軽に国外に出られない"


 ちょっと苦笑いする。


 "そうなのかい?"


 "ああ。勇者という立場上、ちょっと動くだけでも届けがいるんだ。何かあったら困るからな"


 それが一々面倒なんだよな。

 重要人物だから大事にしたい、というのは分かる。

 旅の安全を保証してくれるなど、俺にメリットもある。

 それでもやはり、気は重くなる。


 "ああ、分かる分かる。戦力的な意味で言えば、君は人間兵器に等しいからね。無理もない"


 "人間兵器かー"


 唸りながら、俺はベーコンを切り終えた。

 断面から、白い脂が覗いている。

 いいベーコンだ。

 フライパンに油を引き、火魔石を手早く点火する。

 料理はリズムが大切だからな。

 間もなく油がパチンと跳ねた。

 それと同時に、キャベツとベーコンを投入してやる。


 パチッ、パチパチパチチッと軽い音が跳ね続ける。

 むらが出来ないように、中身を適当にかき混ぜた。

 ジュジュウと音が変わる。

 食材の水分が油とぶつかり、音がこもった。

 ベーコンの脂が緩み、良い匂いになっていく。

 火の通りはこんなものか。


 "ここで味付けをして、と"


 まずはオリーブオイルを垂らした。

 緑がった透明な液体が滴った。

 ここに、ニンニクを一欠片放り込む。

 続いて鷹の爪、つまり赤唐辛子も少し。

 これらは辛さを付け加えるためだ。

 オリーブオイルのまろやかな深みを、この二つが引き立たせる。


 "流石に手付きが慣れたものだ"


 "そうか? ただ炒めているだけだろ。誰でも出来るって"


 "いやいや、中々出来ない人は出来ないさ"


 "そりゃどうも"


 この間にも、手は止まらない。

 湯が沸いたことを確認し、俺はスープに取り掛かる。

 とはいっても、インスタントなので簡単だ。

 固形スープの素を、湯に入れて溶かす。

 溶かし終えたら、醤油を少量。

 スープはコンソメ味なので、和風コンソメ味だ。

 醤油を入れた方が、スープが食材に馴染みやすい。 


「ここまで来たら、あとはパスタを茹でるだけ」


 ぐらぐらと沸く鍋に、パスタの束を静かに入れた。

 急ぐと湯が跳ねて危ないからな。

 乾燥したパスタが、ぐにゃりと曲がった。

 これで湯に全部浸かる。

 あまり茹ですぎないように、よく見て。

 頃合いを見計らい、火を止めた。

 鍋を持ち上げ、湯を全部捨てる。


 "よく出来ました、とほめておくよ"


 "だから俺には簡単なんだって"


 ヤオロズがやたらと優しいような気がする。

 ああ、そうか。

 こいつはこいつなりに、俺を気遣ってくれているのか。

 ベヒモスとの戦いは、ただの戦いじゃない。

 最悪死ぬ可能性もある。

 それを思えば、これが俺の最後の料理になるかもしれない。

 だからだ。


 "なあ、ヤオロズ"


 "何だい、クリス"


 "……いや、何でもない"


 言えるものか。

 言うわけがない。

 言えば現実になりそうだから、俺は言わない。

 己の中の弱気を笑った。

 そしてスープパスタを皿ごとに取り分け終えた。


 よし、出来た。

 きちんと美味しく食べようじゃないか。



† † †



「うわあ、何ですかこの美味しそうなのはー! スープの中にパスタが沈んでいるのですー!」


「へー、何だか変わった料理だなあ。えーと、どう食べるんだろう」


「いい匂いじゃな。流石はクリストフ、いい腕しとるのう」


 皆それぞれの声をあげた。

 一番熱心な視線を送るのは、エミリアだ。

 食い入るようにして、スープパスタを見つめている。

 よだれを垂らすな、よだれを。

 ライアルとローロルンは割と節度あるな。


「キャベツとベーコンのスープパスタだ。スープは和風コンソメ味。ちょっと醤油使って、食べやすい味にしてみた」


「それは期待出来そうですねっ。ああ、コンソメスープの海にパスタが沈んでいますー。この光景だけでも、すすった時の豊かな味わいを予感しちゃうのですー」


 エミリアはそう言って、目を爛々と光らせた。

 空腹も頂点に達しているようだ。

 これ以上待たせるのは怖い。

「早く食べちゃいなよ」と促した。

 俺もいい加減腹が減っている。

 ライアルとローロルンも同様らしい。

 無言でフォークを握っていた。


「わっかりました、ではいただきまーす!」


 威勢のいい挨拶と共に、エミリアがフォークを入れた。

 くるりと巻き取り、さっそく一口目を味わう。

 スープ用のスプーンもあるが、それは後回しらしい。


「ふおっ、こ、これはっ。コンソメスープで滑らかになったパスタがっ……もはやそれだけで味覚への挑戦状っ! ツルリと喉を落ちる時、口の奥までコンソメスープが滴るのですー。面白い味ですねえー!」


「コメントまで滑らかになってる気がするが」


「なりますよ、クリス様ー! 元々、パスタ大好きなんですよ? そこにこの工夫ですよ? 好まないわけないじゃないですかあー。具材も絶品! キャベツは自然な甘さをほんのり残し、ベーコンはがつんとボリュームがあって! 塩気を加えて、食欲を刺激してくれるのですからー!」


 エミリアはハァハァと息を切らしている。

 フォークをスプーンに替え、スープを一口すすった。

 ついでに具材もすくう。

 ふう、と一息ついてから、また俺を見た。


「しかも、味付けに相当工夫してますよねー。ちょっと癖があって、まろやかな何かがねっとりと……その中にピリッとした刺激的な辛みがあって。味に起伏があるのですよー。何でしょう、辛子、いえ、違いますねー」


「よくそこまで気がつくなあ。全体の味付けは、オリーブオイルだよ。辛さの正体は、ニンニクと鷹の爪。辛さだけじゃなく、旨みもプラスしたかったから」


 説明しながら、ちょっと嬉しくなってきた。

 異国の地でも、こうやって共に料理を楽しめる。

 こういう瞬間ってのも悪くないよな。

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