114.どこで迎え撃つか
ベヒモスの侵攻速度はさほど速くない。
そのため、いきなり今から迎撃という必要はない。
やろうと思えば出来るが、無理しても失敗するだろう。
ここは自重する。
「今、ベヒモスはどの辺りにいるんですか?」
「ここから南にざっと120リーク(約480キロ)、その辺りは荒れ地になっておる。直近の報告では、ベヒモスはそこで休んでおった」
爺と呼ばれていた老人が答えてくれた。
聞けば、腕利きの間諜を貼りつかせているらしい。
超長距離連絡は、固有の魔法具で行っているという。
手回しがいいことだ。
「ふむ。そこから北へまっすぐ進むと、この王宮へ着くんじゃな。そうなる前に何とかせんとのう。迎撃地点の目安はあるのかえ?」
「それは余が説明しましょう。もう少し引きつけて、ここ。あと60リーク(約240キロ)ほど、ベヒモスが北上した辺りです。すでに避難は完了し、辺りに一般人はいない。ここに誘導出来るよう、手配はしてあります」
「どんな場所なんじゃ?」
ローロルンが興味深そうに聞く。
ファリアス王は生真面目に答えた。
「一本道の渓谷になっており、待ち伏せが容易です。左右からの挟撃も可能なため、ここが最適だと考えています」
「悪うないの。クリストフはどうじゃ?」
「俺はどこでもいいよ。どこで迎え撃とうが、大した差は無い」
簡潔に答え、机上を見た。
一枚の地図が広げられている。
ベヒモスの現在地には黒いピンが刺さっていた。
そこからゆっくり北上すると、なるほど。
大規模な渓谷がある。
この渓谷を境にして、コーラント王国は南北に分かれているようだ。
「ここで迎撃することに異論は無い。この渓谷への移動手段は?」
「渓谷の手前に街があります。そこへ転移呪文で移動して、渓谷の入り口付近で待つ。これが最適かと」
「なるほど、問題ないですね」
地図を挟みながら、ファリアス王の指先を追った。
彼の言う通り街がある。
北から見れば、渓谷の手前だ。
南から渓谷を抜ければ、その目と鼻の先。
つまり俺達がベヒモスを仕留められなければ。
「この街の人々は避難しているんですかー?」
不意にエミリアが聞く。
高官の一人が「いえ、それがまだ」と答えた。
ちょっと待て、そんな悠長な。
エミリアも俺と同じように感じたらしい。
怪訝そうに眉をひそめた。
「えー、何故避難されないのですかー。下手したら、ベヒモスに踏み潰されちゃうのにー。何か理由があるのですかー?」
「説得は重ねたのです、これでも。しかし街への愛着が強いらしく、誰も動こうとはしません。強制的に追い立てでもして、避難させねばなりません」
「気持ちは分かるけど、そんな場合じゃないのでは」
ライアルが呟く。
俺は「理屈で割り切れない人もいるさ」とだけ答えた。
エミリアは「うーん、そういう方もいるんですねえ」と頭を抱えた。
ファリアス王がなだめる
「余としては、街の民の気持ちも分からなくはない。強制避難は最終手段です。もし街の民の決意が強固なら、避難を諦めることも止む得ません」
「それはちょっと危険過ぎるのですよっ!?」
「危ないですね。だがベヒモスを倒さない限り、どこにいても危ない。クリス様の力を借りて、それでもどうにもならなければね」
その場合は覚悟を決めるってことか。
そこまで言われたら、俺も応えるしかないな。
「分かりました。その辺りの判断には、俺は関与しません。ただ期待に応えて、ベヒモスを討ち取るだけだ。エミリアさん、いいな? 俺達が最後の砦だ。それだけ覚えておいてくれ」
「うっ、責任重大なのですっ。でもやりますー。大丈夫ですー」
「頼むよ、ほんと」
これは本音だ。
エミリアが戦闘未経験というのは、正直リスキーだ。
命のやり取りの現場では、度胸と平常心が重要となる。
恐慌状態にでもなったら、呪文のサポートも期待出来ない。
そうならないことを祈るしかない。
腹を括り、ファリアス王へ向き直る。
「作戦については了承しました。この街への転移は、今日行うのですか?」
「いえ、明日を予定しております。エシェルバネス王国からこちらまでは、超長距離転移です。一日に二回も行えば、負担が重過ぎるでしょう。今宵はここに宿泊してください」
「もっともですね。ところで、一つお願いがあります」
「何でしょうか? どのようなことでも、おっしゃってください」
「台所貸してください」
予想外の一言だったのだろう。
ファリアス王が目を見開く。
「あの、クリス様。台所をお貸しするのはいいのですが、一体何を?」
「料理です。ずっと堅苦しい話して、気疲れしたので。自分の唯一の趣味なんです」
「料理が趣味なんですか」
「趣味というか、生きがいですね。勇者であり同時に料理男子です」
「料理男子?」
「料理男子」
俺が頷くと、王もようやく納得したらしい。
案内の者をつけてくれた。
良かった、これで一息つける。
「クリス様からお料理取り上げたら、死んじゃいそうですねー」
「その恩恵被ってるんだから、文句言うなよ。空腹抱えてるんだろ、バレてるぞ」
「う、分かっちゃいましたかー」
へへ、とエミリアは照れたように笑った。
† † †
料理などしている場合ではないのかもしれない。
だが、俺にとっては大事だ。
半ば精神安定剤みたいなものだ。
おまけに空腹ときている。
「ばたばたしたまま、昼も食べていないからな」
「ですねー。転移した後、そのまま作戦会議でしたしー」
エミリアがぼやく。
コーラント特有の草で編んだ座椅子に、ぺたりと座っている。
「とりあえずここを食堂にしてください」とファリアス王に言われたので、その言葉に甘えている。
台所は隣だ。
「それで何を作るんだ?」
「お主の料理なら外れは無さそうじゃな」
ライアルとローロルンも、期待の視線を向けてくる。
腹が減るのは健康な証拠だ。
腕まくりをしながら答える。
「スープパスタって言っても分からないか。細長い麺類で、汁気が多いやつ」
「ふおっ、私、パスタ大好物なのですよっ! やったのですー!」
ぴょんとエミリアが跳ね起きた。
その目がキラキラしている。
「分かった、分かった。ちょっと待ってろ」と声をかけた。
腹が減っては戦は出来ぬって言うしな。
昼食くらいは自前で用意させてもらおうか。




