113.ベヒモス対策を開始する
国王陛下自らの案内に恐縮しつつ、長い廊下を歩く。
辿り着いた先は、会議室のような部屋だった。
とはいえ、ここも開放的な作りだ。
天井が無く、上のフロアが見える。
塔の内部を見上げれば、このような感じだろうか。
「皆の者喜べ。エシェルバネス王国から、勇者様がいらっしゃったぞ。顔を知らずとも、名前は知っているだろう。こちらが勇者クリストフ=ウィルフォード様だ」
入室と共に、ファリアス王が口を開く。
人々の視線が降り注ぐ。
ほとんどの人が、褐色の肌をしていた。
白い長衣を帯で締めた服装は、ファリアス王と同じだ。
彼らの表情は一様に堅い。
「お初にお目にかかります。クリストフ=ウィルフォードです。名前は知っているという方もいらっしゃると思います。この度はとんだ災難でしたね」
軽く頭を下げ挨拶した。
小さなどよめきが響く。
「あれが勇者様」という呟きも聞こえた。
本当に来るとは思っていなかったのかもな。
気にせず話し続ける。
「ベヒモスといえども、恐れるには値しません。見ての通り、俺の他に三人連れてきています。こちらがエミリア=フォン=ロート。聖女として高位の回復呪文を使えます。あとの二人は……面倒だからいいかな」
「ええっ、飛ばすの? 扱い悪いな」
「クリストフ、それは無かろう。あんまりではないかえ」
「冗談だ。こちらがライアル=ハーケンス。そちらのエルフがローロルン=ミスティッカです。どちらも魔王討伐の実績があります。腕は折り紙付き」
正確にはライアルは違うけどな。
それを一々言うのは野暮だ。
ここまで言い終え、俺は全員を見渡した。
雰囲気は悪くない。
いや、実は心配していたんだよ。
「コーラントの問題はコーラントで片付ける」って言い出す頑固な人がいるかもってね。
とりあえず、そういう面倒くさい人はいないらしい。
「遠路はるばるありがとうございます。勇者様並びにその御一行様。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます。あの、この国では国王陛下が自ら足を運ぶのですか?」
重鎮らしき老人に案内されながら、聞いてみた。
老人は小さく笑い、首を横に振る。
「いえ、通常ならばありえませぬ。陛下が自分から言い出しましてな。かの武勇を以て鳴る勇者様ならば、自分がまず会いたいと。そう主張されれば、我らも異論はありませんからな」
「当然だろう、爺。あの魔王を倒したクリストフ=ウィルフォード様だぞ? 考え方によっては、国王よりも偉いのだ。余が真っ先に誠意を示さねば、おかしいであろう」
「いや、それほどでもないですよ。ほんと。買いかぶりですよ」
こういうの誉め殺しって言うんだよな。
マルセリーナとの口論をつい思い出してしまう。
地位や名声が高じれば、それなりの責任が伴うってやつだ。
それが嫌で離婚しただけに、過度に誉められるのは苦手だ。
ちょっとしたトラウマになっている。
「クリス様ってすごいんですねえ」
「何だよ、ちょっと静かにしといてくれよ」
エミリアに小声で釘を刺す。
だが、彼女の反応は予想とは違った。
「いえー、普通は周囲に持ち上げられたら、舞い上がるじゃないですかー。クリス様は全く浮足立たないでしょ。それがすごいなあーと思って」
「ああ、まあね」
持ち上げられると逆に胡散臭く思う――とまでは言わないけど。
それよりベヒモス対策が重要だ。
「そろそろ本題に」と促す。
居並ぶ高官達の中から、一人が手を上げた。
「勇者様にお聞きしたい。ベヒモスによる被害ですが、どの程度認識されていますか?」
「兵士の犠牲は二百人。民間人の被害は、把握出来ていない。避難民や物資流通の滞りについても同様だ」
「なるほど、第一報による情報ですな。陛下、正確に開示してもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。面子も威厳もこの際は無視だ」
ファリアス王は疲れた声で応じた。
嫌な予感しかしない。
俺が黙っていると、高官が重い口を開いた。
「今朝時点での被害状況です。正規兵の犠牲は四百人超。それに加え、逃げ遅れた一般人にも犠牲者が出ております。そちらが百人余り。破壊された村は十を超えます。更に小規模ながら、砦が一つ壊されました」
「手のつけようが無いな」
「おっしゃる通りです。ゆっくりとはいえ、ベヒモスは北へ向かってきています。放置すれば、コーラントの土地が荒らされるは明白。そのため死兵を募って、少しでも足を鈍らせたのですが……残念ながら」
「本当に足止めにしかならなかった、か」
俺も武人の端くれだ。
兵達の無念を思うと胸に刺さる。
死兵となり、生存可能性がほぼ無い戦いへと赴いた。
それだけの犠牲を払っても、足止めにしかならない。
ベヒモスを倒すには至らなかった。
「はい。多少の手傷は負わせてはいます。ただ、それも一日二日で勝手に治るようです。その間、ベヒモスは足を止めその場にうずくまります。怪我を押してまで、無理には侵攻してきません」
「つまり、その間に民間人の避難は出来るってことか。ベヒモスとの戦いは、ある程度観察出来ているか? 特徴を知りたい」
「偵察兵に把握させ、報告させてはいます。ですが、情報は限られています。通常の剣や槍では、ほとんど無傷。大型弩弓が多少通じるくらいです。あとは魔剣の類なら、ある程度は効いていました」
「魔剣の使い手がいたんですか。その人はどうなったんです?」
ライアルが口を挟む。
クラスが魔剣遣いだけあって、気になったらしい。
「一人おりました。ナージャ=バンダルと言いまして、高名な剣士でありました。助けたかったのですが、残念ながら」
「ナージャ=バンダル? そうか、惜しい人を失くした」
「ライアル、知っているのか」
「名前だけはね。ほら、ちょっと前までコーラントにいたからさ。相当有名な剣士だったんだけどね」
残念そうに言いながら、ライアルは視線を落とす。
俺としては何とも言いようがない。
魔剣なら通じるというのは、一応朗報ではある。
その程度だ。
他には何か無いだろうか。
「どれくらいの大きさなんです」
「大きめの平屋の家くらいですね。大きいは大きいですが、バカでかいって程でもないです。ただ、四つ足でその大きさです。立ち上がれば、もっと上背はあるでしょう」
「竜族よりは小さいってところだな。攻撃はどんな感じだった?」
「二本の角を振り回したり、噛み付いたりが主です。倒れた兵には、踏みつけもしていました。一撃でぺちゃんこでした」
その時の光景を思い出したのだろう。
高官の顔が暗くなる。
他の者も同様だ。
ファリアス王だけが毅然としている。
ふりだけだとしても、大したものだ。
俺としては、必死で考えるしかない。
勝利の確率を1%でも引き上げるため、とにかく考える。
"やはり直接攻撃が主体か"
断言は出来ない。
個体によっては、ブレスを吐くベヒモスもいるからだ。
だが、恐らくメインは接近戦だろう。
巨体にものを言わせて、捻り潰しにくるはずだ。
それならば、初擊はこちらにアドバンテージがある。
「ローロルン、出会い頭に最大火力でぶっ飛ばせるか?」
「誰にものを言っとるんじゃ。出来るに決まっておろうが。というか、それを決めんとどうしようもないぞ」
「え、え、そこまで強いんですかあ?」
ローロルンの反応に、エミリアが焦る。
強いに決まってるだろ。
ちょっと呆れたが、下手にびびるよりいいか。
「打撃特化だから、乱戦に持ち込まれるとまずい。だがな、だからこそやりようもあるさ」
ベヒモスは強いと認めはする。
けど、自信を無くす訳じゃない。
死んだコーラントの兵達の為にも、やってやるさ。
その為に来たんだからな。