表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/145

112.異国の地にて

「いい部屋なのです。下にも置かない歓迎ぶりですねー」


「文字通り救世主だからね。ここで俺達が帰ったら、どうなると思います?」


「ベヒモスに踏み潰されて、一巻の終わりですかー」


「ほんとのことでも、もうちょい気使えよ」


 エミリアとライアルの会話に割って入った。

 コーラント王国の人に失礼だろ、まったく。

 周りに人が少ないとはいえ、気は使っておくべきだ。

 ローロルンは「暇じゃからな、口もすべるわ」と皮肉っぽく呟いた。


「気持ちは分かるけどな」


 改めて周りを見る。

 一方以外は壁の無い部屋だ。

 吹き抜けというのだろうか。

 床には白いタイルが敷き詰められ、所々に植物の鉢がある。

 快適な部屋ではある。

 だが、仲間内で話している場合でもないだろ。

 

 コーラント王国の一室に転移後、俺達はここに案内された。

「すぐに責任者が参ります」と言われたが、少々時間が経っちゃいないか? 

 風のおかげで涼しいけれど、待つだけなのは退屈だ。

 部屋には何人か侍従らしき人がいる。

 ちょっと聞いてみようか、と思った時だった。


「お待たせして申し訳ありませんっ」


 部屋の扉が開く。

 分厚い黒檀の扉が軋み、人影が滑り込んできた。

 褐色の肌はコーラントの人間の特徴だ。

 ゆったりとした長衣は白く染め上げられている。

 かぶったフードから、黒い巻毛が覗いていた。

 後から何人か従者らしき男が続く。


「ファリアス=コーラントです。この度は我が国の為にご足労いただき、感謝の言葉もありません。改めて御礼申し上げます」


「えっ、ファリアスということは」


 慌てた。

 まさかいきなり最重要人物か。


「国王陛下自らご挨拶とは恐れ入ります。クリストフ=ウィルフォード、及びその同行者です。知らぬこととはいえ、ご無礼を」


 片膝を着き、頭を垂れた。

 皆も俺に続く。

 勇者とはいえ、相手は国王だ。

 礼を失する訳にはいかない。


「いえいえ、何をおっしゃられるやら。今回、助けていただくのは私どもです。むしろ偉そうにしていてください」


「クリス様ー、ああおっしゃってますよー」


「エミリアさんは黙ってろ。いえ、こちらの話です」


 えらく気さくな王様だな。

 が、エミリアには釘を刺しておく。

 ファリアス王に愛想笑いを向け、ゆるゆると立ち上がった。


 "ん?"


 微かに引っかかったのは、ファリアス王の表情だ。

 国の一大事なので、焦燥しているのは分かる。

 朗らかな表情はポーズだというのも分かる。

 だが、怯えに似た感情が見える。

 そこまで緊急事態なのか。

 今日明日にもコーラントが滅ぶような?


「本題に入る前に、お尋ねしたいことがあります」


「何でしょう、勇者様」


「クリスで結構です。失礼ながら、陛下のお顔が想像以上に優れません。もしや、ベヒモスの動向に何か異変が?」


 考えられることと言えば、それしかない。

 ベヒモスの侵攻速度は遅いと、俺達は聞いている。

 無作為に辺境の村を狙い、潰しているらしい。

 腹は立つが、良いこともある。  

 その分だけ避難の時間が稼げているのだ。

 家畜や土地を放り出すことは悔しいだろうが、命あってのものだねだ。

 しかし、もしベヒモスが急に積極的になったとすれば。

 一瞬、背筋が寒くなった。


「いえ、そうではありません。楽観はもちろん出来ません。ですが、ベヒモスについては変わりなし。比較的のろのろとうろついています」


「予断は許さないが、火急の事態ではないと。であれば、何故そのような顔を?」


「顔に出ていましたか。お恥ずかしい話だ。そうですね、この際全部打ち明けてしまいましょうか」


 ファリアス王がため息を漏らす。

 まだ若い。

 三十手前くらいか。

 一人で全部抱え込むのは無理だろう。


「どうぞ。ベヒモスと関係あることですか? 無くても結構です」


「多分、関係ないとは思います。だが、より身近な脅威かとしれません」


 自分でも歯切れが悪いと思ったのだろう。

 フードを取り、苛立たしげに髪をかき上げた。

 手で俺達に座るよう促し、自分も椅子に座る。

 藤で編んだ椅子がキシ、と鳴った。

 涼風が部屋を駆け抜ける。

 そして俺達の自己紹介を聞いてから、ファリアス王は話し始めた。


「昨夜、衛士が斬殺されるという事件がありました。その事件を検討していた為、ご挨拶が遅れたという次第です」


「衛士が? 王宮のですか」


「こ、恐いのですよー」


 俺の横でエミリアが顔を引きつらせる。

 基本的に、彼女は争い事は苦手だ。


「このような時に面目ありません。市井ならば、そうした辻斬りもありえます。だが、場所が場所です。皆、神経質になっている」


「王宮仕えの衛士が斬殺って、結構ありえないですね。おっしゃる通り、場所が場所だ」


 そう言ってから、ライアルがローロルンを見る。

 エルフの魔術師は数秒だけ考えた。


「質問させてもらってもよいかの。衛士の殺害現場は、具体的にはどのあたりであろうか」


「王宮へと至る門の近くですね。門を境にして、市街地と王宮の周縁部が隔てられている。つまり、下手人は王宮に近付こうとしていた」


「と考えても無理はないのう。そこを衛士に発見され、凶刃を振るったか。しかし、何が目的なんじゃろうな?」


「お前でも分からないのか」


 密かにローロルンの頭脳には期待している。

 時期が時期だけに、この事件も無視は出来ない。

 妙な雲行きになってきやがった。


「王宮に近付こうとしたまでは分かる。じゃがな、見つかったのであれば逃げればよい。下手に衛士を殺したなら、警戒が強まるばかりじゃ。まさか衛士を殺すのが目的ではあるまい?」


「まあな。もっと影響力のある人物が多数いるからな」


「例えば余とかですね」


「本人を前にして言いづらいですが、そうですね。あるいはお后様とか」


「いえ、結婚はまだなので。残念ですが」


 そう言って、ファリアス王は表情を少し曇らせた。

 この歳で未婚となると、何か事情があるのだろう。

 王族であれば、十代半ばでも結婚の話はあるし。

 とりあえず、そこは触れずに話を進める。


「ベヒモスだけじゃなく、謎の辻斬りですかー。嫌な感じですねー」


 エミリアの言う通りだ。

 とはいえ、あくまで俺達の目的はベヒモスだ。

 さしあたり、そちらに集中するとしよう。

「やはりベヒモスの方を優先したいですね」と俺は話を元に戻す。

 ファリアス王も否とは言わない。


「そうですね。こちらは別の事件として処理しましょう。全く、このような時に忌々しい」


「国の混乱時こそ、不届き者が出るものです。用心されるに越したことは無いでしょうね」


 話を一旦切り上げ、場所を移すことにした。

 王の先導の下、部屋を出る。

 ベヒモスに謎の殺人犯か。

 両者の間に関係はあるのか無いのか。

 現時点では分かるわけも無い。

 もやもやした気持ちのまま、俺は厚い絨毯を踏みしめた。

 廊下には見知らぬ白い花が生けてある。

 その光景が、ここが異国だと実感させた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ