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111.コーラントへ赴こう

 勅命の内容は予想通り。

 コーラント王国に出向き、ベヒモス討伐を果たす。

 実にシンプルで分かりやすい。

 つまりはリーリア夫人の描いた計画通りだ。


「こうなってしまっては仕方がない。頼みますぞ、クリス様」


「任せといてくださいよ。エシェルバネス王国の威信に賭けても、絶対に討ち果たす」


 ゼリックさんと握手を交わす。

 多数の人が周囲を取り巻いている。

 各庁に勤める役人がほとんどだ。

 他には貴族もちらほら。

 広い一室ではあるが、これだけ人が集まると息苦しい。

 これでも人数制限したらしいけどね。

 勇者を送り出すとなると、一種のセレモニーだからな。

 それなりの格式が必要になってくる。


「ほう、大がかりじゃのう。こんなに大勢に見送られるのか。妾も偉くなったのう」


「君は主役じゃないと思うけど」


「分かっとるわ。いくら妾でもそこまで勘違いはせぬ。ボケはお約束じゃろう?」


 ローロルンとライアルのかけ合いは微笑ましい。

 結局、この二人も同行することになった。

 同行者が数名ならば、転移呪文の使用は問題ない。

 それに、彼らは俺のパーティーの一員だった。

 格としても戦力としても、二重丸ってわけだ。

 だが、同行者は更にもう一人いる。


「ほんとに来るわけか。今ならまだ間に合うけど」


「しつこいですよー。もう決めたこと、決まったことなのですー。お留守番なんかイヤなんですよっ」


「そう言うと思ったよ」


 諦め、会話の相手をもう一度見る。

 栗色の髪は後頭部でアップにまとめている。

 控えめな装飾付きの真新しいローブをまとい、手には長い杖を持っていた。

 たったそれだけの違いで、ずいぶん雰囲気が変わるものだ。

 女神アステロッサの聖女こと、エミリア=フォン=ロートはやはりただ者じゃない。


「いいですかー、仮にも私はクリス様の婚約者なのですよー? 婚約者が死地に赴くんですよー? 同行して一緒に戦う、これが普通ですよー、うん」


「そんな詰め寄らなくても聞こえるよ。で、本音は?」


「ベヒモス倒したら、真っ先に食べたいからですっ! クリス様の手料理を他の人が先に食べるとか、イヤなんですー!」


「そうか」


 清々しいほど分かりやすい。

 ここまで単純だと、むしろ立派だとさえ思う。

 いいや、もう連れていくことにしよう。

 支援と回復に徹してくれれば、そこまで危険じゃないと思う。

 俺としても、回復術士(ヒーラー)の存在は嬉しい。

 ということになると、留守番は必然彼女になる。


「悪いけど、留守は任せたよ。そう何日も空けないとは思う」


「モニカがいれば安心ですよねー」


「はい、承知しております。本来ならばご同行したいところですが、これも務め。ご武運をお祈りして、お待ちしております」


 藍色の髪を揺らし、モニカが軽く膝を折った。

 メイドでは中々こういう場所には来れないが、今回は特別だ。

 同行は断念。

 神殿お付きの武装メイドではあるが、相手が悪い。

 内心穏やかではないかもしれない。

 だが、彼女の表情は穏やかだった。


「お二人は必ず帰っていらっしゃいますから。待つことも苦ではありません。ええ、それにライアル様もローロルン様もです。お待ち申しております」


「良かった、俺達も数に入っていて。忘れられたかと思ってたよ」


「ふむふむ、中々立派なメイドじゃの。おお、そうじゃ、ライアル。聞けばお主、このメイドと良い仲だというではないか。抱擁や接吻はせんのか?」


「あほか、お前は!」


 思わずローロルンに突っ込んでしまった。

 パコーンと、彼女の後頭部がいい音を立てる。

 ぐらっとよろめいてから、ローロルンが振り返る。

 涙目になるな、涙目に。


「痛いのう、クリストフ! 暴力反対じゃ! 妾もこう見えて女なんじゃぞ!」


「お前がデリカシー無さすぎるんだよ」


 ライアルとモニカの仲については、俺は知らない。

 ちょっといい雰囲気かもしれないし、違うかもしれない。

 ただ、恋愛ごとには首を突っ込みたくはない。

 それだけだ。

 それより、そろそろ時間じゃないのか。

 一声かけたい人がいるんだけど、会えるだろうか。

 周囲に視線を巡らせる。

 ああ、いた。

 向こうもこちらに気がついた。

 リーリア夫人とグラン=ハースだ。


「クリス様、エミリア様!」


「やあ、久しぶり、リーリア夫人。今回は色々とどうも」


 俺の言葉に、リーリア=エバーグリーンはパッと間合いを詰めてきた。

 あ、一応この事は秘密だったか。

 彼女の表情から悟る。


「私が手を回したことは、一応秘密なのですよ。舞台裏の支配者とは呼ばれたくはありませんから」


「舞台裏の支配者……言ってて恥ずかしくないですか」


「すいません、勇者様。リーリア様の芝居っ気です。気にしないでください」


 いや、グランが謝らなくてもいいだろ。

 部下の気苦労は他所に、自称舞台裏の支配者は目を伏せる。

 一転してしおらしい態度だ。


「ご同意いただいたこととはいえ、申し訳ありません。謹んで感謝いたします」


「さあ、何のことかな。俺は陛下の勅命に従うだけで、貴女の希望は汲んでいない。そうだろ?」


「え――ふふ、そうですわね。私ったら駄目ですね」


 そう、リーリア夫人が気にすることはない。

 遅かれ早かれ、自然に俺が行くことになった。

 その可能性だってあるしね。

「そういうこと」と頷くと、エミリアが続く。


「何のことかまーったく分かりませんが、どーんと任せておいてくださいよぉ! ベヒモスなんか一撃ですよ、一撃!」


「い、一撃ですか。頼もしいですね、エミリア様」


「私じゃないです、クリス様が! けちょんけちょんにしてくれますって!」


「時々、エミリアさんくらい能天気でいたかったと思うよ」


「それ、絶対ほめてないですよね!?」


 無視していると、リーリア夫人に話しかけられた。


「マルセリーナ様とパーシー様から伝言をお預かりしております。無事に帰ってきてください、また会いましょうと」


「分かりました。そうか、すいません」


 ロージア家も今回は陰で動いてくれたからな。

 別れた妻と子供とも、まだ何かの縁があるってことか。


「あと、オムライス食べたいとも言っていましたけれど。何のことか、私には全く分かりませんでした」


「一言で説明すれば、美味しいもののこと。了解、十分です」


 恐ろしく雑な説明で片付けてしまった。

 いや、嘘は言っていないぞ。

 リーリア夫人は「美味しいもの」と心惹かれた様子だが、そろそろ時間がない。

 出立の時は近い。


「勇者クリストフ=ウィルフォード様、こちらへ。転移呪文の準備が出来ました。同行される方々も、こちらへお願いいたします」


「ようやくか」


 魔術師らしき男から声がかかる。

 ザッと音を立て、周囲の人が場を開けた。

 広い部屋の一角が見えた。

 灰色の大きな布が敷かれている。

 そこに魔法陣らしき複雑な術式が描かれていた。

 今回は移動距離が長いため、準備に時間がかかった訳だ。

 国境越えだからな。


「ご武運をお祈りしていますぞ」


 ゼリックさん、そんな神妙な顔するなよ。

 俺は俺が出来ることをするだけだ。


「祈るしか出来ないですけど、精一杯応援してますからっ!」


「私も同意見です」


 リーリア夫人が両手を合わせる。

 その横で、グランはただ静かにたたずんでいた。

 いいさ、これは俺の戦いだ。

 俺が望んだものだ。


「クリス様とエミリア様の家は、私がお守りいたします。ライアル様、ローロルン様がいつ訪れてもいいように、綺麗にしておきますからね」


 そしてモニカは、ちょんと長いメイド服の裾をつまんだ。

 腰を深く折る。

 藍色の髪が流れ、彼女の顔を隠す。

 ただ「ああ、任せたよ」とだけ返してやる。

 それだけでいい。

 別れの挨拶など不粋だろう。


 魔法陣の中に足を踏み入れる。

 踏んだ場所が発光し、確かな魔力反応を伝えてきた。

 四人全員が魔法陣の中に納まる。

 その周囲を、数人の魔術師が取り囲んだ。

 高負荷の転移呪文なので、複数の術者で協力して詠唱するのだろう。

 代表者らしき一人が声を張り上げる。


「それではこれより、コーラント王国への転移を遂行します。詠唱、序の階層開始」


 語尾の残響が消える前に、詠唱が開始された。

 うねるような独特の詠唱が、魔法陣の中を充たす。

 ひたひたと、ひたひたと、水が足元を濡らすように。


 詠唱が続き、重なり、それと共に魔法陣が明滅していく。

 長いようで短いその時間が終わったその時。

 一瞬全ての感覚を失い、暗闇に放り出された。

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