106.俺のお弁当タイムは賑やかすぎる
昼飯時は貴重な時間だ。
空腹を満たす意味でも、一息入れる意味でもだ。
食べない人もいるらしいが、俺には無理だね。
自分で弁当を作るようになってからは尚更だ。
きちんと美味しいものを食べ、午後を乗り切る。
これが俺のモットーだ。
「勇者の割にはしょぼいモットーじゃのう」
「庶民派なんだよな、クリスは」
「なんでお前ら、ここにいるわけ?」
弁当を開けながら、俺は憮然としていた。
声をかけたきたのは、旧知の二人だ。
俺の問いに、ローロルンとライアルは揃って首を捻る。
仲良しかよ!
「なんでって言われても、明確な理由はないのう。強いて言えば、暇じゃったからかの?」
「クリスの職場って見たことないからさ。一回遊びに行こうかなってことになった」
全く悪気のない返答だ。
いや、うん。
何も言うまい。
昼飯の邪魔さえされなければ、問題はない。
休憩が終わったら即帰ってもらおう。
そう考えていたのが、表情に出たのだろう。
ライアルに機先を制された。
「クリス、もしかして俺ら邪魔かな。せっかくだから、昼飯くらい一緒にと思ったんだが」
「うむ。ここの冒険者ギルドで、ライアルとばったり会ってのう。自然とそういう成り行きになったんじゃよ。リヴァイアサンの時は世話になったしの。その礼も兼ねてじゃ」
「うっ、それならまあ」
真摯な態度で言われると俺も弱い。
ライアルはともかく、ローロルンがしおらしいのは珍しい。
元々パーティーを組んでいた仲だ。
普通にしてくれさえいればいいさ。
「というわけで、妾が食後のデザートを持ってきてやったぞ! どうじゃ、このゴーレムビスケットは! 錬金術の粋を集めて作ってみたんじゃ。かりそめの命により、生きた人間そっくりの動きをするビスケットじゃぞ!」
しかし俺の気持ちは長続きしなかった。
ローロルンが収納空間から何かを取り出す。
ちょうど人間大のそれは、すたっと床に降り立った。
ビスケット? これが?
『ハジメマシテ、クリスサマ。サア、ハヤクボクヲメシアガレッ!』
甲高い声で喋った。
その瞬間、俺は無言で拳を振るっていた。
まっすぐ顔面にヒットする。
堅焼きビスケットの感触が手に伝わる。
そいつの虚ろな目と口も、粉々になった。
ローロルンが悲鳴を上げる。
「おいいい、何をするんじゃ、お主いいいい! せっかく妾が手間かけて作ったビスケットがあああ!」
「普通に作れ、普通にさあ!? 何でビスケットが自分で立って喋る必要があるんだよ! 怖いよ! 動きも妙にリアルだし!」
「あー、やっぱりそうだよね。俺も止めたんだけど、ローロルンがやると言い張っちゃってさ。食卓に笑いと工夫を持ち込みたいらしくて」
「そうじゃぞ、ライアルの言う通りじゃっ。お主のリヴァイアサン料理を食べて、妾は反省した。食事には創意工夫が大切だと気がついたんじゃ! 故に自分なりに努力して、このゴーレムビスケットを作った! なのに、貴様一撃で粉砕とはどういうことじゃー!」
「どうもこうもねえわ。創意工夫の方向性が間違ってるだろうが。味で勝負しろよ、何で錬金術で動くようにしてるんだよ。ビスケットが喋る必要性無いだろ、違うか?」
「ふっ、そこは考え方の違いじゃの。見て楽しく、食べて美味しく。これからの食はこうでなくてはならぬと思うぞ。なのに、妾の傑作をぶん殴るとはのう。悔しい、悔しいぞ……!」
嘘泣きご苦労さまってところだ。
いいや、もう。
弁当食べないと、昼休みが終わってしまう。
「いいかな?」とだけ言って、俺は座り直した。
前の席は空いているから、勝手に座ればいい。
「ほら、ローロルンも機嫌直せよ。クリスの言い分も分かるしさ。ちょっと先進的過ぎたんだよ」
「なあ、ライアル。何年経過しても、ローロルンの感覚が世の中と一致することは無いんじゃないか?」
「それ、思っていても言わないのが優しさだよ」
「全部聞こえとるわ、あほう! ふん、もういいわい。妾らも昼飯に付き合おうぞ」
そう言って、ローロルンは座った。
ポスンと軽い音しかしない。
エルフは大抵痩せてるからな。
もっとも女の体重については、ノーコメントが正解だ。
「そうだね、時間は限られてるし。じゃあ仲良くランチタイムだ」
なあ、ライアル。
お前らが来なければ、とっくに俺の昼飯は終わってるんだが。
その点はどうなのだろうか。
いや、それは問うまい。
また不毛な会話に陥る。
気を取り直し、弁当箱の蓋を開けた。
竹で編まれた弁当箱は軽く、通気性もいい。
何より雰囲気がある。
「おお、面白い素材じゃの」
「異世界の植物だよ。向こうじゃ、こういう弁当箱も売られているんだってさ」
ローロルンに答えてやる。
ヤオロズからの受け売りだ。
そして弁当箱の中身を確認する。
うん、ごちゃごちゃになっていない。
中身は今日エミリアに作ったものと同じだ。
ごはん物としていなり寿司。
主菜は鶏ささみの梅肉ソース和え。
きんぴらゴボウとブロッコリーが、その脇を固めている。
いいね、いいね。
彩りからしてわくわくするね。
自分で作ったのに、気分がいい。
「あ、美味しそうだな。これも自分で?」
「エミリアに出来ると思うか?」
「うーん、無理かなあ」
「クリストフが作ったんじゃろ? あの聖女様には無理じゃろ、悪いがの」
弁当を食べながら、その合間に会話を交わす。
ライアルとローロルンも、自分達の分は持ってきていた。
ああ、こういうの悪くないかもな。
いなり寿司を口にすると、酢飯の風味が広がった。
油揚げのしっかりした甘さもあって、元気が出てくる。
「変わった料理じゃな。この茶色っぽい三角形は何じゃ? 何かの皮か?」
「元はそれ植物なんだぜ。大豆っていう豆が原料だ」
「なに!? これがか!」
ローロルンがのけぞる。
嘘じゃない、油揚げは大豆から作られる。
薄い豆腐を油で揚げて、こうなるのだ。
もっともそれを理解するのは、かなり難しいとは思う。
「ほら、異世界の技術だからさ。色々出来るんだよ、きっと」
「ライアル、お主はそう言うがのう。これが豆から出来ると言われても、容易には頷けんぞ。ふむー、面白いのう」
「納得しろとは言わないけど、事実だからな。お前みたいに知識欲強いと、ある意味大変だよな」
ローロルンが地球の文化を知ったら、一体どうなるだろう。
想像してみる――うん、大変だろうな。
ヤオロズが振り回されるのが目に浮かぶよ。
「いやあ、俺が魔王を倒して良かったな、うん。万事丸く収まった」
もしヤオロズがローロルンに声をかけていたら。
きっと奴の胃に穴が開いたろう。
神様に胃があれば、の話だけどさ。
叶わぬ仮定を思いながら、
鶏ささみの梅肉ソース和えに箸を伸ばす。
梅による殺菌作用を期待して、これを作ってみた。
もちろん味も折り紙付きだ。
「自分で作っておいて何だか、美味い」
ついしみじみと言ってしまった。
ライアルとローロルンの視線が怖い。
「やれやれ、九年の月日は性格を歪めるなあ。昔のクリスはこんな嫌み言わなかったよ」
「ほんにのう。駆け出しの頃など、ぴいぴい泣いていたのにのう」
「誰がだ、勝手に話作るな」
噛み合ってるのか、噛み合わないのか。
でもさ、こういう昼休みもたまにはいいよな。
心の中で微笑んだ。
最後のいなり寿司をぱくりといく。
その時だ。
「クリス様ーっ、クリストフ様ーっ、た、大変です! 大変なんですーっ!」
大声と共に、部下が休憩室に飛び込んできた。
あまりの勢いにびっくりして、茶をこぼしそうになった。
「何だよ、唐突に」と文句は言ったが、部下の様子にすぐに止めた。
血相が違う。
「ただごとじゃないって顔だな」
「は、はいっ! あ、すいませんっ、皆様でお食事中に!」
「今更いいよ。それより何なんだ」
俺に促され、部下はピシリと背を伸ばす。
緊張した面持ちで、そろそろと口を開いた。
「先程、南方のコーラント王国から早馬が到着! 南のコーラント王国にベヒモス出現。被害甚大、救援を乞うとのことですっ」
思わずむせそうになった。
おいおい、冗談にしちゃキツすぎるぜ?




