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104.楽しいお弁当タイム

 カラン、カランと鐘が鳴った。

 その澄んだ音に、エミリアは顔をほころばせた。

 正午を告げる鐘の音だ。

 ここは女神アステロッサの神殿である。

 昼休憩もちゃんと確保されており、働く者にはありがたい。


「というわけで、ここで午前中は終わりですー。午後になったら、また治療を再開しまーす」


 高らかに宣言し、お付きの助手を促した。

 助手も慣れたものである。

 治療を待つ人達に声をかけ、いったん待機させている。


「聖女様の大切なお昼休みです。しばらくここで待っていてください」


「お昼ご飯を食べないと、聖女様はもちません。ええ、絶対にもちません。ですから、お待ちいただけますか」


「お昼ご飯がないと、イライラして暴れますからね。満足いく治療を受けていただくためにも、ここは一つ!」


 数人の助手が必死に説き伏せている。

 うん、嘘ではない。

 嘘ではないが、どことなく釈然としない。

 これではまるで自分が食いしん坊みたいではないか。

 お昼ご飯が無いくらいで暴れるとでも?


 "いえ、暴れますねー"


 自問自答し、苦笑した。

 ともかくお昼ご飯は大切だ。

 それがクリストフの作ったお弁当なら尚更だ。

「それでは休憩してきますー」と声をかけ、エミリアは奥へと引っ込んだ。



 女神アステロッサの神殿は広い。

 概ね半分は信者にも開放されている。

 エミリアが働く場所も、そちらの方だ。

 怪我や病気をした者に、回復呪文を唱えて治す。

 特別なことが無い限り、それが彼女の役割だ。


「毎日のこととはいえ、疲れるものは疲れるのですよねー」


 うーんと伸びをする。

 休憩室の天井は高く、視線が吸い込まれるようだ。

 そのまま、だらりと背もたれに体を預けた。

 だらしない格好である。

 信者が見たら失望すること間違いない。


「ほぼ同じことの繰り返しですからね。エミリア様、お茶が入りましたよ。ほら、お弁当召し上がらないんですか?」


「あたしたちもお腹空きましたっ。早くお昼ご飯食べたいです!」


「そうですねっ、お昼ご飯っ! この為に生きているのですからー!」


 後輩二人に声をかけられ、エミリアは復活した。

 そそくさと小さな円卓へと駆け寄る。

 彼女専用の湯呑が置かれ、ほこほこと白い湯気を立てていた。

 その周りには、お弁当箱が三つある。

 自分の分と後輩達の分だ。

 まずは湯呑を掴み、喉に流し込む。

 ぬるめの茶が体に染み渡っていった。


「待っててもらってすいませんー。それじゃあ皆、お弁当箱を取ってー。はい、いただきますー」


「いただきます」


「いっただっきまーす!」


 共に働く仲間と、仲良くお弁当箱を開ける。

 この瞬間が最も楽しい。

 期待にわくわくしつつ、エミリアはお弁当箱の蓋を取った。

 このお弁当箱も、クリストフから貰ったものだ。

 深い朱に塗られており、独特の質感がある。

 その蓋を開けると、彩り豊かな料理がパッと現れた。

 思わず「おおっー」と声をあげてしまう。


「うわー、今日も美味しそうですねっ。こんなにカラフルなお弁当、中々無いですよ」


「見てるだけで目も満腹になりそうですよ、エミリア様っ! いいなあ、いいなあ!」


「お弁当くらいで騒がないでくださいよー、照れますねえ」


「えっ、でもこれ作ったのって」


「勇者様ですよね?」


 後輩二人に突っ込まれてしまう。

 その通りなだけに、反論も出来ない。


「い、いつも通り、作っていただいたのですー。こんなすごいお弁当、私が作れるわけないじゃないですかー。威張っていうことじゃないですけどねー」


「悲しい自分ボケツッコミですね……」


「エミリア様のノリのいいとこ、あたしは好きですけどね」


「ありがとうですー。さて、ともかくいただきましょうー」


 この程度でめげるはずもない。

 愛用の箸を手に取り、弁当を見渡した。

 弁当の品は四品ある。

 淡い狐色をした三角形は、おいなりさんか。

 エミリアの好物の一つである。

 濃い緑色の野菜もある。

 これは確かブロッコリーと言うのだ。

 その横にも一品置かれている。

 茶色く染まっており、土の気配を漂わせていた。

 昨日の残りのきんぴらゴボウと分かった。

 一日経つと、更に美味しい。


 "あと、これは何でしょうねー?"


 最後の一品に目を留めた。

 鶏のささみであることは分かる。

 白く、脂身がほとんどない。

 赤紫色のトロリとしたものが、その上にかけられていた。

 これが分からない。

 特別なソースだろうか。

 甘酸っぱい匂いの中に、微かな香ばしさもある。

「うーん、これは?」と唸りながら、記憶を辿る。

 食べたことがあるような、ないような。


「ま、いいですっ。ともかく、お腹が空いたのですー!」


 そう、食べてみれば分かることだ。

 箸を器用に操り、鶏のささみをまずはひと切れ。

 謎の赤紫のソースも、まったりと絡めている。

 このわくわく感が、更に美味しくいただくコツだ。


 "んっ、これはまた新しい味わいなのですよ!"


 ささみの軽い風味は昼食にはピッタリだ。

 脂が少なく、あくまで軽やか。

 晩餐には物足りないだろう。

 だが、こうしたお弁当には合う。

 歯ごたえも良い。

 ささみの細い繊維が、プチンプチンと切れていく。

 だが、何よりはこの赤紫色のソースだ。

 恐らく酸っぱいとは予想していたけれど、実際はというと。


 "爽やか酸っぱいのですー! うわっ、でもこれ、このささみにすごく合う、合いまくりですねー!"


 心の中で喝采をあげた。

 その瞬間思い出した。

 梅だ。

 梅干しの味によく似ている。

 多少アレンジしているが、梅の風味が生きている。

 なるほど、さっぱりしているわけだ。


「エミリア様、とても満足そうですね」


「こんなに美味しそうに食べる人も、貴重ですよねっ」


 後輩達の声をよそに、更に鶏ささみを食べ続ける。

 脂がない鶏ささみは肉自体の風味も軽い。

 下手すればパサパサだが、そこに至るぎりぎりを見極めている。

 歯切れがよく、胃に全くもたれない。

 しかもこの梅が効いたソースが格別だ。


「ただ酸っぱいだけじゃないですー。かつお節が混ぜられていて、酸味を和らげてますねー。こう、旨みをプラスして味に広がりを出しているのですよ!」


「出たっ、エミリア様の感想タイムですねっ!」


「ああああ、聞くと後悔するやつだー!」


「梅の果肉だけだと、下手すれば刺すように酸っぱいんですよねー。けどけど、ここにほら、混ぜられているかつお節っ。これがちょうどいいんですよー。脇役として香ばしさを足し、主役の梅の酸味を和らげるっ。このかつお節こそ、真の縁の下の力持ちですよー!」


 一息に言い切った。

 その勢いのまま、エミリアはもう一口食べる。

 プツン、と鶏ささみが弾ける。

 軽やかな肉、けれどもコクも感じられる。

 そこにすっと入り込むのが、梅肉ソースだ。

 鮮やかな酸味が舌の上を走る。

 爽やかさが駆け抜ける。

 刺激が強い。

 けれども、後味には一片のまろやかさもある。

 かつお節がここで効いているのだ。


「お昼ご飯にはぴったりですねえー。うんうん、流石はクリス様なのですよー」


 悪気はないが、何気にのろけになっている。

 それに気が付かないまま、エミリアは次の標的を定めた。

 そう、魅惑のお弁当タイムはこれからだ。

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