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17、狐の少女は風呂が好き


 最後までティアたっぷりですよ~。


「――――お客様、痒いとこはございませんか?……なんてなー」


 大きな獣耳に水や泡が入らぬよう押さえつつ、頭をわしゃわしゃと洗ってやる。髪がずいぶん長いので、洗うのが大変だ。

 最近入ったばかりだからあまり汚れてはいないのだが、ティアがしてほしいといったのだ。

 しっかり耳の裏まで指先で擦ってやると、ティアはくすぐったそうに身をよじった。


「くふふっ……みみ、くすぐったいよぅ……」


 前にある鏡に写るティアの顔は何だか楽しげで、それは何よりなのだが、何がそんなに楽しいのかは疑問だ。


「ほい、洗い終わったぞ」


「……からだは?」


「さすがにそれは……」


 俺が断ればティアは、「むう……」と唸ると残念そうに膨れ、泡立てた手拭いで渋々身体を擦り始める。

 まったく、子供は表情がころころ変わるなぁ、と面白く思いながら、俺も匂いを落とすために身体を洗い始めた。


 頭を洗い終わり、泡を流して目を開けば目の前には緩く左右に振れる濡れたティアの尻尾が。そして、当の本人はなにか言いたそうにチラチラとこちらをうかがっている。その行動から大体言いたいことは理解できたのだが……


「……尻尾、洗ってほしいのか」


 ティアは少し恥ずかしそうに何度かこくこくと頷く。どうやら予測はあっていたようだ。


 言ってみたはいいものの、尻尾を洗うってどうすればいいんだ?目の前にちょこんと座るティアはまだかまだかと何だかそわそわしている様子だし、尻尾って獣人にとってなんか大切な部位じゃなかったっけ。


 ……ていうか、これは俺の方が召し使いっぽくなってないか?


 まぁいいか。ティアは可愛いからな。


「よし、じゃあ洗うぞ?」


 石鹸をよく泡立て、尻尾に泡を馴染ませていく。やがて尻尾はふわふわの泡に包まれ、取り合えず俺はティアの髪ををあらうときの要領でやることにした。毛並みに沿って根本から毛先の方向に、デリケートだろうから優しく手櫛をするように指を滑らせて行く。


「んぅうっ……くひゅぐったい……!うひゃあっ」


 指を動かす度、ティアはくすぐったそうにか細い声を漏らした。鏡に写るのは、真っ赤になりながら口を両手で押さえ、足をパタパタさせて擽ったさに耐えているティアの姿だ。


 ……なんだかものすごい罪悪感が……気のせいか?桶で湯をかけ泡を洗い流してやると、落ち着きを取り戻したようにはふぅ、と大きく息を吐いた。


「……おわる、した?」


「おう、終わったけど……大丈夫か?」


 ティアは脱力し、へたりと俺にもたれ掛かる。心なしかぐったりしているように見えるが、まだお湯に浸かってはいないからのぼせているわけでは無いだろう。まぁあれだけ笑うのをこらえれば疲れもするか。


「ん、だいじょぶ。すこし、くすぐったかった……」


 くてん、と力なく俺にもたれっぱなしのティアを抱き上げ、浴槽へ移動。ティアを沈めないように湯に浸かる。

 ティアはうつ伏せで俺の腹の上に寝転がり、胸板に頭を預けてとろんとした眸で俺を見上げていた。

 むにむにのほっぺたを俺の胸板に押し付け、今にも蕩けてしまいそうにぐでっとリラックスしきっているようだ。俺も久しぶりの風呂に、ほうっと息を吐いた。


「気持ちいいか?」


「ん……ティア、おふろすき……」


 ふにゃっと弛緩しきった表情でそう呟くと、芋虫のようによじよじと俺の身体をよじ登る。そして、俺の首筋に顔を埋めるとすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めた。少しくすぐったいが、俺も匂いを嗅がれるのにはようやく慣れてきたようだ。


「せっけんのにおいと、ごしゅんじんのにおい……あと、てぃあのにおい……だけ……」


 どうやら無事猪の匂いはとれたようで、ティアは安心したようにぽそりとそう呟くと、すぅすぅと穏やかな寝息をたて始めた。首筋に当たる寝息が少しこそばゆい。

 俺が出ている間ずいぶん泣いていたようだから、きっと泣き疲れてしまったのだろう。その表情は安堵一色で、俺と出会ってまだそう日が空いていないと言うのに俺を信頼しきり、全てを委ねていることがありありと見てとれた。


 この娘がもし俺以外に引き取られていたら、と考えると背筋がゾッとする。もし、質の悪い者を信じきり、全てを委ねてしまっていたならば。


 この少女は、俺が守ってやらねばなるまい。きっとこの娘は将来、魅力的な女性になる。言い寄ってくる男も多いだろうが、少なくとも俺よりも強く、器のでかい男でなければ絶対に嫁にやるきはない。

 ティアが俺を信頼しきっているのと同じように、出会ってからの期間で俺にとってもティアはかけがえのない大きな存在になったようだ。名目上こそは奴隷ながらも、まるで実の娘のような、大切な存在。


 思考に一段落つけ、俺の肩に頭をのせて寝息をたてるティアを抱き上げ、湯から上がった。いつもならもう少しゆっくりはいるところだが、眠ったままのぼせてしまっては非常に危ないからだ。

 立ち上がると、ティアは無意識でしがみつく手にきゅうっと力を込めた。


「ん……ふにゅぅ……おやしゅみ、ごしゅんじん……」


「あぁ、このまま寝かせてやるから、ゆっくりおやすみ」


 まだ濡れたままの頭を撫でてやれば、顔を見ずともわかるほどに表情がへにゃりと弛緩し、風呂場に響くのはすぅすぅと規則正しく聞こえ続ける寝息のみとなったのだった。


 厚かましいですが、ブクマ、評価お願いしまっす。コメント来たら泣いて喜びます。

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