19、新たな同居人
「―――――おねぇちゃん、おみせ、いれるの!?」
「はい!これからよろしくです、ティアちゃん」
俺が依頼に出掛けたときの口ぶりで何となくわかってはいたのだが、例の猫娘が正式に店に置かれることになったのが報告されたのは帰ってきた次の日の、朝食の時の事だった。
アイリスが自らの名前から分けた名は『アリス』。同じくアイリスから分けられた名前を持つイリスとは、一応姉妹と言うことになった。そして、お互いに姉妹になることを喜んでいた。
「アリスちゃんが妹かぁ……お姉ちゃんとかって、呼んでも良いよ?」
そう提案されたアリスは戸惑い、しばらくあー、だのうー、だのと唸った後に、
「よっ、よろしくです!お、お姉、ちゃん……」
と、真っ赤に染まった顔で、何とか絞り出した。しかし何故か提案されたはずのイリスの方も、頬を染めて照れていた。
アリスの所有権の移項を直接したのは俺だが、それに関してはそこまで苦労もしなかった。
アリスを買った人物は例のティアを買った店に聞けば分かったし、何よりこの街では奴隷誘拐も少なくはなく、大抵が拐われた時点で諦める風潮があるようだったから。
俺が直接話をしに行ったときも、あっさりと契約書を受け渡され驚いたものだ。それは当然、アイリス名義に書き換えてアイリスの懐に入っている
「今日は、夜にアリスとティアちゃんの歓迎会をするから店は開けないわ。私とイリスで準備をするから、鋼兵は二人の相手をしてあげてね。」
「おう。まかせとけ」
そうして、二人は店の方へと向かい、この場にはアリスとティアと俺の三人だけが残された。
「えーと、じゃあ、一日よろしくな?」
「は、はいっ!よろしくですっ」
その中で、鋼兵の膝の上で会話を聞いているティアだけが、ひそかに頬を膨らませているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「……こんなんでいいのか?」
「はい……実は最近、ティアちゃんの事ずっと見てて、憧れてたのです……!」
今現在、胡座をかいた俺の右膝にティア、左膝にアリスが乗り、裏庭でぼんやりと日向ぼっこをしているところだ。今日は天気がいいから、室内にいては勿体ないと思っての事だった。
「そんで、ティアは何でそんなに膨れてんだ?」
「なんでもないもん……!」
ところが、ティアだけが頬をぷくぅと可愛らしく膨らませ、不機嫌そうにしている。
理由には何となく見当はつくが、まさか姉のような存在である親しいアリスにまで焼きもちを焼くとは思わなかった。
「あ、あの……やっぱりわたし、降りますか?」
「いや、アリスがこうしてたいんなら構わねぇよ?ティアはまぁ……そのうち機嫌直すだろ」
そう言って頭を撫でてやると、少し申し訳なさそうにしながらもアリスはごろごろと小さく喉を鳴らした。
「ティアも、なでてっ!おねーちゃんだけ、だめ!」
「はいはい。最初からそう言えよ~」
わしわしと少し乱暴に頭を撫でてやると、膨れながらも尻尾を千切れんばかりにブンブンと振り回した。その表情と行動のギャップに、思わず小さく吹き出してしまう。
「ティアちゃんは鋼兵さんのこと、大好きなんですねっ」
「ん?ティア、そうなのか?」
「うぇっ!?」
俺が突然振った話題に、ティアはなんとも分かりやすく狼狽えた。膝から転げ落ちそうになるのを受け止め、膝にのせ直してやる。
俺から話題を振ったとは言え、ここで嫌いって言われたら結構傷つくな。立ち直れないかもしれない……
「あぅう……だ、だいすき……」
そこまで言ったティアは、湯気でも出そうな勢いで一気に頬を紅潮させると、ぼすんっと勢いよく俺の胸板に顔を埋めた。
そうかそうか、ティアちゃんは俺の事が大好きなのか……
「……鋼兵さんも、ティアちゃんの事大好きなんですね……凄くにやけてますよ?」
「おう。俺はティアのこと大好きだぞ!」
「もう、やめてぇ……っ!」
完全に照れきってしまったティアは、最低限の抵抗として俺の胸板を弱々しくぽかぽかと叩いた。そして、それを見たアリスがクスリと笑みをこぼす。何とも微笑ましい光景だ。
心地よい日差しに微睡み、最初に船を漕ぎ始めたのはティアだった。そして、それにつられるようにアリスのまぶたも重くなっていく。
かくんっ、と船を漕ぎ、今にも膝から転げ落ちてしまいそうになっている二人を落ちないようにまとめて抱き締めるように支えてやる。
「支えててやるから、そのまま寝ていいぞ」
「……ふにゃぅ……ごめん、なさい……おやすみです……」
「ごしゅじん、おやすみの、ぎゅう……」
猫のように丸まるアリスの肩を左腕で支えるように抱き、右腕は要望通りにやや力を込めて俺の身体に引き寄せた。
そして、間もなく二人の声は完全に寝息に変わり、その規則正しい寝息に誘われるように、二人を抱き締めたまま俺も眠りに落ちてしまうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
「そろそろ戻ってきて―――――」
もうじき準備が終わると言うことで、裏庭まで三人を呼びに来た訳だが、アイリスがそこで見たものは幸せそうに眠る三人の姿だった。
そしてそれを見たアイリスは、その光景に微笑んで優しく毛布をかけ―――――――たりはせず、ニヤリと少し意地悪く笑った。
「やー、よく寝てるわね。起こしたらかわいそうね」
そして、アイリスはティアとアリスを抱き上げると、鋼兵は外に放置で店の中へと戻っていった。当然、微塵もかわいそうなどとは思っていない。本音をいってしまえば、おいしい役割をあげてしまった事への悔しさによる仕返しなのである。
それから数十分後。
「ぶぇっくしっ!……あれ、二人は?」
日暮れ時の冷たい風に吹きさらされ目を覚ました鋼兵は、すぐに腕の中の温もりが消えていることに違和感を抱き、逃げ出したのかと一瞬パニックに陥って大慌てで店の中へと駆け込んだ。
「二人がいなく―――――!?」
店に飛び込んだ鋼兵の言葉は途中で途切れ、力なく膝から床に崩れ落ちる。
鋼兵がそこで見たのは、自分抜きで楽しそうに食事をする、四人の姿であった。
似た名前が多くてややこしいっす。
アイリス……母
イリス……娘
アリス……猫の獣人




