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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
83/161

自由時間

扉がしまって部屋に一人になった小鞠は、ニヤリと口元を歪ませた。

侍女たちはアフタヌーンティの片付けに行ってしまった。

たいていいつも一緒にいて話し相手になってくれるジゼルは、彼女の舞踏会用ドレスの最終チェックが仕立て屋とあるようで、お茶の途中でいなくなった。

この時間、澄人とゲイリーは王宮魔法使いたちと魔法の練習だし、オロフは舞踏会の警備のことで打ち合わせと確認作業があると聞いている。

教育係のテディもここ数日、舞踏会に向けての準備だかなんだかで、朝課題を置いていき夕方確認に来るだけだ。


そして、小鞠は一人きり。

食事会からこっち、ずっと悪戯薬を作るためチャンスをうかがっていた彼女は、これを逃す手はないと寝室へ飛び込んだ。

何しろ時節送りの日は明日に迫っている。

(こういうときのために自分で脱げるドレスを毎日選んで着てたもんね~)

クローゼットの奥深くに隠していた服と靴を持ち出し、着替えのためにドレスを脱いだ小鞠は、胸にあるキスマークに目がいった。


予約を受付けてから日が経っているため、もう随分と薄くなっている……というかほぼ消えているような気がする。

(いやいや、気のせい。あと2,3日は大丈夫)

現実から目をそらし手早く普通服を着込んだ。


『ちょっと王宮内を散歩してきます。小さい 歩く コマリ』


文章は日本語で、そのあとの単語は覚えていたカッレラ語で書いた。

これは戻ってきたエーヴァたちが大騒ぎしないようにとの配慮だ。

「小さい 歩く」で「散歩」と伝わるかは疑問だったが、散歩というカッレラ語を知らなかったのだ。

メモを残して部屋の扉を開ける。


廊下に顔だけを覗かせ、きょろきょろと辺りを窺ったが誰もいない。

少しでも時間があれば庭の散策だ、建物内の見学だ、と意欲的に動き回った成果か、王族塔の見取り図は大体頭に入っている。

いざ、出陣!と小声で意気込んで小鞠は廊下へ踏み出した。

ここは王族が暮らす建物だから警備は厳重だが、基本王族とそれを世話する人間がいるだけなので、他の塔より人の出入りは少ない。

さすがに顔を覚えられている衛兵や見回りの兵に会わないよう注意すれば、誰かに見咎められることもないだろう。


(またシモンに城下へ連れてってもらって、今度は変装道具を買わなきゃ)

要所要所で人がいないことを確認し、王族塔の調理場に到着した小鞠は中を覗き込んだ。

お茶の片づけをしているエーヴァたちがいないかと思ったが見当たらない。

廊下でも出くわさなかったが、もしかすると食器の洗い場は別なのかもしれない。


小鞠は近くにいた料理人らしき男に声をかけた。

「あの……テディ様より明日の時節送りの日に飲ませる、悪戯薬の材料になりそうなものをいただいてくるように言われました」

気弱な女の子を装って用意していた台詞をうつむき加減で言うと、男が包丁を手に向き直った。

ぎょっとしたが砥石があったため、包丁を砥いでいたのかと胸を撫で下ろす。


「テディ様が?変だな、今朝こちらにいらしたときは何もおっしゃっていなかったが」

げ、来てたのか。

そういや朝食で飲んだなんたら産のお茶は、テディが手に入れてくれたとかシモンが言ってたような……。

「え、えとシモン様が急にご入用だとおっしゃったそうです」

「そりゃコマリ様に飲ませる気だな。そういやコマリ様もちょうどあんたみたいな黒髪だったな。一度遠目に見たことが――」


やややヤバイっ。

んー、と顔を覗き込まれ、顔を背けた小鞠は冷汗が出る思いだった。

「なんだぁ?えらく人見知りなやつだな。コマリ様はしゃんと顔をあげてらっしゃったぞ。ちょっとは見習いな」

バシンと背中を叩かれ小鞠はよろめく。

そういえばこの人、「コマリ様」のことを普通に話してるけど。

(王宮にはわたしの黒い噂が広がってるんじゃなかったっけ?)

そう思って探りを入れてみる。


「こ、小鞠様って色いろ噂が……」

「ああ、我儘で横柄で人の気持ちを考えない高慢ちきで高飛車な方とかってアレか?」

そこまで言われてるんですか?

ショックを受ける小鞠に気づかず男は話し続ける。

「コマリ様んとこの侍女たちの話じゃ、少々子どもっぽいところもあるがそこが可愛らしいとか、やることなすこと面白くて憎めないとか、次は何をしでかすか楽しみだとか……それにとてもお優しくて明るい方だってことだぞ」

「褒めてんだよね?」

思わず呟いてしまった。


聞こえたらしい男がハハハと笑う。

「俺たちが作る料理をいつもおいしいと召し上がってくださっていると、給仕のやつらから聞いてる。俺たち料理人からすりゃ嬉しい限りだ。ここを守ってる兵たちによると、ときどき気遣いの言葉をかけてくださるってことだし、あとは森喰いが懐いたとかも聞いたな……ま、森喰いの話は眉唾物だがな」

返事のしようがなくて曖昧に笑った小鞠に、彼は「あ、悪戯薬の材料な」と話を戻して手招いた。


「なにが必要だい?」

「砂糖、塩、胡椒、唐辛子、酢、レモン……あ、でもレモンとかお酢は匂いでわかっちゃうかも」

「ひどい悪戯薬を作ってお二人が喧嘩しちゃ事だし無難なもんにしときな」

悩む小鞠に男は砂糖と塩を小瓶に入れて分けてくれた。

礼を言って調理場をあとにした彼女は二つの小瓶を見比べる。


(本当、無難なところに落ち着いちゃったなー。砂糖ならティータイムのとき角砂糖をとっとけば良かったんだし)

まぁいいかと布に包んだ小瓶をポケットにしまってテクテクと廊下を歩く。

ほしかった悪戯薬の材料は手に入れた。

(よし、今からは自由時間~)

今日までレディ教育を頑張った自分へのご褒美に、少しくらい自由があってもいいじゃないか。


王族塔や執政塔は自分のことを知っている人がけっこういる。

(明日舞踏会が開かれる迎賓塔を覗いてみようかな。雰囲気を知っておけば気後れしないかもだし)

ちょうど食材を運び込んでいた搬入口を見つけ、衛兵の前を通ることなく王族塔の外へ出た小鞠は、周りの塔を確認する。

(執政塔がこっちだから……んーと、たぶんあっち)


王宮内にたくさんある塔の位置はうろ覚えだ。

まぁ間違えていたとしても王族塔はさすがにわかるので迷ったら戻ってくればいい。

元気に歩き出す小鞠の目に眩しく陽光が映る。

陽射しはもう夏のそれに近かったが、カッレラ王国は湿度が高くなくて、熱くともそこまで不快ではない。

こちらに来た当初は春真っ盛りだったのに、いつの間にか花より青葉が目立つ夏に変化している。


(シモンとデートしたときはまだまだ花がいっぱいだったのに、季節の移り変わりは早いなぁ)

緑を楽しみながら木陰を歩く小鞠は数十分後にやっと、前方に幾つもの荷馬車が止まる建物を見つけた。

「あれに見えるは迎賓塔?発見しました!隊長」

勝手に兵隊ごっこ設定を作り上げ独り事を呟く彼女は、荷物を運び込む人たちに紛れて建物内に足を踏み入れた。


客をもてなすために作られた建物だからか、やたらと豪華でどこもかしこもぴかぴかだった。

(窓や床に顔が映りそうだし、金やら銀やらふんだんに使ってる。ピカピカっていうよりビカビカ?)

なんて目に毒な建物だ。

絵や美術品だけでは飽き足らないのか一定間隔で花が飾られ、ふかふかの赤紫の絨毯が訪れた人を奥へと導いているように見えた。


舞踏会会場らしい大広間に着いた小鞠は、

「げっ」

と思わず廊下の壁に張り付いていた。

(なななんでテディが)

いや、舞踏会の準備をしてるのか。

レディ教育の課題を放ってきているのだ。

見つかったら怒られる。

スタコラとその場を逃げ出した彼女は廊下を曲がる寸前。


「ここが明日おまえたちが惚れ薬を持って控えている場所だ」

思わず立ち止まってまたしても壁に張り付く。

扉を開ける気配にそうっと目をだけを覗かせ様子を窺うと、ぞろぞろと若い男女が開け放った扉に消えていくところだった。

(あ、マーヤだ。それにペッテルとヴィゴとクレメッティもいる)

明日、舞踏会で惚れ薬を配る要員として四人は選ばれていたのだろうか。

王宮には給仕として働く人もいるが、その人たちだけでは足りなくて駆り出されているのかもしれない。

彼らが扉の中に入っている隙にと小鞠は急いで廊下を駆ける。


さっき入ってきた入口側で今度は聞き覚えのある声を聞いた。

「今日、明日の警備体制は頭に入っているな。明日の舞踏会が終わるまで決して気を抜くな」

「は」と部下らしい男たちの返事が一斉に聞こえてくる。

(オロフまで来てるぅ~。そうだよね、考えてみれば本番は明日だし人が多いのは当たり前だった)

ここは逃亡が見つかる危険区域だったのか……。


どうやら騎士団員たちは建物内に不審者が潜んでいたり、不審物がないかこれからチェックするようだ。

話から察するに、舞踏会が終わるまで定期的に何度も見回るらしい。

これまでと何か違うと感じたらすぐに連絡しろ、とオロフが言う。

(舞踏会一つ開催するにしても大変なんだなぁ~)

ともかくここから外に出ることは不可能と、小鞠は別の出入口を探して廊下を戻る。

だが主に王族塔しか知らない彼女には、迎賓塔の見取り図はわかっていないのだ。

当然のことながら――。


(どうしよう~、騎士団の人に見つかっちゃう)


人を避けこそこそと建物内を歩くうちすっかり迷ってしまった。

「次はこっちだな」

騎士団員らしき男たちの話し声が廊下の向こうから聞こえてきて小鞠は焦る。

王宮で働く使用人のふりをしようにも、ここにいる理由を聞かれたときの言い訳が思い浮かばなかった。

調理場が近くにあったので、いくつか並んでいる扉は貯蔵庫かもしれない。

明日調理場は使用するだろうし、食材の運び入れなどもあって、貯蔵庫の鍵はかかっていないのではないか。

そう予想して試しにノブを回すと三つ目の扉の鍵がかかっていなかった。


慌てて扉の中に飛び込んだのはいいが薄暗い。

小さな窓が天井近くにあってそこからの光を頼りに室内を見れば、棚が設えられ、樽や木箱、大瓶小瓶が所狭しと積み上げられていた。

ガチャガチャと扉の施錠を確認している音が近づいてくるのに気づいた小鞠は、部屋の奥へ逃げて床に重ねられた筵を見つけた。

頭から被って黴臭さに顔をしかめつつ、大樽の横に膝を抱えて蹲る。


直後に扉が開いて靴音から二人、人が入ってきたのがわかった。

樽を叩いたり、布を捲って室内を調べている音が聞こえる

筵を捲られたら終わりだ。

(わたしのことを知らない人たちだったら不審者としてオロフの前に突き出されるよね)

その後、自分が誰だかわかったら王宮内にまたどんな噂が広まるか。


「食材が運ばれてきたら鍵をかけていいんだったな」

「ああ。今日は粉物や根菜なんかが中心で、腐りやすいもんは明日だけどな。先に王宮内に荷を届けてからってことだが――時間的にそろそろ来るんじゃないか」

彼らの話を聞いた小鞠は王族塔に食材を運び込んでいたのを思い出した。

食材の運び入れがあるという予想は当たっていたが鍵はきっちりかけているようだ。

ここの扉が開いていたのは運が良かっただけらしい。

「そういや明日の舞踏会で惚れ薬が配られるんだろ?」

「貴族も俺たちと一緒で恋に出会いたいのさ」

ははは、と軽口が聞こえ足音が近づいてくるのがわかった。


(捲らないで、捲らないで、捲らないで)

心の中で祈り続けていると――。

「お、これが明日配る惚れ薬だな。……へぇ、小瓶の蓋が花になってる。女が好きそうだ」

「やっぱ俺たち庶民と違って洒落たもんに入ってんな」

小鞠から足音が遠ざかった。

「綺麗だな。中身を使った後、誰か貴族様がくれないもんか」

「で、狙ってる彼女に贈るってか?自分で買え」

笑い声が響く中、息を殺して小鞠がひたすら身を縮めていると、「異常なし」と騎士団員たちが出て行く。

ホウっと息を吐いた彼女は、先ほどの騎士団員が遠ざかるまでここにいた方がいいかもと、筵にかけた手を止めた。

耳を澄まし扉の向こうの様子を必死に探る。


(静かになってるし、もう平気かな?)

そのときキィと扉の軋む音が聞こえた。

食材が届いたのか、それともさっきの騎士団員が戻ってきたのかもしれないと、小鞠は膝を抱えなおす。

一人のようだ。

その人物から何かを探す気配が伝わってきて彼女は眉を寄せた。

物音を立てないように足音を忍ばせているような歩き方だった。

今度はガラスが触れ合うような音が聞こえてくる。

音がするのはさっき騎士団員たちが惚れ薬を見ていた辺りからだと小鞠は気づいた。


(きれいな瓶みたいだし誰か取りに来たのかな)

盗人さんと遭遇?

ここは勇敢に声をあげて泥棒と叫ぶべき……いや、危険なことはしないでおこう。

それから少しあって盗人は出て行った。

一分近くおとなしくしてから小鞠はやっと立ち上がる。

頭や服についた藁をはたき、乏しい窓の明かりを頼りに貯蔵庫内を移動すれば、壁際にたくさんの木箱が積み上げられていた。


「これ全部惚れ薬?」

何箱あるんだと思いながら小鞠は手近な木箱の蓋を開けた。

「あ、可愛い」

割れないように大鋸屑を緩衝材にして、掌に納まるほどの小さな瓶がたくさん入っている。

隣の箱を開けても同じで、これならば一つや二つ瓶がなくなってもわからない気がした。

(きっと余分に用意してあるだろうし、どうせ余るんじゃないかな)

いやしかし盗みは良くない。

でも舞踏会でお楽しみとして配るものだったのだから別に……。


悩んだ結果、シモンにだけ話して後は任せようと結論が出た。

それよりまた誰が来るかわからないしここに長居は無用だ。

扉を開けた小鞠は顔を覗かせ、人がいないのを確認して廊下に出ると、勘を頼りに適当に進んでいく。

いっそ窓を開け放って外へ出てやろうか、という気持ちになった頃、やっと迎賓塔の正面口を見つけた。

塔の顔ともいえる正面口から荷物を運び入れるわけもなく、幸いなことに花瓶に生けた花の手入れをしている人しかいない。

平静を装いながら外へ出た小鞠は足早に迎賓塔を去り、充分に離れたところで振り返った。


誰も追ってきてはいないようだ。

(ちょっとスリリングだったなぁ~)

先ほどと同じように緑や花を楽しみながら暢気に歩いていると、ブーンと空へ飛んでいくてんとう虫があった。

目で追って宙を見上げた小鞠は、ふと小さな馬の姿をした妖精たちを思い出す。

王宮内を左回りに回っているということだが今はどのあたりだろう。

「元気かなぁ」

空を見上げて呟いた小鞠は名前を呼ばれた気がして辺りを窺った。

気のせい?


「コマリっ!!」

もう一度、今度ははっきりと呼ばれて声のほうを見れば、愛魂を手にしたシモンが血相を変えて走ってきていた。

エーヴァたちにいなくなったことを聞いたのだろう。

なんにしても自由時間はここで終わりのようだ。

勢いよく走りこんできた彼に小鞠は強く抱きしめられた。


「無事か?よかった!」

「散歩ってメモを残していたでしょう?」

「脅されて書いたかもしれないだろう」

「なぁに?それってわたしが誰かに攫われるの?想像力豊かだなぁ」

くす、と笑いながらこう言うと肩を引き起こされた。

「笑い事ではないっ!」

初めて聞く大きな声にびくと身を震わせる。


シモンの指が肩に食い込んだ。

「せめてオロフは護衛にと言っただろう!?どうして守らないっ」

「し、仕事で忙しそうだったし」

「では誰か他の者を共につけてくれ。一人はダメだ!」

シモンの顔は怖いくらい真剣だった。

王族は一人で行動することは許されないのだろうか。


「ごめんなさい。わたし、まだカッレラのことわかってなかくて。シモンの隣でどうあるべきかとかも全然だし……っ――」

話すうちなぜか目頭が熱くなった。

どうして涙が出てくるんだろう。

これじゃあ傍から見ればシモンが悪いみたいじゃないか。

ああでも止まらない。

「……まだ、日本にいた頃の感覚が抜けてないね。皆わたしのためによくしてくれてるのに、ちょっと窮屈だなぁって……そんなこと思ってた」

瞳に浮かぶ涙に気づいたらしいシモンの手から力が抜けた。


「コマリ……」

「ごめん、ちょっとだけ言ってもいい?いつも側に誰かがいるから正直落ち着けないの。部屋に一人でも廊下にオロフがいたりするし、なんだか見張られてるみた――っぁ……」

見張られている、とは言いすぎだと気づいて小鞠は唇を押さえた。

だが同時に自分でも知らないうちに鬱憤が溜まっていたとも気づいてしまった。

隠さずに気持ちを話してほしいとシモンに言われたことを思い出して、少し迷ったが再び口を開いた。


「あのね?夜シモンといても部屋の外に誰かいるのかなって。話を聞かれてるわけじゃないだろうけど、聞こえたりしないかなとか……あの、最近シモンとは以前より、んと、い、いちゃいちゃしてたりするからね?そういうのがばれると恥ずかしいし。~~~だからっ、何が言いたいかって言うと――もう少し自由がほしい、です」

シモンを見上げると睫を濡らした涙を拭われた。

「それで逃げたのか?」

問われてこくんと頷く。


「窮屈、であったろうな。コマリを一人にしないよう、わたしが皆に命じてあったのだ」

「え?」

シモンが苦く笑んだ。

「日本とは勝手の違うカッレラでは慣れぬことばかりで不安ではないかと。だがコマリのことが心配だったとはいえ過保護であったな。――それからわたしたちの部屋には色いろと魔法がかけてあるから、扉や窓を開け放っていないかぎり、外に声が漏れることはない」


「そうなの?」

「ああ。だから安心して声を出してくれていいぞ?」

「それってどういう意味?」

「そろそろわたしがつけた印は消えるのではないか?」

「まままだ平気だもんっ」

「その様子ではもう消えているか、ほとんど消えかけているといったところだな。明日は舞踏会だから今日は何もしない――印は明日の夜、確認させてくれ」

うぬぬとシモンを見上げていると頭を撫でられた。


「いくら心配が過ぎたとはいえ先ほどは怒鳴って悪かった。泣かせるつもりはなかったのだ。すまなかった」

「わたしこそ心配させてごめんなさい」

仲直りのように抱き合って微笑みあう。

「王族塔へ戻ろう。皆も心配している」

シモンと一緒に王族塔へ戻るとエーヴァたちだけでなく、ジゼルや魔法の特訓を終えた澄人とゲイリーまでも集まっていた。

皆で探してくれていたようだ。

「馬鹿コマリっ!すごく心配したのよっ」

飛びついてくるジゼルに怒られて「ごめんなさい」と素直に謝罪したが、コマリ自身こんなに大事になっているとは思っていなかったのだ。


その後、レディ教育の課題を放ったらかしていたせいでたっぷりテディに絞られた。

食事時間を削ってまでも課題を終えさせた彼はやはり鬼だろう。

それから社交ダンスの最終練習も終えて、ゆったりバスタイムでリフレッシュした小鞠は、ベッドにもぐりこんだとたん眠気に襲われた。

シモンが風呂から出てくるまで起きていなければ、と頑張ったが瞼が落ちてくる。


明日が舞踏会本番で緊張して眠れないかと思っていたが自分は案外図太い。

そんなことを思う彼女の顔に笑みが浮かんだ。

そういえばなにかシモンに伝えなければいけないことがあった気がする。

しかしウトウトとする頭では思い出せず、簡単に諦めた彼女はすぐに健やかな寝息をたて始めた。




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