表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
70/161

味方を増やそう

「シモン様が異世界からお戻りにならないのは、お后様が異世界でやり残したことがありそれに付き合っていらっしゃるのだと、このような作り話で周りを納得させましたところ、いつの間にやら話が一人歩きして、お后様は我儘であるとかシモン様を誑かす悪女であるとか、王宮中にコマリ様の悪評が広がってしまいまして――」

「なっ……」

絶句して思わずシモンは立ち止まる。


「いかような処罰も覚悟しております。本当に浅はかなことをいたしました」

「シモン様、リクハルドはシモン様の名誉を守ろうとしてそのような作り話をしたのです。けして悪気があったわけではありませんっ」

「まさかコマリ様を口説――いえ……本当のことを言えるはずもないとわかってください」

リクハルドを擁護するグンネルとトーケルを手で制し、シモンはリクハルドを見つめた。


「これからコマリはその悪評を覆すために、この国でどれほど努力して皆の信頼を得ねばならないのか。その長き道のりがわかるか?」

「はい」

「本当か?」

重ねて問うその静かな声音が、あからさまな怒りを見せられることよりも恐ろしいのか、リクハルドは震え始めている。

「そ、想像することしかできませんが、お心を痛められ悲しまれることと思います」

シモンが赤毛の魔法使いを黙して見つめる側で、他の四人の臣が固唾を呑んで成り行きを見守っている。


(わたしを思っての作り話か)

だがそのせいでコマリが誤解されるのならば自分の評判が地に落ちる方がマシだ。

ぐ、と手を拳に握りシモンは瞼を閉じた。

思い浮かべるコマリの面影にさざめく心が凪いでいく。

(コマリはわたしが何をしても最後は必ず許してくれていた)

慣れない異世界の生活で迷惑をかけても、困らせても、怒らせても――。

(なによりこの事態を招いたのはリクハルドのせいだけではないな)

一目でコマリを自分の虜とできていたら、こんな作り話で帰らぬ理由を誤魔化す必要はなかった。


シモンは冷静になった頭で、リクハルドだけを責められないと自身に言い聞かせる。

軽く息を吐いて青い目を開いたシモンは、微動だにしていないリクハルドの頭を軽く平手ではたいた。

「わたしが余計なことを言いかけたとき、コマリにこうやって頭を叩かれたことがある」

「え?はい……あの?……シモン様?」

「一度言ってしまったことはもうどうしようもできない。そうわかってはいてもやはりコマリのことを思うと簡単にはすませられない」

「はい」

「この失態は己の口からコマリに話すのだ。おそらく隠し立てしても碌なことにならないだろう。コマリの判断におまえは従うように。逆らうことは許さん」

厳しい口調にリクハルドは「はい」と背筋を伸ばした。


「よし、では話を戻すが――テディ、グンネル推挙のエーヴァをコマリの侍女とするよう総侍女長へ伝えよ。あと数名侍女が必要だが選出は彼女に任せれば良いだろう。コマリが狙われていることはそのエーヴァだけに話すにとどめるように。グンネル、テディと共に行き、魔法で話が洩れぬようにしてくれ」

「「かしこまりました」」

「あの、すみません……シモン様」

リクハルドが控えめに声をかけてきたため、シモンはなんだと再び彼へ眼差しを戻した。


「そ、それでわたしへの処罰はどのような?」

覚悟の表情でこう訊ねてきたためシモンはあっさりと答える。

「だから頭を叩いただろう」

「え!?まさかあれだけですか?」

「コマリの判断に従えとも言ったぞ」

「あ、ではコマリ様が……わかりました。今はおやすみとのことですので明日の朝一番にコマリ様の元へ参ります」

神妙な顔つきのリクハルドは本当に心から反省しているようだ。


(コマリが誰かに罰を与えようはずもない)

だから実質、頭部に張り手がリクハルドへの罰だが、今晩一晩はコマリより処罰があると思わせておこう。

(それよりも、悪評のせいで周りから色眼鏡で見られると知ればコマリは傷つくであろうな)

胸中に浮かぶ思いにわずかにシモンの表情が曇る。

この世界にきたばかりの彼女が頼れる人物は少ない。

(わたしと、……テディとオロフにも随分と気を許しているな)

あとはここにいる魔法使い三人のことも信用できると伝えれば、少しは心強いだろうか?


だがこの五人は臣として優秀で、そのために仕える相手とは一線を画すため、彼女も本音を見せられないかもしれない。

(味方であると言ってくれたキクオとカンナは遠く離れすぎている)

そこではっとシモンは顔をあげ大股で歩き出した。

すぐに背後に五人が追いついてくるのを感じて、彼はたったいま思いついたことを口にした。

「コマリが孤独を感じぬように異世界より招いた三人に協力を願おう」

「スミトとジゼルだけでなくゲイリーもですか?」

テディが訊ねてくるのに迷いなく頷く。


「奴がわたしたちのことを魔法協会に報告していなかったのは、コマリのためではないかと思う。最初、コマリはカッレラに来ないつもりであったし、おそらくそれを奴もわかっていたのだろう。そんなコマリが、スミトだけでなく異世界人となるわたしたちとも関わっていたとなれば、魔法に貪欲という協会はこちらの世界の魔法を得ようとコマリに目をつける。非人道的なことも平気で行う組織であれば、どうにか異世界と接触しようとコマリになにをするかわかったものではない。――それを避けるために黙っていたのだろう」


「確かにスミトもゲイリーがコマリ様を人として好いていると言っていましたが……。あの問題児がそこまで誰かを思いやることができるのでしょうか?」

「問題児?なのか、ゲイリーは」

「スミトやジゼルと同室にしていたところ、ジゼルをも巻き込んでスミトとこれまで以上に険悪な雰囲気になりました。本日はとうとうグンネルとも衝突を――」

「あっ……れは、スミトと仲直りすればどうかと言ったのに、聞き入れる耳を持っていないから後悔するぞと思って、ついいつもの調子で」

ごにょごにょとテディへ言い訳するグンネルの言葉にシモンはなるほどと納得した。


「奴は警戒心が強く穿ったものの見方をする。そう簡単に懐へ他人を入れたりしないだろう。やり方を間違えたな、グンネル」

「コマリ様のことはお気に入りと聞いて、全く人と相容れないわけではないと思ったのですが、かなり扱いにくい男でした。コマリ様はどのようにしてゲイリーの心をほぐしたのでしょうか?」

「さぁ、そこはわたしにもわからないのだ。コマリも奴のことは人として好いているようだし、わたし個人としてはあまり面白くないところだが、今は少しでもコマリの味方は多いほうがいい。そういえばゲイリーは異世界に戻りたいと言っているか?」

シモンの問いかけにテディが素早く返答する。


「いえ、一言も申しておりません」

「そうか。では何とかこちらに引き止めることとしよう」








来賓者用の食堂へたどり着き、扉を開けて中に入るとすぐにテーブルから「あ!」と声が聞こえた。

異世界の服を着たシモンを見て、一瞬誰だか戸惑ったような給仕たちが、控えるように食堂を出て行く。

すかさず魔法使いたちは外へ話が洩れないように食堂全体に魔法をかけ始めた。


「手違いで軟禁などされてさぞ不快な思いをしたことだろう。本当にすまなかった」

ガタと椅子から立ち上がって、何度か転びそうになりながらこちらに駆けてきたのはジゼルだった。

「そんなことよりシモンっ!やっとコマリとうまくいったのね!!おめでとう」

そう言って強く抱きしめられたが、すぐに彼女は身を離し不思議そうな顔をした。

「シャツの肩が濡れているけれどどうしたの?それにコマリは?」

言葉はわかっていないのだろうが、ジゼルのこの態度に魔法使いたちが瞠目していた。

テディとオロフは、シモンが彼女を友と思っているのをわかっているためか驚くことはない。

「コマリはあちらの世界の大事な人との別れもあり少し疲れたのだろう。今は眠っている」

シモンのフランネルシャツを見つめたジゼルが「そう」と察したように頷いた。


「ところでジゼル、見違えたな」

話題を変えたシモンがジゼルへこう言うと、彼女は自身を見下ろして首を振った。

「シモンが戻ったとたんVIP待遇に変わったの。いきなりドレスを着せられて髪までセットされたけど、動きにくいったらないわ。豪華な装飾品も失くしたらって思うと怖いし、わたしが元々着てた服を返してって言うのは無理でも、せめて最初にもらったワンピースの方がまだまし。こんなんじゃ部屋でストレッチもできやしない」

「あちらの世界の服を取り上げられたのか?」

「ていうか預かるって」


「すぐに返すのだ、テディ」

「洗濯をしましたので乾き次第お返しいたします」

「あら、シモンの言葉なら一発なのね。さすが王子様。うーん……でもあの服、この世界じゃたぶん着れないわよね。合成繊維なんてないでしょうし」

瞳の色に合わせた菫色のドレスの裾を彼女が膝の上まで持ち上げたとたん、むき出しの生足に側にいた魔法使い三人がぎょっとしたような顔になった。

異世界の女性の服装を見ているシモンや、テディとオロフは苦笑だけでそこまで驚くことはない。


「短いスカートか女の子用のズボンってカッレラにはないの?こんな裾の長いドレス。シモンに近づくだけで何度も踏みつけちゃったわ」

「いやー、ボクもこんな貴族服勘弁なんやけど。こっちの一般人男性が着るような服でええし。やのにテディ君はさっさと着替え言うて怖い顔になるねんもん」

遅れて近づいたスミトが周りにいる男たちの服を指し、シモンと目が合うといつものような気の抜けた笑顔を見せた。

テディはしれっとした顔をしてスミトを脅したことに触れない気らしい。

話が気になるのかグンネルがオロフをつついて説明を求め、彼は小声で魔法使いたちに通訳を始めた。


「さっぱりして随分と男前があがったな、スミト。若々しくなった」

「あはは~、シモン君もこっちがええんかいな。一応ありがとう言うとくわ。髭はまぁしゃーないとしてもこの服は勘弁してや。なんや恥ずかしいわ」

「どうやらこちらの貴族に人気の服は二人には不評のようだ。ゲイリーはどうだ?」

一人テーブルにつくゲイリーを見れば「ごめんこうむる」と嫌そうな声があがった。

「あちらではおまえはいつもスーツというものを着ていただろう。似たようなものだと思うが」

「あれはいわば制服のようなものだ。四六時中着ていたくはない。わたしも普通の服でいい」


「男性の服ならばあちらの世界とそこまで大きく変わらないか」

ふむ、とシモンがテディへ目を向けると彼は心得ましたとばかりに頷いた。

「ただな、ジゼル。生憎と女性の服はあちらの世界のような丈の短い物はないのだ」

「ああ、やっぱりないの?だったら昼間着ていたワンピースで――」

「だから欲しい服があれば新しく作ればよいだろう」

「え?」

「ただしあちらの世界では当たり前にあった、過度な露出の服はこちらでは控えてもらいたい。魔法使いたちからの反応でわかるように見慣れていないのだ。意匠は仕立て屋と相談をして決めてくれればいい。テディ、明日にでも手配を」

「かしこまりました」


「ちょ、ちょっと服がないなら作ればいいって――本気?」

「パンがなければお菓子をっちゅうどこぞのお姫さんみたいなこと言うなぁ。シモン君てこういうとこ王子様やってんわ」

驚くジゼルの横でスミトも困ったように笑う。

シモンとて普段から贅の限りを尽くした生活を送っているわけではない。

ただ思ったのだ。

「ジゼルがドレスを動きにくいと感じるのであればきっとコマリもそうだろう?」

と。

「だからジゼルにはコマリが着やすいドレスも考えてもらいたい。頼めないだろうか?」

「えぇ!?そんな……」


さすがに仕立て屋を仕事にしていたわけではないし無理か、とシモンが思ったところで、いきなりジゼルが拳を握って吼えた。

「服のことなら任せてシモンっ!伊達にモデルをやってないのよ、わたし!!元々はフランスでアニメのコスプレしてて服に興味を持ったんだけど、日本でモデルの仕事をしていろんな服を着るうち、洋服に関わる仕事ができればって思っていたの。アニメ好きが高じて絵もうまくなったし――わたしデザインの服を作れるなんて夢見たい。やるわ!っていうかやらせてシモン。絶対、コマリに似合うドレスを考えるから」

「ああ、頼む」

彼女のあまりの興奮した様子に、シモンは以前から気になっていた「モデル」や「コスプレ」という言葉の意味を、また聞きそびれてしまった。


ともかくジゼルは服に興味があるようだし、コマリに似合うドレスというのも楽しみだ。

「服に興味を持った理由がコスプレかいな……」と呟いているスミトと、テーブルにて我関せずとワインを飲んでいるゲイリー、そして未だテンションの高いジゼルの名をシモンは呼ぶ。

「なんや?シモン君」

「なぁに?」

返事をしてくるスミトとジゼル、そしてチラと視線を向けたゲイリーを順に見て、シモンは口を開いた。

「コマリの力になってくれないだろうか?」

真剣なシモンの様子に三人も何かを感じたらしく顔つきを変える。


「コマリに何かあったの?」

「っていうより何かあるんと違うか?」

「スミト、英語で話をしろ。――ともかく詳しく話を聞かせてもらおう、シモン」

そうだな、とシモンがテーブルにつくと、それに倣ったスミトの隣にジゼルも腰を降ろした。

最後に五人の臣たちが席に着くのを待って、彼は向かいに座る異世界の三人へ言った。

「コマリの命を狙う者がいる」

それぞれが一様に息を飲むのがわかった。

「シモン様」

とめるようなテディの声にそちらを向けば、他の臣も彼と同じような顔をしている。


「コマリ様がお寂しくないように、彼らにはコマリ様のお側にいてもらいたいと頼むだけではないのですか?なぜ巻き込むようなことを――」

「ではコマリの側にいれば危険が及ぶかもしれないことをどう説明する?」

「危険」と言ったシモンの台詞に動揺したらしいジゼルの手が食器にあたりカツと音を立てた。

(ジゼルにまで話したのはまずかったか)

彼女は普通の女性だ。

一瞬、しくじったという思いが浮かんだがすぐに「いいや」と思い直す。

この先コマリが狙われていることを、コマリ本人に隠し続けるのが無理な状況になるかもしれない。

そのときジゼルにはコマリの心の支えとなってほしい。


スミトが気遣うようにジゼルの手を握ると、彼女は「大丈夫」と答えシモンへ言った。

「コマリの力になってって言ったけど、あの子、自分が狙われていると知っているの?」

「コマリは何も知らない――今から順を追って話そう」

気丈な彼女に感謝しながらシモンはこれまで起こったことを、目の前の三人に話し始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ