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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
62/161

通じた気持ち

異世界から戻ったばかりの彼らがなにやらもめている、とは、へたりこむ魔法使いたちと神官たちのなかで、比較的元気なトーケルに言われて気づいたことだ。

リクハルド自身も疲れてはいたがトーケルと同じで動けないほどではない。


(思ったほどの消耗がないのはどういうことだ?)

あちらの世界の月の力が予想以上に強かったということだろうか。

そう結論付けてリクハルドは神祀殿中央に目を向ける。

昼は太陽から、夜は月から光を集めて照らされるそこは神聖域とされ、神官が祈る場所であり、魔法使いが大気に満ちる魔力を一番に感じる場所でもあった。


奇妙な服装をした者が五人、月影を紡いだ青白い光の中にいる。

あれが異世界の服かと思いつつリクハルドは各人を確認して顔色を変えた。

テディから、帰還者は彼を除けば、シモン様とオロフ、そして異世界の魔法使いとその恋人と聞いていた。


(なのにどうしてシモン様がいらっしゃらない!?)


リクハルドはテディとオロフの元へ大股で歩み寄った。

気配に気づいたらしい彼らが、巻き毛の男の前で膝をついたままこちらを見上げてくる。

「テディ、オロフ。シモン様はどちらに?」

リクハルドの硬い声が響き、神祀殿内に一瞬遅れてから動揺が広がった。

魔法使いや神官の視線が中央の五人に集まりだす。

「本当だ、シモン様がいらっしゃらない」

「ご帰還なさるのではなかったのか?」

ざわざわと声が聞こえたがリクハルドは二人から視線を外さず返答を待った。


「それがわたしたちにもはっきりとしたことは……」

「俺たちとともに魔法陣の中へ入ったはずなんだが――」

要領を得ない台詞に彼はスと目を細める。

シモン様付きの補佐官と王宮騎士団の若き実力者が付いていながらなんて様だ。

「話は別室で聞こう。異世界からきた三人も含めてだ。……この失態、事によってはおまえたちの首だけじゃすまないだろう」

テディとオロフが神妙な顔つきで頷くと立ち上がった。


リクハルドが父である魔法長官と隣に並ぶ神官長官へ、これでよいでしょうか、というように目を向けると二人は真っ青な顔で頷いた。

王子の帰還に王宮が沸く筈が、一転して行方不明という事実に頭を抱える羽目になろうとは。

カッレラ王国の長い歴史の中でも類を見ない由々しき事態に、長官二人が青くなるのも最もだった。

ともかくここにいる全員にこの件について一切の発言を禁じ、またシモン様のご無事を確認せねばなるまい。


リクハルドはトーケルを振り返って、いつの間にか彼の側にグンネルが立っていることに気づく。

自分の言いたいことは心得ているとばかりに頷くのが頼もしい。

なんて頼りになる連中だ。

そう思いながらリクハルドは二人を呼んだ。


 




* * *






建設現場内を照らす淡い月の光が二人のシルエットを地に描く。

はぁ、と小鞠から溜め息のような吐息が洩れ、すぐに両手を突っ張った。

「もう駄目、いい加減離してシモン」

「コマリが泣きやむまでこうしている」

「もう泣いてない。だから――っ」

続く言葉はシモンの唇のせいで消えた。

強く抱きしめられ、どんどん深くなるその行為に流されそうになる。

が、小鞠はギリギリのところで理性を保ち、力を込めてシモンを引き剥がした。


「駄目だってば!もぅ、シモン。ちゃんとわたしの話を聞いて」

残念そうな様子を見せる彼に言葉を続ける。

「魔法陣消えちゃったじゃない。どうするの!?カッレラに帰るんじゃなかったの?」

「わたしを呼ぶコマリの声が聞こえたあのとき、一瞬で何もかもが吹き飛んでしまった。気がつけばこうなっていたのだ」

ニコニコと笑っているシモンからは全く焦りも動揺も見えなくて、小鞠は頭を抱えたくなった。

こうなっていたのだ、じゃなぁあい!


「テディもオロフも帰っちゃったのよ?澄人さんやジゼルだってあっちに――それにシモン、ゲイリーさんを魔法陣に引き込んだでしょ!?」

「魔法陣に足を踏み入れたところでコマリの声が聞こえただろう?すぐに引き返そうとしたのだが、魔法陣に強い力で引き寄せられて、このままではカッレラに戻ってしまうと思ってな。ちょうどスミトを追いかけてきたゲイリーを引っ張る反動でこちらに抜け出たのだ。ゲイリーもスミトとは離れ難かったのだろうし丁度良かった。あちらに行けば魔法協会というしがらみは消えるから素直に話し合えるだろう」


良いことをしたとばかりに言ってますけど、いきなり異世界へ行くことになっちゃったゲイリーさんの意思は?

心構えは?

こっちの世界に大切な人がいたらどうするの!

「ゲイリーが戻りたいというのであればまたこちらの世界へ送り返せばいい。そのくらいの「あふたーけあ」はわたしもするつもりだ。ゲイリーをカッレラに送った責任はとろう」


バイト先で教えてもらったらしいこちらの言葉を、シモンが得意げに使ったのも、小鞠はかまっていられなかった。

「何言ってるの!?シモンはカッレラにいないでしょ?テディもいなくなったのにどうやってあっちと連絡をとるつもりなの?」

「?わたしが連絡をするだけだが?」

「……え……シモンが?連絡、できるの?」

「魔法石も壊れていないし問題ない」

「魔法石があれば誰でも連絡できたの?いつもテディに連絡を頼んでたから、てっきり彼しか無理なんだって思ってた」

「こういった雑事は補佐の仕事だからテディに任せていただけだ」


ああそうだ。

シモンは王子様だったのよね。

こまごまとした仕事は日常的にテディにやってもらっていたのだろう。

自分でできることは自分でするというのが板についている小鞠からすると、考えられないVIP的常識だ。


「あれか、秘書をもつ社長みたいな?」

「社長?」

「うん、別に……シモンは周りの人がお世話してくれてるような人なのに、うちじゃ家事を手伝わせちゃってたし、それにバイトまで……」 

「楽しかったぞ。わたしは人より恵まれているがその分制約も多い。こちらではなんでも自由にできるのが新鮮だったのだ。しかもその時間が増えたな」

「増えた、って違うでしょ?ホクホクした顔してるけど、いますぐあっちと連絡を取ってもう一度帰る手配をしなきゃ」

「立て続けには無理だ。しばらく時間をあけねば魔法使いも神官も過労で倒れ――」


そのとき近くで「うぅ」といううめき声が聞こえて二人はハッとそちらを向いた。

周りには意識を失った魔法協会の魔法使いたちが倒れている。

魔法陣の輝きが最高に達したあたりで、ゲイリー以外全員がばたばたと卒倒してしまったのだが、そのまますっかり忘れていた。


シモンは地面にある小鞠の鏡を拾うと彼女の手を引いて歩き出した。

「彼らに見られる前にここを離れよう」

「え?でも救急車とか呼んだほうが。確かさっきのシモンの話じゃ魔力を奪われるって言ってなかった?」

「意識が戻りそうな者がいたから仲間はその者が救うだろう。わたしたちはスミトのはったり通り、魔法陣に消えたと思わせておくほうがいい」


シモンに引っ張られるようにして小鞠はポツポツと街灯が灯る町を歩く。

「待ってシモン。どこへ行くつもり?」

「一度小鞠の部屋に戻って荷物をまとめ、念のためしばらくどこかに身を隠した方が良いだろう。あそこは既に魔法協会の者たちに見張られているかもしれない。キクオたちの元へ――」


「ダメ!マスターたちに迷惑かけたくない。それよりいますぐカッレラと連絡を取って。魔法使いさんたちに無理してもらってシモンが国に帰れば、わたしだけならきっとなんとかなると思うの。シモンと魔法石がなければ、残ったわたしはただの人なんだし、魔法協会だってどうしようもないでしょう?」


「それこそできない相談だ。わたしはコマリをこちらの世界に残してゆく気は、もはや微塵もない」

繋いだ手に力をこめられ小鞠は呆然とした。

「なにそれ、どゆ……こと?」

「カッレラに連れ帰りわたしの后とする」

「はっ?なんでそうなるの!?」

「コマリはわたしを愛しているだろう?」

「あ、愛?……愛って、愛って……」


呟くと同時に急激に頬が熱くなってくる。

現代日本じゃ「愛」なんて言葉はそうそう使いませんっ!

(シモンのことは好きだけど、あ、ああ愛……?――っだめ、なんかこっ恥ずかしいっ)

小鞠とは裏腹に、シモンは彼女の様子を見て笑顔になると言葉を続けた。


「わたしには次期国王としての立場や責務がある。そしてなによりコマリの気持ちを優先しようと思い、一度はコマリを置いてカッレラに帰ることを受け入れた。だがコマリに名を呼ばれた瞬間、それらすべてが頭から消えたのだ。ただコマリを欲して体が動いていた。そういうことなのだ」


「そういうこと?」


「わたしはコマリがいなくては生きていけないと思い知ったということだ。両想いであるのなら今度こそコマリを国へ連れてゆく。そのせいで泣かれても恨まれても怒られても憎まれても、そのときは再びコマリがわたしを愛してくれるようになるまでカッレラで口説き倒す。コマリと永遠に別れねばならないと思ったあの胸の痛みより、嫌われても側にいられる方がきっとまだ耐えられるだろうから」


「無理やりわたしをカッレラに連れて行くつもり?拉致らないって言ったくせに」

出会った当初のシモンの約束を口にすると、彼は申し訳なさそうな顔になった。


「撤回する。わたしがこちらの世界に残れたならよいのだが……すまない、一瞬すべてが頭から吹き飛んだとはいえ、やはりわたしは次期国王であることを捨てられないのだ。ただわたしも、コマリを悲しませることは少しでも減らしたいと思う。できれば親しい者たちへの別れを早急にすませてもらえないだろうか?」


「そんないきなり……」

シモンの申し出に小鞠の頭の中にはいろんなことが一気に浮んできた。


(異世界に行く?それって世間的には行方不明者になるってこと?)

菊雄と冠奈にはなんと説明をしたらいいのか。

何も言わないでいなくなるなんて、心配させるとわかっているのにできるわけがない。


(シモンとともに北欧の遠い国に行くことにしたとか?けど手紙のやりとりも電話もできないことをどう伝えればいいの?)

シモンの台詞からすると、異なる世界を繋ぐのはカッレラの魔法使いや神官の負担が大きしいようだから、おそらくはもう二度と二人には会えなくなると思ったほうがいいだろう。

いや二人のことだけじゃない。

大学は、卒業は、就職先は、住んでいるマンションは……。


「おそらくわたしがカッレラへ戻らなかったことで、今頃あちらでは騒ぎになっているだろう。魔法使いと神官の回復を待ってわたしはカッレラに戻らねばならなくなる。数日か一週間か……そのくらいしか猶予はないはずだ」

「そんなに短いの?」

「自分勝手なことを言っているのは承知している。コマリにどれほどたくさんのものを捨てさせてしまうのかも」

「すまない」ともう一度謝ってくるシモンは、繋いだ手を引き寄せ小鞠の手の甲にキスをする。

「だがわたしはこの手をもう二度と離したくはないのだ」


う、と小鞠は言葉に詰まっていた。

シモンってばこういうこと嫌味なくさらっとできちゃう人だったんだ。

王子様だもんなぁ……うう、シモンが王子様って最強かもしれない。

赤い顔で彼女が胸にあるシモンのカバンを強く抱きしめると、気づいたらしいシモンがそれを優しく取り上げた。


「ずっと預けたままだったな。コマリの荷物も持とう」

「ううん、このくらい自分で持てるか……ら――?」

突然、頭の中に小さなベルを鳴らしたかのような澄んだ音が響いて小鞠は驚いた。

手で側頭部を押さえる。

「どうした?」

「頭の中でベルが鳴ってる」

とたんにシモンが溜め息を吐いた。


「ああ……わたしが返事をしないため今度はコマリに――心配することはない。それはカッレラから連絡が入っていることを知らせている。最初、魔法石を渡したときに呪文を教えただろう?おまじないだと言ったが、実はあれでコマリを魔法石の持ち主と定めてたのだ。それにより守護魔法がコマリに働いたり、こんなふうにカッレラからの連絡も個別に受けられるようになる。連絡の取り方は魔法石を両手ででも、片手ででも握って念じればいい。――が、いましばらくは無視しておこう」


「ええ?シモンのこと心配してるからわたしにまでこうして連絡をしてきてるんでしょ?魔法石返して!すぐにあっちと連絡してシモンが無事だって言わなきゃ」

「一日ぐらいコマリと水入らずで過ごしたい」

しゅんとしたシモンに小鞠は垂れた耳と尻尾を見た。


(まずい、ワンコシモンが見える……ああぁぁぁ、これには逆らえないのに~)

彼女は激しく葛藤したあげく、くぅ、と拳を握って結局は折れた。

「い、一日だけだからね」

「ああ、コマリ!わたしの頼みをきいてくれるとはなんと心優しい」

感激したシモンに抱きつかれそうになった小鞠は、

「待て!」

と、思わず命じていた。


(あ、ついワンコを躾けるみたいなことしちゃった)

沈黙していたシモンが次いで、ぷ、と楽しそうに笑う。

「はい、コマリ」

「そこで素直になられると……ごめん、ワンコみたいに扱って」

「では「ワン」と言ったほうが良かったか」

「もぅやめてよ」

つい彼女も吹き出し、二人で笑い合った。


(なんだろう、心が軽い)


シモンを見つめた小鞠は、穏やかな笑みを滲ませる青い眼差しに、ああ、と理解した。

シモンに気持ちが通じたからだ。

気持ちを隠さなくていいからだ。

こんなにも自分はシモンが好きになっていた。

そう気づいた彼女もまたシモンに笑顔を返した。

それは小鞠がしばらくぶりに見せる明るい微笑みだった。








小鞠がシモンと共にマンションに戻る頃には、何度か頭に響いたベル音もしなくなった。

結局、シモンが言ったように魔法協会を用心すべきとの結論から、二人分の荷物を纏めて家を空ける準備を整える。

身を隠す先はホテルにしようと話し合い、そのための手持ちが心もとない小鞠は、澄人に財布ごともらった分も有難く使わせてもらうことにした。


「澄人さん、早速お世話になります」

カバンから出した澄人の財布を拝んだ彼女は、中身の確認をした瞬間ボトリと財布を落とした。

「コマリ?落としたぞ?」

怪訝な顔をしつつ財布を拾うシモンへあうあうと動揺したように言う。

「た、たたたた束がっ」

「束?」

「お札の束が入ってるのっ!なんで!?澄人さんって貧乏じゃなかったの!?」


「そのはずだ。以前大学祭でおでんを奢ってほしいと言っていたしな。ああ、もしかすると機械箱から持ってきたのではないか?金を預けておけておいて、好きなときに持ってこれるとコマリも言っていただろう?」

「ATMのこと言ってる?だって澄人さん、魔法協会から逃げてたのに預金なんか下ろしたら一発で足がついちゃう……ていうか、外国で暮らしてたのになんで日本円をこんなに持ってるのかって――」

小鞠の話がシモンには理解できないようだ。

困ったように首を傾げているのを見て彼女は首を振った。


「えっと、うん、しばらくはお金に困らないってことで喜んでおけばいいよね」

本当は喜ぶよりびびっちゃうレベルだけど。

そんなことを内心突っ込んで小鞠は澄人の財布を用心深くカバンに仕舞う。

「そうだコマリ、これを返しておく」

シモンが思い出したように魔法石を返してくれた。


それを携帯に取り付けたところでバイブにしていた携帯が震え、名前を確認した小鞠は側にいるシモンにも画面を見せた。

「建設現場で気づいたんだけどね。こんなふうに日野君たちからずっと電話がかかってきてて――」

「ヒノ君?」

「えーっと、日野裕太君、水瀬雅紀君、柏木拓斗君」

大学の同級生の名前を挙げるとシモンはやっと納得したらしく、ブーブーとバイブ音が鳴っている携帯の小さな画面を見つめた。


「ユウタからか」

「魔法石を外してたときに鳴ったのは水瀬君だった。そのとき着信履歴を見たら柏木君からも……ていうか三人から何回も着信があったし、これってきっと……」

「わたしの書いた手紙を読んだのだろうな」

「出たほうがいいのかな……あ、切れちゃった」

どうするの?とばかりにシモンを見た小鞠だったが。


「決めたぞコマリ。しばらくはユウタたちに世話になろう」

考える素振りを見せていた彼がそう言ったため目が点になってしまった。

「はい?」

「宿屋だと宿代がかかる。スーパーで買い物をするとき、コマリはいつもわたしに倹約するよう言っているではないか」

それは毎回毎回シモンが子どものように目を輝かせて、目に付く食材やらお菓子やらを片っ端からカゴに入れようとするからでしょうが。


「でも魔法協会がわたしたちに何か仕掛けてきたら迷惑をかけちゃうし」


「いや、魔法協会が探しているのはわたしたちではなく本来スミトなのだ。スミトがここにいたという事実から、コマリの交友関係は調べるかもしれないが、事細かにまで調べることはないだろう。魔法協会がコマリの世話になっているキクオたちのことは知っていたとしても、ユウタたちのことまでは把握していないのじゃないか?魔法協会がスミトの言った別の国へ行くという言葉を信じようと信じまいと、日本にいないと判断したならこの国を去る。おそらくはそう長く身を隠す必要もないだろうし、宿屋を調べられて見つかる危険もなくなる。彼らの部屋は隠れるにはもってこいの場所だと思う」


まぁ確かに日野君たちとは普通に友達って程度ですよ。

(ていうかお母さんが男と出てったぐらいから、仲の良かった子ともなんとなく疎遠になっちゃったし)

それを後悔しているつもりはなかったが、シモンが現れてから以降、いろんな人と出会い親しくなって、毎日が楽しかったのも嘘じゃない。


小鞠がそんなことを思ったところで再び携帯が鳴った。

「今度は水瀬君だ」

「わたしが出よう――話をするにはこのボタンを押すのだったな?」

小鞠から携帯を受け取ったシモンに頷くと、彼は躊躇うことなく通話ボタンを押した。

『あっ!こらてめェ佐原っ!!やっと携帯に出やがったな。シモンが国に帰るってどういうことだっ!?あいつ、んなこと一言も――』

雅紀の怒鳴り声がマンションの室内に響く。


「シモン、携帯は耳に当てないと」

「あ、そうだったな――マサキか?わたしだが話を聞いてもらえるか?……マサキ?いや、誰だと怒鳴らないでくれ。だからわたしだ。……シモンだと言っている。マサキ?――は?」 

何か様子がおかしいと小鞠が思ったところでシモンが眉を寄せて彼女を見た。

「わたしの言葉が通じていないようだ。わたしはマサキの言っていることはわかるのだが――直接わたしの声が相手の耳に届かねば魔法の効力はないのかもしれないな。コマリ、代わりに出てくれ」


「え?」と小鞠は携帯電話を見つめた。

「なんか怒ってるっぽいけど」

「どうやらわたしがふざけて違う国の言葉を話していると思われたようだ。余計に怒らせてしまった。ともかくコマリが通訳をしてくれないだろうか」

ん、と携帯を差し出してますけど、そんな怒った相手からの電話に出ろと言うのですか。


仕方なく携帯を受け取った彼女が「もしもし」と恐々応答したとたん。

『佐原!?シモンはどうした!わけのわかんねぇ言葉しゃべりやがって。ざけんなあいつ、佐原、シモンをもっかい出せ!!』

うーわーすっごく怒ってる。

「つ、都合によりいまはわたしが代理で――」

『はぁ!?おっまえ、俺らの電話をいままでばっくれてたくせに。俺もユウもタクも何回電話したと思ってんだよ』

矛先が自分に向いたことで、あわわ、と小鞠は慌てて口を開いた。


「ごめんね。いままでバイトでさすがに仕事中は携帯に出られないから!えと、シモンの伝言言うからちょっと待って――」

小鞠が焦りつつシモンを見つめると彼はゆっくりと言葉を伝えてくる。

「マサキたちはどこにいるのだろうか?」

「ええと、水瀬君たちはいまどこに?」

『ユウんち。シモンからの別れの手紙があったって呼び出された』

ぶっきらぼうな返答をそのままシモンに伝えると、彼はまた言葉を発する。


「ユウタの家にいるのならば丁度いい。いまから小鞠と共にそちらに行くと伝えてくれるか?話はその時にと」

「えーと、いまからシモンと一緒に日野君ちに行っていい?そこで話をするから」

『……わかった。――ってか佐原、さっきから聞こえてるのってシモンの声だよな?なんでいきなり日本語話せなくなってんだよ』

「そ、それはっ、到着してからお話しますっ!じゃ、失礼します」

痛いところを突っ込まれて、てんぱった小鞠は慌てて電話を切っていた。


「あぁぁ、焦って変な言葉遣いになっちゃった。同級生にいきなり敬語って絶対変に思われてる~」

「コマリ、マサキはなんと?」

「わかったって。で、シモンがどうして日本語を話せなくなってるんだって言われた。どうしよう、後で理由を話すって言っちゃった。あ!いっそシモンが記憶喪失になって日本語を忘れちゃったとか……だったらいま、わたしと会話してたのが変だし、わたしがシモンの言葉をわかってるのもおかしいってことになっちゃう。じゃあ、国の決まりごとで母国語以外話しちゃいけない時間だったとか……ってそんな国聞いたことないし」

うーんと頭を抱え込みたくなる小鞠は、大きな手が頭部に触れたため顔をあげた。


「落ち着いてコマリ。三人にはわたしが話すから心配はいらない」

撫で撫でと頭を撫でるシモンに微笑まれ小鞠から肩の力が抜ける。

「なにかいい言い訳があるの?」

「そうだな」

はっきりとは言わない彼は自分のクーリエバッグと、二人の荷物が入った大きなカバンを持って小鞠に手を差し伸べる。


「では行こうか」

「うん」

頷いた彼女もカバンを持ってシモンの手を握った。

リビングを出るとき室内を一度振り返る。

空間の歪みや天井の光玉は消えていたが、宝石つきの家具や飾り棚、ベッドは残っていて部屋を埋めていた。

ゆっくり台所までを見渡してシモンを仰ぐと一緒に部屋を出る。



玄関の鍵を閉めた小鞠はもう振り返ることはしなかった。



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