↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
58/161

ありがとう

ゼミの終了後、シモンは廊下でマサキ、ユウタ、タクトを呼び止めた。

コマリは「外で待ってる」と先に階段へ向かってしまった。

テディもオロフも気を遣ってか、昨日から彼女と二人きりにしてくれるが、また異世界からなにか仕掛けてこないだろうか。

そんなことがチラリとシモンの頭に浮かぶが、コマリも魔法石を持っていると自身を納得させた。


「おー、どうしたシモン?佐原に聞かれちゃマズイ話か?」

マサキの言葉にタクトが廊下を歩いていくコマリを見やる。

「なんか今日の佐原、元気なくね?喧嘩か?」

「ミネ先輩との三角関係のもつれは、結局シモンの勝利で終わったもんだと、俺たち思ってたんだけどな~。何やって怒らせたんだよ」

ユウタが腕を組みつつ尋ねてくるのを、シモンは苦笑いで受け流した。


先週のゼミの後、ソウを呼び出したのをゼミの者は見ていた。

彼らも当然で、あのときの様子から誤解したらしい。

「わたしとコマリの関係は以前と変わらないままだが」

「はぁ!?マジで?」

「まだつきあってねーの?」

ユウタとタクトの声が同時にあがりマサキが溜め息を吐いた。

「のほほんシモンだとは思っていたけどここまでとは――」


3人は一様にやれやれとばかりに首を振る。

「あれだけ佐原に好きだ惚れただ言ってたくせに」

と、マサキが言えば。

「鈍い、鈍すぎる」

タクトが額を押さえる。

「今までのシモンの場合は相手から寄ってくるばっかだったから、こういう経験はないんじゃね?だからわかんねーんだよ、きっと」

「わからない?何のことだ、ユウタ」

彼らの言いたいことが理解できずユウタに問うと、彼は意味ありげに笑った。


「聞いて驚けシモン。佐原はな、おまえのことが好きだ」

一瞬思考回路が停止したシモンだったがすぐに目を瞬いて「は?」と尋ね返した。

「だから佐原はおまえのことが好きだっつってんの」

聞き間違いではないらしい。

ユウタだけではなくタクトもマサキもニヤニヤ笑いを浮かべていて、シモンは彼らが本気でこのようなことを言っていると感じた。


「どこをどのように誤解してそのようなことを思うのかわたしにはわからない」

「どこをどのように取り違えてそう思わないのか俺たちにはわからないぞ、シモン」

同じような言い回しでタクトが指先をシモンの鼻先へ向けた。

「目は口ほどに物を言う!だ。佐原のおまえを見る目が以前と明らかに違う。そのことに気づかないのか、愚か者めっ。おまえが激ニブじゃそりゃ佐原のテンションも下がるわ」

「おうよ、こんな感じの物言いたげな目をしてただろうが。あれはおまえの告白を待ってる目だぞ」

ユウタが両手を組んでしなを作り上目遣いでシモンを見上げる仕草をするのを、マサキが笑いながら押しのけた。

「これはやりすぎとしても、佐原の奴、随分おまえのこと気にしてるっぽかったぞ。サイン出てんのに気づいてやれよ。いま告ったらうまくいくんじゃん?」


3人の誤解した理由がやっとわかったシモンは、そういうことか、と内心呟いていた。

コマリが自分を気にしているのはそんな艶めいた話からではない。

(あれはマサキたちに手紙で別れを告げるだけで本当にいいのかと言いたいからだ)


昼休みにコマリと共にユウタの住む部屋へ出向いた。

郵便受けに手紙を入れた後、大学へ戻る道すがらコマリに今日のゼミの後、3人に別れを告げるだけでもしたらどうかと提案された。

嘘をつくことになるが「留学期間が終わる」と適当な別れの理由を告げればと。

だがそこで連絡先などを聞かれた場合、もう二度と会えない友にまた会えるかのような嘘を重ねるのがシモンは嫌なのだ。


「それはいいことを聞いた。さっそく後でコマリに愛を告げてみよう」

シモンは笑顔を浮かべ軽口のような返事をして、カバンから包みを取り出すと3人へ手渡す。

「昨日、日本の寺というものを見てきた。そこで買った「御守り」だ。災厄が降りかかってもこれが身代わりになってくれるそうだ。以前、わたしにこちらの性文化を教えてくれた礼をとずっと思っていたのだ。受け取ってくれ」

「や、あれは俺らが悪ノリしただけで……。えと、なんかサンキューな」 

「しっかし渋いとこついてきたな~。御守りなんて受験のとき以来だわ」

「外人ってこういう日本ぽいのが好きじゃん」

タクトの言葉に、あー、と2人が頷いたためシモンは首を傾げた。


「もしかして不要なものだったのか?」

「いんや。スピリチュアルを信じてるシモンらしくていいんじゃん?ありがたくもらっとく」

「俺も。ありがとうな」

「あんがと――っとヤベ、今日バイトあったんだっけ。ダチとシフト変更してたの忘れてた。悪ぃシモン、もう行かねーと」

腕時計を見たユウタが慌てた様子になったのをきっかけに、タクトとマサキもシモンに手をあげる。

「俺、ちょっと図書館。卒論用に早めに資料集めないと奪い合いになるって、マサキが言ってたから」

「って俺は教授に聞いただけだ。俺もこのあと彼女と会う約束してんだわ。てことでシモン、また来週な」


「そうか。引き止めてすまなかったな――マサキ、ユウタ、タクト、いろいろと世話になった。感謝する」

シモンがそう言ったとたん3人は顔を見合わせて、ぷ、と笑いあった。

「なんだよ、いきなり。気持ち悪ぃな~」

「つうかシモンっていつも堅苦しい言葉遣いするよな。誰に日本語教わったんだよ?」

「わたしの言葉遣いはそんなにおかしいか?」

「だって感謝する、だろ~?いつの時代の奴?ありがとうでいいじゃん。ってかあんまし面と向かって感謝の言葉って言わねーよな。なんか恥ずいし」

ユウタがそう言うとタクトがいやいやとこたえる。

「そこが真面目なシモンのいいところじゃんよ」


「まぁな。おかげで俺らもすっかりシモンに染まって御守りのお礼を言ったりしてるし」

そう言ったマサキはシモンに目を向け、ニヤリと口の端を持ち上げると言葉を続けた。

「最初はからかってやろうと思って近づいたのに、ほんとすっとぼけてて調子狂わされた」

「すっとぼけと言われても嬉しくはないが」

「いい奴だったってマサキは言いたいんだよ。こいつ照れ屋だしこういう言い方しかできねぇの」

ニシシとユウタが笑う。

「うるさい。ユウ、おまえバイトはどうした」

「あ、うっわマジやべぇ!俺、もう行くわ。じゃなー」


ユウタを見送るシモンが残る二人へ目を向けると。

「俺も待ち合わせギリ。タクト、途中まで一緒に行かね?東門で待ち合わせなんだよ」

「わぁった――シモンは佐原と帰んだよな?」

「ああ。急ぐのなら二人で先に行ってくれ」

「そ?じゃー、またな。タクト、走れ」

「俺、別に急いでねーのに?あーもう。シモン、悪いな」

二人が走り去るのをシモンは目に焼き付けるようにして見つめ、同じ道をゆっくりと歩き出す。


校舎を出ると既に彼らの姿はなくコマリが待っていた。

「お別れは言ったの?」

「昨日買った御守りを渡したら喜んでもらえたようだ」

「――そう」

一瞬、コマリの口が何か言うように動いた気がしたが、結局は短いいらえだけで正門へ向かう。

追いかけるようにシモンがコマリの隣に並んだとき、思いがけず指先が彼女の手に触れた。

その手はピクリと一瞬固まって、気づかないふりで自分から逃げたのがわかった。


昨日近づいたはずの距離はまた離れてしまった。





* * *




「今日までありがとう。シモンさんたちがいなくなると寂しくなるわ」

最後の仕事を終えたシモンたちに向かってカンナ寂しげに微笑んだ。

閉店した店内に、後はキクオとコマリもいて、いつもカウンターの中が定位置のキクオが3人の前に立つ。

「最初はどうなることかと思っていたが、この一ヶ月、楽しかった。元気でな」

オロフ、テディと順に握手を交わして、シモンの手を離す間際、

「時間切れか?」

と小声で尋ねられた。


シモンが伺うような目を向ければ、キクオは背後で所在なさげにうつむいているコマリを視線で示し、再びこちらを見つめてくる。

キクオの言わんとすることを理解したシモンは、肯定するようにわずかに口の端を持ち上げた。

シモンの表情からキクオもまた察したのか彼の肩をポンポンと叩く。

「あー……これまでのバイト代は小鞠のバイト代に加えてくれってことでよかったんだな」

「そうだ」


「え!?」

ぎょっとしたようなコマリにシモンは向き直った。

「最初にそのように話していただろう。コマリには世話になりっぱなしで心苦しかったのだ。受け取ってもらわねば困る」

「あの……でも全部は――」

「3人で1人分のうえ前借りだってしている。おそらく微々たるものだ――なぁ、キクオ?」

「言いだしっぺはそっちだろうが。ま、さすがにおまえたちにノーギャラってのもな。……ってことでこりゃ餞別だ」

言いながらカウンターを振り返ったキクオが紙袋を手にシモンへ差し出した。

中にはきれいに包装された包みが三つと、粒々としたものがぎっしり詰まった袋が入っていた。


「わたしからは3人にそれぞれ似合いそうなマフラー。菊雄さんからはコーヒー豆よ」

キクオの隣に並んだカンナがうふふと教えてくれる。

「うちのオリジナルブレンドコーヒーがうまいと言ってくれたからな。特別だ」

国のことだとか、連絡先だとか彼らは何も聞かないでくれている。

おそらくは自分たちに人に言えない事情があることに気づいたからだろう。


「感謝す――……ありがとう、キクオ、カンナ」

礼の言葉を言いなおしたシモンにテディとオロフはそれぞれ驚いて、だが主に倣うように二人に礼を述べた。

コマリへ視線を向けても目が合うことはなくて、彼は視線をずらしてすっかり日の落ちた窓の外を見つめた。

この世界を去るまであと数時間だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。