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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
49/161

気づいてはいけない気持ち

なぜそこでフリーズするかな。


「……東洋人は本当に若々しいな。いっても16、7歳くらいかと。だがまぁ、成人しているのだから酒で憂さ晴らしすればいい」


若々しいとかって誤魔化してますけど、どんだけ童顔だよ、って思いましたね、いま?


(16、7歳って……そりゃあ西洋人の女の子と比べたら日本人は幼く見えるかもだけど――もしかしてわたしってかなり子どもっぽいのかなぁ)


シモンもそう思ってたりしないかな?


またシモンのことを思い出してしまった小鞠は、我に返って慌てて彼を頭から追い出し、自分を誤魔化すように受け取ったグラスからほんの少量を喉に流し込んだ。


「あ、おいし」

思ったよりアルコールもきつくなく飲みやすいし、香りもいい。

小鞠の言葉にゲイリーはわずかに、だが見間違いではなく確かに表情を綻ばせた。


「だろう?一人で酒を飲むのも厭きてきたところだ。少しつきあってくれ――その間、君の質問に答えよう」

「え?」

「君がわたしについてきたのは、わたしと話をするためだったのだろう?」

「バレてたんですか」


「スミトからわたしや魔法協会のことをどう聞いているのかは知らないが、あのシモンという男の態度からみても、わたしは君たちから警戒される相手と認識されていることはわかる。なのに君は迷いながらも誘いを受けここまで来た。となれば情報収集のためについてきたと思うのが普通だと思うが」


ゲイリーがテーブルに置いていた自分のグラスを手にして液体を揺する。

逆に小鞠はグラスをテーブルに置いて彼に目を向けた。


「情報収集は考えていませんでした。ただなんとなくゲイリーさんと話がしたくて――」

「情報収集ではないならどんな話を?」

「なんでしょう?世間話……は変ですね」

「君は面白いな」


ふ、とゲイリーの口の端がまた綻んだ。

これまで見せた笑顔は作り笑いであったのだろうと感じるほど自然なそれは、小鞠を少なからず驚かせた。

まさか素の自分を彼が見せるとは思わなかったからだ。


「ではわたしから質問しよう。――あの男との喧嘩の原因は?浮気でもされたか?」

「別にわたし、シモンとはつきあってません」

「浮気は否定しないのか」

言葉に詰まると彼はおかしそうに笑った。


(冷酷非情な氷みたいな人かと思ってたけど……本当は違う?)


魔法協会に身を置くことで心を消さなくてはいけなかっただけだろうか。

そして本来の自分を見失ってしまった。

そこが澄人とゲイリーの違いであり、彼らがすれ違ってしまった原因かもしれない。

きっと澄人は見失いかけた自分を取り戻し、だからこそ協会を抜けることを決めて逃げたのだろう。


「君は隠し事に向かないタイプだな。態度でわかってしまう。もしかして、魔法協会の対抗組織の一員というわたしの推察は間違っているのか?」

「そこはシモン同様わたしも否定しておきます。魔法なんて使えませんし本当に普通の人間ですから」

「一応は納得しておこうか。……で?つきあってもいない男の女癖になぜそう目くじらを立てる?そもそも恋人でもないのなら怒るのはお門違いだろう」

「だって……わたしだけ、みたいなこと言ってたのに」


つい、そう漏らしてしまった小鞠は、片眉をあげたゲイリーが意外にも、

「それは男の常套句だ。相手に自分だけしか見ていないと思わせれば落としやすい」

と普通に返答してきたため目を向けた。


「シモンってそんな計算高い人だったの?」


「さあ。わたしはあの男のことを知らないからなんとも。ただ据え膳は食うのが男の性ではあるし、誘われて一時の気の迷いで……だとか――他はそうだな。積極的な女に一服盛られた、とかか?まぁ、そうそう油断する男には見えなかったし、一服盛られたのだとしたら相手は顔見知りかもな」

 

グラスを傾け酒を飲んだゲイリーは空になったそれに自ら酒を注ぐ。

話を聞いていた小鞠は、魔法石を持っているシモンに薬は効かないのじゃないかという気がした。


(ただ相手は全然知らない人より顔見知りって気が……やっぱり皐月さん、かな?)


彼女のこと好きじゃないようなこと言っていたのに。

同性の自分からすればいろいろと疑問に思う女の子だけれど、彼女のあの顔と体で迫られればシモンだってグラつくのかもしれない。


「男の人って最低」


「だが泣くほどあの男のことが好きなのだろう?」


「それは――……よくわかりません。昨日も別の人からシモンが好きなんでしょって聞かれたんですけど、ゲイリーさんから見てもそう見えますか?」


「公園での君たちを見て恋人だろうと思ったな。奴はわたしから君を取り戻そうと必死だったし、君はあの男を頼っていた。それにわたしが声をかける前の君たちは、ただのいちゃいちゃしているカップルにしか見えなかったからな」


「い、いちゃいちゃ?そんなことしてません」


「会話は聞こえなかったが泣いている君を彼は慰めていたようだが?」


「あれは目にゴミが入ったのをシモンが取ってくれてたんです」


目のゴミを取ってもらっていただけが、周りから見ればいちゃついているように見えていたなんて。

小鞠は急激に頬が熱くなっていくのを感じた。


「ていうかゲイリーさんや澄人さんが使う姿を見えなくする魔法って、他人のプライベートを見放題なんだ。悪用したらだめですよ」

「魔法協会からすると、情報集めには欠かせない魔法であることは確かだな」

「わーーー!聞いてません。わたしは何も聞かなかった!」


両手を耳に当てて小鞠は二度、聞かなかったと繰り返した。

黒い組織であるとはなんとなく気づいていても、実際にどんなことをしいているかは知りたくない。


「ゲイリーさんっ、わたしやシモンが澄人さんから魔法協会のことを聞いたのか気にしてたくせに、自分から話さないでください。おまえは余計なことを知りすぎた、とかってドラマや映画みたいな展開になるのはヤですからねっ」


「ドラマや映画のような展開?……とは?」


「知らないんですか?知りすぎた人はたいてい拉致られて消されちゃったりするんです。そんなのやだー!もう絶対魔法協会のこと話さないでくださいっ」


小鞠が口を尖らせつつ念を押したとたん、質問顔であったはずのゲイリーがこらえきれないというように吹き出した。

そして大爆笑とまではいかないが声を出して笑いだす。


(あわわ、わたしってばゲイリーさんになんて言い草――)


けれど目の前のゲイリーは小鞠の態度に気分を害した様子もない。

ホッとした彼女は彼を見るうち今度は、笑いすぎだ、という思いがわきあがってきた。


(何でわたし笑われてるの!?馬鹿にされてる!?)


尖らせた唇を更に突き出して彼女はゲイリーを睨んでしまった。

しかし面と向かって文句を言うのは怖くてできないのが情けない。


「君は、いつもそうなのか?」


「はい?」


「これが演技だとしたら空恐ろしいものがあるが。――おそらくそのままなのだろうな、君は。なるほど、これではあの男が誘惑に負けたのだとしても納得する」


「あの、言ってることの意味がわからないんですけど?」


「奴が他の女と寝たのはただの性欲処理だと言っているんだ」


「はぁ!?……え?何でそんな話に――」


「奴が君に惚れているのは見ていてわかる。君たちは両想いなのにややこしいことをしているな」


くっくっと喉を鳴らす彼は一人訳知り顔で、聞いている小鞠はわけがわからない。


「だがわたしとしては、あの男が君相手に梃子摺っているというだけで爽快な気分だ。その調子でどんどんあいつを困らせてやれ」


「いえ、あの……困らせたいわけじゃなくて……舌先三寸のあのエロ男に腹が立ってるからブン殴ってやりたいと――」


「殴るのもいいが、奴と同じことをしてみるのはどうだ?」


「へ?」


「なんならわたしがお相手しようか?」


甘い声音で小鞠を誘うゲイリーに艶やかに微笑えまれたとたん、彼の背後に大輪の花が見えた気がした。

わっ、一気にムーディになった。

ソファの背もたれに張りつきながら彼女は首を大きく振る。


「できません!無理です!!そういうことは好きな人が相手じゃないとっ」


いきなり何を言い出すのよ、この人は。

本気?とばかりに、疑いの眼差しを向けてしまう小鞠の視線など気にも留めずに、ゲイリーはグラスを持たない方の腕をゆったりと肘掛に預けた。


「即答されるとけっこう傷つくな。残念だ」


花を背中に背負った美しい微笑が、からかうような表情へ変化したのに気づいてホッとする反面、小鞠は彼に遊ばれていたと気づいた。


「嘘つかないでください。全然残念そうじゃないですよ」

「誤解しないでもらおう。もし君がその気になっていたら、君もあの男と同じだと言ってやるつもりだったのに、それができなくて残念だと言ったんだ」

「うっわ、性格悪っ」


思ったことが思わず口から出てしまい、すぐに口を噤んだが遅かった。

ゲイリーは小鞠の悪口にまたしても綺麗な笑顔を浮かべ、その微笑で彼女を恐怖に慄かせた。


(ひー!怖い、その綺麗すぎる笑顔が怖いっ)


彼は小鞠を怯えさせたことに満足したのか、頬杖を付いた指先で頬をなぞる。


「ところでさっき、君の相手として頭に浮かんだのは誰だ?」

「え?誰って別に誰も――」


そう答える小鞠は、だが今になってシモンを思い出した。


「ならばいま誰を想像している?」

「えと、そ、それは……」

「シモン――」


ゲイリーが確認するように名前を出したためドキリとした。


「あの男が浮んでいるのだろう?それが答えだと思うが」

「答え?」

「君が誰を好きかということだ。わたしが相手だと嫌だと即答できたのに、奴相手なら瞬時に真っ赤になる」

頬の赤さを指摘されて小鞠は無言のまま頬を押さえた。


「――そんな反応をするくせにどうして自分の気持ちがわからないんだ」

掌に感じる頬がさっきよりも熱い。

きっと今の自分は彼の言うとおり真っ赤に違いない。

そう思うと余計に頬が熱くなってくるのを止められなかった。


(ドキドキしたり、ウズウズしたり、シモンといると心臓が暴れて逃げ出したくなるときがある)


けれどどうしてそうなるのか理由を考えないようにしていたように思う。


――ダッテ彼ハ異世界ノ人ダカラ。


堅実、安定という生活を得たいなら、シモンと別れることになるのは決まっているのだ。


(わたしが自分で決めた一ヶ月の期限なのに、その日が来るのが嫌だって本当は思ってるよね)


――イイエ、気ヅイテハイケナイ。


彼と共に異世界へ行くつもりがないのなら。


――認メテハイケナイ。



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