未成年に見えても22歳
コマリがマンションを飛び出て行った後、廊下に大爆笑が響きわたっていた。
「なにシモンが打ちひしがれているのかと思ったら。コマリと喧嘩――しかも理由がコンドームって……アハハ」
「ジゼル、笑いすぎ」
ジゼルをたしなめるスミトも言葉とは裏腹に顔が笑っている。
「スケベって聞こえてきたけれど、もしかしてシモン、誘い方を間違ったの?それともまさか他の子に使ったのがバレちゃった?」
「そんなことはしていないっ」
「小鞠ちゃんて晩生そうだからシモン君がそんなの用意してたのに驚いたのかもねぇ」
廊下に膝をつくシモンの肩をスミトがポンと叩いた。
「大丈夫、ちょっとびっくりして家を飛び出しただけだ。落ち着いたら戻ってくるよ」
生ぬるいスミトの視線を受けたシモンは、彼の言葉にハッとしてオロフを見上げた。
「そうだ、コマリっ!あんなに怒らせたの初めてで呆けてしまったが、そのような場合ではなかった。オロフ、コマリを探さねば。一人にさせては危険だ」
「わたしもコマリ様の勢いに圧されて追いかけることができず――申し訳ございません、シモン様」
「はぁ?ちょっと二人ともどうしたの?コマリだって子どもじゃないんだしそこまで過保護にする必要はないでしょう」
「もしかしてシモン君らはゲイリーのことを心配してるのか?さすがにあいつも一晩に二度も手出しは……ってわぁ!シモン君!?」
シモンが胸に手を当て愛魂を取り出したことで、スミトとジゼルが驚愕に目を見開いた。
日の光を反射する水面のような青い光が、ゆら、と玄関の扉に流れていく。
「それ、なんやの?」
「魂魄の愛を司る部分で愛魂というのだ。わたしの運命の相手、コマリの魂と呼び合う。だからこの流れを追えば小鞠にたどり着ける」
「愛魂て前に聞いたけど……えぇ!? 魂魄の一部を実際に取り出せるなんてどないなっとんねん」
「我がカッレラ王国の王族のみが使える能力、とでも言っておこう」
狭い玄関で靴を履きつつシモンが答えるそこへ、ジゼルの疑問に満ちた声が割って入った。
「カッレラ王国?シモンがそのカッレラ王国の王族ってどういうことよ。それにいまスミトが話したのは日本語よね?なのにシモンはフランス語で返事してるし、どうしてそんな変な会話の仕方をしているの?――わたし、日本人のコマリが妙にフランス語がうまいのも気になっていたんだけど……ねぇ、わたしだけ何を知らされていないの?」
玄関の扉に手をかけていたシモンが振り返ると、スミトはしまったというような顔でジゼルの視線を避けている。
人間、とっさな時は慣れ親しんだ言葉に戻ってしまうが、それが仇となってしまったようだ。
ジゼルもきっと、昨日から何かがおかしいと感じていながら、口に出さずにいたのだろう。
彼女はシモンに本当のことを話してと訴えるような眼差しを向けてきた。
「わたしは異世界から来た。カッレラ王国第13代次期国王――つまり第一王位継承者でカッレラ王国の王子なのだ。そしてこの地球へは、わたしの愛魂の相手であるコマリに会うためやってきた」
「え!?異世界の、王子様……?シモンが?あ、さっきの王子服ってシモンの……――じゃああなたに仕えているオロフとテディも異世界の人間ってこと?」
「そうだ。ジゼル、わたしはこれからオロフと共にコマリを探しに出る。後のことはスミトから聞けばいい。スミト、カッレラに来たいというのであれば条件を出そう。ジゼルと話し合うことだ――心ゆくまでな。すべてを黙っていることがジゼルにとっての幸せに繋がると、本心から思っているわけではないだろう?」
「それは――」
言葉を詰まらせるスミトからシモンはオロフに向き直った。
「行くぞ、オロフ」
「あ、待ちシモン君。ボクの式、連れて行き。朧、出てきい」
スミトが宙に向かって声をかけると、空気が色づいて狐目の男が現れた。
派手な夜着に太めの腰布を巻いて腹の前で蝶のように結んでいる。
「朧、ここはボクもおるし、玉響がおったら充分や。おまえはシモン君らについていき。空から小鞠ちゃん探しや」
【承知】
朧と呼ばれた狐目の男が揺らぎ気づいた時には梟に姿を変えていた。
一度羽ばたいてシモンの肩にとまる。
「スミトは精霊憑きだったのだな。二体に守られている者は初めて見たぞ」
「精霊?まあ確かに精霊っちゅうもんに近いとこもあるかもやけど、朧も玉響もボクの式で――ってまぁそんなん今はどうでもええか。誤解をといて小鞠ちゃんと仲よう帰っといで」
スミトに頷き、今度こそ扉を開けて家を出たシモンとオロフは、マンションの外でテディに出会った。
ちょうど帰宅したところだったようだ。
「シモン様?どうかなさったのですか?」
「コマリが一人で外に出てしまったのだ。これから探しにいく。おまえもこい、テディ」
緊急事態と判断して愛魂を手にしていたシモンは、青い陽炎のような光が流れる方向へ走り出した。
その後をオロフとテディが追う。
同時に梟へ変化していた朧が空へ飛び立った。
* * *
「ごちそうさまでした」
手にしていた箸を置いて小鞠は手を合わせた。
「そんな質素な弁当では腹も満たされないだろう。やはりルームサービスを――」
「いえ、もうお腹いっぱいですから」
超豪華ホテルのスイートルームでコンビニ弁当を平らげた彼女は、ゲイリーの申し出を笑顔で断る。
ここへ来る前、泣きべそ状態でゲイリーに会った小鞠だったが、とっさに逃げることもできずに立ち尽くし、そこで間抜けにも腹の虫を鳴かせてしまった。
しかも盛大に。
恥ずかしくて頬を染める小鞠はゲイリーに車に乗るよう言われ、乗り込めばどこかに連れ去られると警戒したが、迷子なら家まで送ろう、と更に彼の言葉が続いたため驚いた。
「迷子じゃないです」
「では家出か?あのシモンという男と喧嘩でもしたのか」
「……あなたに関係ありません」
「図星か。そんな真っ赤に泣きはらした目をして夜の町をさまよっていては、下心のある男に絡まれる。あの男の元に帰りたくないのなら、わたしの泊まるホテルにくればいい。ついでに腹の虫が鳴きやむよう飯くらい食わせる」
「ジゼルさんの次はわたしを人質にするつもりですか?」
ゲイリーの真意を測りかねて質問する小鞠に、彼はそれはそれは魅力的な微笑を浮かべた。
「わたしが君に手出しできるはずもない。いまはポケットにあるその魔力の元が君を守るようになっているのだろう?だからこれは拉致ではなく招待だ」
確かにシモンにもらった魔法石は持ち主を守るようできているらしい。
実際に火事に巻き込まれたときは、シモンの魔法石が彼とそして自分を、燃え盛る炎から守ってくれた。
魔法石がいったいどの程度のことまで持ち主を守るのか、正直なところ小鞠はわからない。
だから完全に安心と言う保障がければ、本当ならここは逃げるべき場面なのだろう。
けれど彼女はなぜかゲイリーと話がしたいと思ってしまった。
最初小鞠は澄人たちの話から、ゲイリーは非情で手段を選ばす、冷酷な人間であるかの様な印象を持っていた。
今日、実際に彼に遭遇したときも油断ならない相手だと感じた。
でも公園を立ち去り際に見たゲイリーのあの寂しげな表情が、彼にも心があると小鞠に思わせたのだ。
ゲイリーについていって馬鹿をみないだろうかと、彼女はかなり逡巡したが、結局は腹を決めて彼の招待を受けることにした。
ただ食事を奢ってもらうのは憚られ、彼に金を借りて途中寄ってもらったコンビニで弁当を買い、一流ホテルのスイートでそれを食べたというわけだ。
広い室内には小鞠とゲイリーの二人きりだった。
イギリスから共にきた魔法協会の本部の者たちは彼の部下らしく、同ホテルの別の階に宿泊しているらしい。
それはきっとツインだかシングルだかの普通の部屋だろう。
こんなふうにスイートルームに宿泊ができるゲイリーは、おそらく魔法協会でかなりの地位にあるに違いない。
(お弁当を買うためのお金を貸してくださいって言ったら最初カードを渡されたし)
現金がいいと首を振ったら、今度は束で一万円札を渡されてどれほどびっくりしたか。
積極的に話しかけてくるでもなく、部屋に用意されていた酒をソファで飲んでいるゲイリーを小鞠はチラと盗み見る。
(あの札束、車の後部座席にあったカバンに無造作に入ってたよね……小銭とか千円札は持ってないって言うし――この人、シモン並にセレブ!?)
いや、シモンは金山持ってるんだった……くそう、王子だから当たり前に超セレブだろうけど、いまはあのエロ助がとてつもなく憎いっ。
乙女の純情を踏みにじった罪は重いんだから!!
ゲイリーを観察していたはずが、シモンを思い出したことでむぅと眉間に皺を寄せた小鞠は、弁当と一緒に買ったお茶のペットボトルを思わず握り締める。
「そうわたしを目の敵にして睨まないでくれないか?酒が不味くなる」
「え?……あ、違います。ゲイリーさんを睨んでたわけじゃなくてですね」
まぁ、あなたもタイプは違っても、シモンみたくイケメンで金持ちのようですけどね。
きっと女の子にモッテモテでしょうよ。
内心そんなことを思いながら小鞠が誤魔化すようにアハハと笑うと、彼は琥珀色の液体の入ったグラスを持ち上げ、「君も飲むか?」と尋ねてきた。
「酒の力を借りて怒りをやり過ごすのも一つの手だ」
「すごく高そうなお酒だし、味の違いがそこまでわかるほど通でもないのでやめておきます。それにわたし、一定量を超えると眠くなっちゃうんです」
「まさかグラス一杯で寝るというわけではないだろう?なかなかにうまい酒だ。飲んでみて嫌ならやめればいい」
新しいグラスに酒を注がれ、どうぞとばかりに差し出されてしまった。
「毒など入っていない。わたしなども君のように未成年のうちから酒の味を覚えていった」
未成年?……っていま、聞こえましたけど気のせいですか?
「わたし、22歳ですけど」
彼女が訂正するとグラスを持ったままのゲイリーが固まった。




