隠し場所
その後、マンションに帰った小鞠たちが玄関を開けたところで、ジゼルがリビングから飛び出してきた。
「おかえりなさい。ご飯の用意はできてるわよ。わたし、おなかペコペコなの。早くみんなで食べましょ!あら?テディは一緒じゃないの?」
澄人とオロフが共に行動していたということは、彼女は今日、一人マンションに残っていたということだ。
誰か帰ってくるのを待ちわびていたのだろう。
ジゼルの明るい笑顔につられ小鞠たちにも笑顔が浮かんだ。
テディは遅れて帰宅すると説明しつつリビングに入ると、暖かな部屋に食欲を刺激するいい匂いが漂っていた。
「野菜たっぷりのポトフを作ってみたのよ。あ、それよりもっ!今日ね、掃除をしていて面白いものを見つけたんだけど――」
ジゼルがソファに駆け寄って何かを手にすると小鞠たちに見せるように振り返った。
「ジャーン!ゴージャスな王子服!!ねぇこれって男物サイズだしシモンの?もしかしてシモンってコスプレ趣味がある!?他にも別のコスプレ服を見つけたの。これって従者の服かしら?だとしたらオロフとテディのものでしょっ。3人が学びにきた日本の文化って実はアニメのことだったのね。日本のアニメって奥が深いものね~!で、これはなんのアニメのものなの?」
きらきらのフリンジ付き王子服を持つジゼルは、これまた瞳をきらきらと輝かせてシモンを見つめた。
「うわ、ジゼルのアニオタ魂に火がついてもうた」
小鞠はそう澄人が独り言を呟くのを聞いて、なんですとっ、とばかりにジゼルを見つめた。
(ジゼルさんってアニメ好き!?意外――ていうかシモンたちのあっちの世界の服、うっかりしてて隠してなかったかもっ)
テディとオロフが寝室に使っている元は両親の寝室に、あちらの世界の服は置いてあったはずだ。
きっとクローゼットにしまわず壁にでもかけっぱなしにしてあったのだろう。
「アニメ?……とはテレビの中で絵が動く物語のこと――」
「あ~~~っ!それ、わたしの友達からの借り物なんですよ。えーっと……演劇サークルに所属しててかっこいい衣装を作ったっていうから見せてもらってですね。そ、そろそろ返さなきゃなーって思ってたんです。忘れてた」
シモンに下手なことを言われたくなくて誤魔化す小鞠はアハハと愛想笑いを浮かべる。
「衣装?それにしてはいい生地を使ってるわね。刺繍だって職人技みたい。てっきりシモンがプロに作らせたんだと思っていたわ」
「その子、凝り性なんです」
ふうん、となんとか納得してくれたらしいジゼルに小鞠は胸を撫で下ろした。
「せっかくシモンたちと日本のアニメを語りあえると思ったのに残念だわ」
「ジゼル、アニメよりご飯を食べよう。ボクもお腹が減ったな」
しかも澄人が助け舟を出してくれたおかげで話題をそらすことに成功する。
「そうね。ポトフは温めてあるしすぐに準備するわね。スミトも手伝って?――あ、コマリ。お友達の物を勝手にごめんなさい。わたしってアニメセンサーに引っかかると押さえがきかなくなっちゃうの……衣装は後で部屋に戻しておくから」
「気にしないでください。片付けはわたしがやります」
キッチンに向かうジゼルから王子服を受け取った小鞠は、ソファに置かれたテディとオロフの服にも手を伸ばす。
が、横から伸びたシモンの手がそれを取ってしまった。
「わたしも手伝おう」
「シモン様、わたしとテディの服など放っておいてください。コマリ様、申し訳ありません。どこかに隠しておくべきでした。――これらはわたしが部屋に……」
「わたしこそクローゼットを使っていいって言えば良かった。勝手に使っちゃいけないって思ってたんでしょ?」
「コマリ様のご両親のお部屋と伺っておりましたし、大事な遺品が入っているだろうと」
「そんなこと気にしなくてよかったのに。わたしも一緒に行くわ。でないとクローゼットにしまわないような気がするし。シモン、わたしとオロフで大丈夫だから先にご飯を食べてて」
オロフを伴って部屋を移動した小鞠は、いまは従者たちが使う部屋に入って明かりを灯した。
ここに居候するようになった当初、ダブルベッドとはいえ大の男二人が、同じベッドに眠るのは嫌じゃないかと思ったけれど、一ヶ月のことと我慢してくれているらしい。
二人とも「男同士なら雑魚寝することもありますから」と、小鞠だけでなく自分たちにも言い聞かせるように言っていたくらいだから、推察は間違っていないだろう。
そのベッドはさすがに使用した形跡があるが、他は触れないよう気を遣っているのかもしれない。
彼らの畳んだ服が床に並べてられていることから彼女はそう思った。
ただシモンの服だけは鏡台横のタンスの上にある。
(服であってもシモンの物と一緒に並べられないってことかな)
身分を重んじる彼らの世界のことは小鞠には正直ピンとこないけれど、理解するよう努めるうちこんなふうに察することはできるようになった。
シモンの服の中で、以前自分がスーパーで買って渡した服だけ、やたら丁寧に畳んで纏められているのに気づいて、思わず口元をほころばせてしまう。
床にある従者たちの服も、自分が買って渡したものだけ別によけてある。
(安物なのに……大事にしてくれてるのかな)
喫茶店に来るお姉さんたちにもらった物ばかり着ていたことがあって、あのときはスーパーの安物は気に入らないのかと誤解していたけれど。
ニコニコと機嫌を良くする小鞠はシモンの服の間にボトルを見つけた。
(ん?化粧水?)
王子たるものお肌のお手入れは怠れないと、大学でできた友達に男性用化粧品でも教えてもらったのだろうか。
何気なく手に取った彼女は数秒あって、左手に抱えていたシモンの王子服を床に落とした。
「コマリ様?どうかなさいましたか?」
手にしたボトルを見ていた小鞠は更に別のものも見つけ目を疑う。
(ローションだけじゃなくって、これって、こ、コン――)
ボトルやパッケージの封が開いているということはシモンが使ったのだろうか?
(誰と?……もしかして皐月さん、とか?)
首を振った小鞠はボトルと箱を服の間に戻し、それらに服を被せてギクと手を止めた。
裸の男と女が微笑みあって見つめ合っているDVD。
(エッチなDVDまで~~~~~!!何これっ、何これっ、何これェっ!)
DVDも服で隠した小鞠は怪訝な様子で側に近づくオロフを見上げた。
「どうもないっ」
「ですが何かご覧になっていたようですが」
オロフが小鞠の隠した数々のグッズを発見して「ああ」と苦笑を浮かべた。
「これですか。これはシモン様が――」
「やっぱりシモンのものなんだ」
「え?はい。ですがそれは――」
「コマリ、食事の準備ができたぞ。冷えてしまってはおいしくないとジゼルが呼んでいる」
そこへ扉が開いてシモンが顔を覗かせ、青い瞳と目が合った小鞠は、邪気のない彼の笑顔に一気に怒りが湧き上がった。
「シモンのドスケベっ!わたしだけとかうまいこと言っておきながら、ちゃっかり他の子とよろしくやってんじゃないっ!!」
「は?いったいなんの話だ?」
「とぼけたって無駄なんだから。ネタはあがってんだからねっ!」
「だからなんの話をしている?どうして怒っているのだ」
「まだとぼける気!?こんなの隠し持ってるくせに――この変態ドスケベエロ男!!」
あくまで白を切るシモンを睨みつけながら、小鞠は怒りに任せてコンドームの箱を引っつかむと床に投げつける。
床の上を滑るそれを見たシモンが「あ」というような顔をしたのを、彼女は見逃さなかった。
「今度から隠すんならもっとわかんないところに隠せ、馬鹿シモンっ!」
「コマリ、これは……――」
「いまはシモンと話したくない!っていうか顔も見たくない」
誰相手に使っただとかそんな話は聞きたくない。
部屋を飛び出し玄関で靴をつっかける小鞠をシモンが追ってくる。
「コマリ、どこへ行くつもりだ」
「どこだっていいでしょ。ついてくんなっ」
扉を開けてマンションの廊下に出た小鞠は、エレベーターとは逆の方向にある階段から階下を目指した。
悠長にエレベーターを待っていては後を追ってきたシモンや、もしくは他の誰かにつかまると思ったからだ。
更に用心を重ねてマンションの駐車場から外に出た小鞠は、ピュウと吹いた風に首を竦めて上着を合わせる。
(上着脱いでなくて良かった。まだ寒さが凌げる……けど財布はカバンの中だっけ)
アウターやズボンのポケットに手を突っ込んでみても、ジゼルと話すとき通訳してもらえるよう、カバンから出しておいた魔法石付き携帯しか出てこなかった。
携帯電話を財布代わりに使えるような機能をつけていなかったことを、彼女はこのときばかりは後悔する。
トボトボと町を歩く小鞠はコンビニの前を通りしな、ガラスの向こうを見つめて腹をさすった。
(うぅ、ひもじい……お腹すいた)
せめてジゼルの作ってくれた野菜たっぷりポトフを食べてから、シモンと喧嘩すればよかった。
(ストール返さなきゃよかった。寒いしコンビニで暖を取ってようかな)
そんなことが頭を掠めたが、一所に留まるとすぐにシモンに見つかってしまうと思いなおした。
彼は愛魂を頼りに自分にたどり着けるのだから。
(シモンの顔なんて見たくないもん。ストールだってシモンのなんかいらないしっ)
膨れっ面になった小鞠は再び歩き出し、車の通る大通りに出て目的地もなく前へ進む。
夜、人通りのない道を歩くのは危ないとの判断から大通りに出たわけだが、逆に食べ物屋の看板が目に付いて仕方がなかった。
くるくると腹の虫が鳴き続けているのが情けない。
(それもこれも全部シモンのせいなんだから。あの女好きめぇ!せめて一発でも殴ってくれば良かった。「なにが小鞠しかいらない」よっ。うっかり騙されるところだった)
以前思ったではないか。
本気になったところで遊ばれて捨てられるのがオチだと。
(そうよ、いまのうちにシモンがどういう男かわかってよかったじゃない。イケメン王子は異世界でもモッテモテでどうせ女の子に不自由しなかっただろうしっ)
あんな男と結婚するなんて言って異世界についていってたら、浮気されまくりで毎日を泣いて過ごさなきゃいけないところだった。
「毎日を泣いて過ごす?なに馬鹿なこと言ってんの、わたし。これじゃあシモンが好きみたい――……好きじゃないもん……っ…ないのにっ、なんで涙なんか出てくんのよぅ」
独り言を言う小鞠の瞳から涙が溢れて頬を伝う。
それを拭いながら嗚咽を噛み殺す彼女とすれ違う人たちは、涙に気づきつつも関わりたくないのか見ないふりをして通り過ぎていく。
そうやってどのくらいの時間が経っただろうか。
歩道を歩く小鞠の隣に黒塗りの車が一台止まって窓が開いた。
「まさか迷子か?」
顔をあげた小鞠は運転席のその人を見て立ち尽くす。
中低音の声音と甘い顔立ち。
相手は先ほど公園で別れたはずのゲイリー・バークだった。