愛魂
濃い金色の髪はそこにある金貨のごとく色で光を受けるとピカピカ。
青い目はサファイアですかと言いたくなるくらいの綺麗な深い青をしている。
キリとした眉は男らしく、鼻筋は通って唇は厚くもなく薄くもなく形がいい。
(もうこれ、どこのスター様ですかってくらいかっこいいんですけどぉ)
後ろの二人もそれぞれ整った顔立ちで、いつからここはハリウッドスターが訪れる家になりましたと自問する。
いやハリウッドスターに知り合いはいないし、そもそも英会話もできないからね。
などと余計なことを考えて現実逃避してしまうのは小鞠の悪い癖だ。
「これではまだ足りないか。ではこれもつけよう。鞘を飾る宝石は本物だ。実践用なので装飾は最小限だが質のいい宝石を使ってある。テディ、オロフ。おまえたちも剣を渡せ」
「シモン様、丸腰ではシモン様をお守りすることができません」
「良い、オロフ。姫の憂いを払うことが最優先だ」
テーブルの金貨の横に男たちが剣を並べる。
シモンと呼ばれた王子の剣が一番高価そうだ。
実践用というわりに鞘にはめ込まれた宝石はかなり大きい。
他の二人の剣はそれに比べると宝石もはめ込まれているわけでなく、かなり見劣りするが使い込まれた感はあった。
小鞠が目の前のチンピラ男と舎弟を見つめると呆然としている。
自分もこんな顔してるんだろうなぁとぼんやり思う。
だがそんな男二人に痺れを切らしたのかシモンと言われた王子様は、なんちゃってインテリ風眼鏡男の座るソファをブーツでぐりぐりと踏みつけた。
えっと、それうちのソファなんですが。
「1000万とやらにはこれで充分だろう。さっさと換金所にでも行ってこの世界の通貨に替えてくるが良い」
言って男のスーツから借用書を取るとビリリと盛大に破いてくれた。
ブラボー、シモン様。
これで晴れて自由の身と小鞠は内心ガッツポーズを取る。
「まだ居座るつもりなら交渉は決裂、この場で斬って捨てるがどうだ?」
美形が凄むと恐ろしいのだなと小鞠はこのとき初めて知った。
やばい人たちは自分たちよりやばい人の出現に泡を食って早々に退散してくれた。
もちろん金貨と剣は持っていくのだからちゃっかり、もといしっかり仕事をしている。
「姫、お初にお目にかかります。わたしはカッレラ王国第13代次期国王シモン・エルヴァスティと申します」
王子様は何事もなかったように笑顔を浮かべ礼儀正しく自己紹介した。
ついでに従者二人も紹介してくれた。
茶髪で緑の瞳をしたのがテディ・ユーセラ。
そして同じ茶色でも少し濃い髪色をして、ヘーゼルナッツ色の瞳をしたのがオロフ・ヒルヴィ。
テディはシモン王子の側近で仕事の補佐なんかもするらしい。
オロフは近衛騎士団の団員ということだった。
「座っても」とさっきまでチンピラが座っていたソファを指され、小鞠が頷くと彼はゆったりと腰を降ろす。
うわぁ、足長いなぁ。
そんな彼の後ろに従者二人が控えて立った。
SPだ。SPがここにいる。
これもうどっきりですとか言われたほうが納得するんですけど。
「名前はさっきも伺いました。ただわたし、カッレラ王国なんて知らないんですが。国はどこにあるのですか?金髪碧眼なんて北欧とかあっちの人?」
「いえ異世界ですよ、姫」
なんだかさっきから普通に「姫」とか言われてるけどやめてくれないかなぁ。
ガラじゃないし。
それにしても異世界なんて場所どこにあったっけ。
つらつら考えていた小鞠は「ん」と思考が停止した。
「異世界ってこことは違う世界ってことですか?アニメやラノベでよくある魔法や剣やドラゴンが出てきて、こっちの世界の人が召喚されて魔王やら悪魔を倒せとか、理不尽に迫ってくるっていう」
「アニメやラノベ……はわかりませんが、ドラゴンはもう絶滅しましたし魔王や悪魔はおりません。魔法使いは城におりますよ。姫が会いたいのであれば城に戻ったらすぐに場を設けましょう」
「場を設けるってわたしやっぱり異世界に拉致られるんですか」
「拉致だなんてとんでもない。あなたはわたしの后となるべく方です。丁重にお迎えする所存です」
またしても小鞠の思考がとまる。
「后」と聞こえましたが気のせいですか。
そういやさっきも聞こえたな。
いやいや、聞き間違えたかもしれないじゃないかと小鞠は質問する。
「后って、あなたの世界では異世界から花嫁を拉致るんですか?」
「いいえ、このようなケースは稀です。姫はご存知ではありませんか。生涯の伴侶を魂の片割れと言ったりするでしょう」
「えーっと運命の赤い糸とか自分の半身とかそういう?」
愛至上主義みなたいな人が喜びそうな話だ。
小鞠はそれほど恋愛体質ではないためよくわからないが、そこまで一人の人を想えるのはすごいと単純に思う。
シモンは小鞠の言葉に頷く。
「カッレラ王国の王族は代々その魂の片割れを見つける能力に長けているのです。そしてわたしの相手が姫、あなたです」
「いやあなたって言われてもそんな直感で相手を選ぶような話を、はいそうですかって信じるわけ――」
「直感ではありません。愛魂が片割れを呼ぶのです」
「アイコン?」
パソコンのアイコンとは違いますよね、という質問はなんとか飲み込んだ。
「魂魄の愛を司る部分です。誰もが持っていますがわたしたち王族はこれを取り出すことができます。ほらこのように」
シモンが胸に手を当てゆっくりと離すと、そこに日の光を反射する水面のような輝きが現れた。
ゆらゆらと彼の掌で青く揺らめくのが綺麗だ。
その光が形を崩して小鞠に向かって流れていきそうになったところで、シモンは手を振ってその輝きを消した。
「愛魂の導きであなたを見つけました。姫、どうかわたしの后になってください」
「いや、無理です」
すげなく即答する小鞠にシモンより背後に控えた従者の方が驚きの表情になった。
「平民がシモン様の求愛を断った?」
「次期王妃ともなればこのような質素な部屋で暮らさずとも贅沢三昧だというのに」
こら、聞こえてるから従者君たち。
質素で悪かったな。
あんたたちの言う平民はこれが普通なの。
っていうか今の時代、家賃の要らない家があるだけいい方なんだから。
ムっと小鞠は表情を険しくすると、そんな彼女の様子に気づいたらしいシモンが従者へ鋭い一瞥をくれた。
「姫を愚弄するか?おまえたちといえど容赦はしないが?」
シモンの言葉に二人は控えるように口を噤む。
「失礼しました、姫。いろいろ質問はあるのですがまず最初に、あなたの名前を教えていただけますか?」
「小鞠……佐原小鞠です。質問ってあなたの求愛を断る理由でしょう?そんなの決まってます。異世界なんて行きたくありません。わたしは堅実をモットーに生きてるんです。父が亡くなってホステスになった母は、男をとっかえひっかえにするただれた生活を送ってました。それを見て育ったからか安定を好むようになりまして、えー、ですからはっきり言って異世界なんてわけのわからないところ無理です。堅実や安定からかけ離れていますし、人間これまで生きてきた階級で生きるのがいいんです。そちらの従者さんは王妃になれば贅沢三昧とおっしゃっていましたが、身の丈に合わない贅沢は人を堕落させるか破滅させるか……どの道ろくなことにならないんですよ。わたし、これでも来年からの就職先が決まっていましてですね。そこで数年働いて適齢期に結婚、もしくは、お局と呼ばれてもバリバリ男社会で働いて上を目指すか、っていう選択で迷っているところです。お局は独り身を貫く覚悟を固めなければいけませんが、まぁそこは社会に出て自分の実力を試してから見極めようと」
一人話をしていた小鞠はシモンたちが眉を寄せているのに気づいた。
あれ、こっちの社会制度理解できなかったかな、やっぱり。
コホンと軽く咳払いをして彼女はシモンへ目を向けた。