男の風上
「つまり要点だけ申し上げますとですね。堅実安定とおさらばして異世界で知りもしないあなたのお后様なんてなりたくありません、ということです。おひきとりください」
「ふむ、コマリ姫のおっしゃることも最もだ。確かにわたしという人間を知ってもらうほうが先決か。ではコマリ姫、こういたしましょう。しばらくわたしをこちらにおいてください」
「はぁ、なんで!?」
つい地が出てしまったがもうかまってなどいられない。
どうして自分が得体の知れない、しかも異世界人の男を家におかなきゃならないの。
「コマリ姫はわたしを知らないとおっしゃったじゃないですか。では知っていただこうかと――それからわたしの后になるかどうかの判断をしていただきたい」
「だから異世界には行きたくないんだってば~。諦めて帰ってよ」
「やっと見つけた愛魂の対となる女性を諦めたくはありません」
「あなたの好みはないんですか。その愛魂ってのが選べばなんでもいいんですか?」
「外見や性格のことですか?愛魂が呼び合う相手とは相性がいいのです。そこは心配ありません。それにコマリ姫のお姿は可愛らしいですよ。そこまで見事な黒髪ははじめてみました。瞳も限りなく黒に近くてつぶらで。わたしたちとは違って少し黄色がかった肌の色も美しい。まるで真珠のようだ。きっとその肌や髪ならどんなドレスも映えるでしょうね」
うっとりと小鞠を見つめて言うシモンに、彼女は思わず自身を抱きしめるようにして身を引いた。
良かったいま秋で。
夏の薄着の季節だったらどんな目で見られてたんだろう。
小鞠の警戒心のこもった様子にシモンはにっこりと笑った。
「ご安心ください、コマリ姫。無理やりなどそんな男の風上にも置けないような真似はいたしません。あなたの気持ちがわたしに向くのを待ちます」
だーかーらー話を聞けぇ!、と小鞠は叫びたくなった。
気持ちもなにも異世界に帰ってくれと言ってるのに。
シモンが腰を浮かしてテーブルを回りこみ小鞠の座るソファの前に跪いた。
彼女の手を取りその甲にキスする仕草をとる。
「予感がします、コマリ姫。わたしはきっとあなたの虜となるでしょう。そしてわたしを知ったあなたもそうなることを願います」
微笑むシモンに小鞠は引きつった顔で手を振りほどいた。
(この人の笑顔って心臓に悪い)
どっくんどっくん脈うつ胸を押さえ小鞠は再度帰ってもらうよう言ってみた。
しかしまたしても却下されてしまった。
そこへピピピピピと携帯電話のアラームが鳴る。
バイトの時間だとアラームを止めた小鞠は、3人の目が携帯に釘付けになっていることに気づいた。
「コマリ姫、それは?」
「携帯電話。遠くの人と話ができる機械。わたしはこれからバイトなので出かけます。休日は稼ぎ時なんです。で、その間におとなしく異世界へ帰っていてください」
異世界から后にお迎えにあがりましたなんて冗談じゃない。
ビバ堅実、安定職業。
誰が異世界なんかに行くもんか。
カバンを手に玄関まで出て行く小鞠の後をシモンはじめ従者がぞろぞろとついてきたため、彼女は背後を振り返った。
おっと、背が高いなぁ。
キスするとき首が疲れそう。
一瞬、思ったことは頭の隅に押しやり小鞠はシモンを睨んだ。
「ついてこないで」
「外界は危険かもしれません。バイトとやらへ向かうコマリ姫をお守りせねば」
「いりません。夕方には帰ってきますからおとなしく待っていてください」
あ、違った。
言うべき言葉は帰れだった。
けれど小鞠が言い直すよりも早く、シモンは満面の笑みを浮かべて彼女を腕に抱きしめる。
ぎゃあ、男の風上はどこへいったぁ。
「ここにいることを許してくださるのか。わかった。姫が望むのならここでおとなしくしていよう」
「「姫」ってやめてください。そんなガラじゃないんで」
「ではなんとお呼びすれば?」
「小鞠でいいです」
「コマリ」
ああもう、耳と尻尾が見える気がする。
ちくしょう、ちょっと可愛いじゃないか。
しかも22歳にもなって言うのもなんなんですが、男の人に抱きしめられるなんて初めての経験で、これは何というかすっごく照れるんですけどぉ。
硬直していた小鞠は数秒後に我に返り、なんとかシモンの腕から逃れると彼の足元を指差した。
「靴、脱いでください。日本じゃ家の中は靴を脱ぐんです。土足で動き回って汚れたところは掃除しておいてください。それからわたしが留守の間勝手に部屋の外へ出ないこと。そんなおかしな服装でうろついたらおまわりさんに職質されますからね。あと、誰が来ても応答しない。いいですか?」
くどくどと念をおす小鞠にシモンは靴を脱ぎつつ頷いている。
他に注意点とか伝えておかなきゃいけないことはなんだっけ。
昔読んだライトノベルで逆トリップ物とかあったかな。
ともかく文化も何も違うはずだからそこは要注意か。
「用をたすならトイレはそこ。タンク横のレバーを手前に引けば水が流れます。おなかがすいたら冷蔵庫から勝手に好きなものを出して食べていてください。えーとそれから、なんだかよくわからないものだったから、という理由で家の物を破壊するのはなしです。しゃべる箱や音のでる箱は機械というんです。高いんです。壊してたら即、異世界に帰ってもらいますからっ!では、……いってきます」
出かけの挨拶にいい言葉が思いつかなくて「いってきます」と言うしかなかった。
「はい、コマリ。気をつけていっておいで」
にっこり笑顔のシモンの背後で従者二人も「いってらっしゃいませ」と軽く目を伏せる。
うわぁ、なんなのこれ。
なんだかこそばゆいぞ。
人が家にいるのは2年ぶり。
そしてこんな他愛ない挨拶も2年ぶりだ。
扉を閉めて鍵をかけた小鞠は喝を入れるようにバチンと頬を叩くと、エレベーターに向かって駆けた。




