走れば間に合う
シモンが気づいた時にはコマリは店からいなくなっていた。
どれだけ引き剥がしても腕を絡めてくるミチルが微笑んで彼を見上げる。
「ミネ先輩もいないしぃ、二人で抜けたんじゃない?」
彼女の言葉を受けて周りの者が情報をくれた。
「あー、そういやミネ先輩ちょっと具合悪いって言ってたぞ。気づいた佐原が送ってったんじゃね?」
「コマちゃんってなんだかんだいいつつ世話焼きなんだよねぇ。優しいの」
確かにコマリはとても優しい。
だからソウの具合が悪いなら付き添うくらいはするだろう。
(オロフが護衛についているはずだから大丈夫か)
二人が消えてそう時間が経っていないだろうからいまから後を追えば追いつける。
突然、ぐい、と強く腕を引っぱられシモンはミチルに目を向けた。
「ねぇ、シモン君。わたしたちも抜けない?」
小さな声でそう言われたあと、腕に胸を押しつけられてシモンは思わず彼女を凝視していた。
視線が合うと意味ありげにふふと笑う。
自分もそこまで鈍い男ではない。
誘われているのだとわかった。
(思った以上に積極的なタイプだな。いや、酒が入っているせいもあるか)
性欲を満たすためだけに相手をするのもいいだろう。
が、それはこれまでの自分ならばの話だ。
もうコマリと出会ってしまった。
他の女をほしいと思わない。
「ミチル、わたしはコマリしか見えていないのだ」
シモンはやんわりと腕を引き離し、ムっとした顔になるミチルに言う。
「それにミチルはわたしを好きなわけではないだろう?」
その瞬間、彼女から小さく舌打ち交じりの声が聞こえた気がした。
「うっざ」
空耳か?と思うシモンに向かってミチルは変わりない笑顔をみせる。
「もうシモン君てば真面目なんだから。わたしはもっとシモン君と仲良くなりたいなぁって思ってるのにぃ」
「そうか。ではまた後日、場を設けることで許してもらえないだろうか。ゼミの後の教室ではどうだろう。なにぶんわたしは金を持っていないものでな」
「えっ嘘!?シモン君、いろんな服持ってたりするじゃない」
「ああ、それはアルバイト先の親切な客が――おそらく同じ服ばかりで見かねてのことだろうな。兄弟のお古だから気にするなと言ってくれるのだ」
コマリは「ブランド物のお古なんてある?」と呆れ顔だったが、シモンは日本には親切な者が多いと思っている。
「えぇー?……バイト、してたの?じゃ、じゃあいま着てる服とか持ち物って」
「これか?上着は今言ったように客からもらったもので他はスーパーで買ったのだ」
「スーパー!?信じらんないっ」
「本当だ。こちらの服がないわたしにコマリが買ってくれた」
コマリがくれた物だからとつい大切にして、最近はもらい物ばかり着ていたらなんだか彼女の機嫌を損ねてしまった。
今日、この服を着たらコマリの機嫌は直った気がするが。
「服がないってどんだけ貧乏よ……ありえない。金持ちの道楽で日本に来てるんじゃないの?」
ぶつぶつと呟くミチルにシモンは律儀に答える。
「いや、こちらに来てすぐに一文無しになったが?だからいまもコマリに世話になっている」
コマリの抱えた借金の返済に、持っていた金貨や剣は充ててしまったし、後から送金してもらった金貨も身分証がなく換金できないため、電車賃や昼食代など彼女に負担をかけっぱなしだ。
ミチルが顔を引きつらせウフフと愛想笑いを浮かべながら後退った。
「そ、そうなんだ。コマちゃんってほんと物好……優しいよねぇ」
「ああ、コマリは誰よりも優しい女性だ」
「そう~、だからシモン君ってコマちゃんに一途なんだぁ。うん、わかった。わたし、シモン君のこと応援する!その気持ちに打たれちゃった。頑張ってねっ!!」
ミチルが消えたのと入れ替わりにシモンの肩を叩く者があった。
振り返るとマサキたちが首を振っている。
「いやぁ皐月って実は遊んでくれちゃう女だったのか。こりゃ新発見。喜ぶ男多そうだな」
「馬鹿じゃん、シモン。なに自分から貧乏人だって暴露してんだよ。あれじゃ女は引くわ~」
ユウタがシモンの首に腕をかけて引っぱり声を潜めた。
「誘いを受けりゃよかったのに。俺たちなら佐原に黙っててやったぞ?」
マサキとタクトもうんうんと頷く。
「わたしはコマリ以外いらないのだ」
シモンの返答に彼らは「やっぱなぁ」と呆れ顔の中にも笑みを浮べた。
そのまま3人に店の外に連れ出されると背中を押される。
「んじゃ佐原のこと追っかけろ」
「駅わかるか?あっちだぞ。走れば間に合うんじゃね?」
「佐原のことだからミネ先輩んちまで送ってったりしそうだし、そうなったら先輩も男だからわかんねぇぞ?つれこまれっかも~」
タクトの言葉に顔色を変えて駆け出すシモンの後方で、「じゃーなぁ」と3人の声が聞こえた。
彼は意識を集中して愛魂が示す方角を探る。
本当なら胸から取り出した愛魂が流れていくのを追うほうが確実だが、こちらの世界では目立つことをするなとコマリに厳命されていた。
(電車に乗られてはどこへ向かったか探すのが困難に――ん、こっちか)
駅の方向とは違うがこれはどういうわけだろう。
近道なのかもしれないとシモンは速度を上げる。
腕を組む男女を追い越し周りにチラリと目を走らせた。
リクハルドに首飾りの機能を増やしてもらい、こちらの文字を読めるようにしてもらったが、休憩や一泊と書かれた看板がある。
(宿屋街か?)
そう思ったシモンだがあることに思い当たって足が止まる。
これはカッレラで言うところの花摘み宿のことではないだろうか。
(ではここは花街か?にしては花売りや揚屋などが見当たらないが)
日本は花摘み宿ばかりを集めてあるのかもしれない。
いやそんなことよりコマリはソウとこの中のどこかに……。
その想像だけでシモンは自分の血が沸騰するのを感じた。
拳を握り締めたせいで爪が掌に食い込む。
「シモン様」
聞き覚えのある声にシモンは弾かれたようにそちらを向いた。
オロフが駆け寄ってくる。
「オロフっ、コマリはどこだ!?」
「申し訳ございません。シモン様に伺った怪しい男を似にた人物を見かけて、そちらに気をとられている隙にコマリ様を見失ってしまいました」
「なっ……」
「おそらくはこの辺りのどこかの宿に――男のほうが気分が悪いとコマリ様をこちらに誘導しておりましたから」
オロフの言葉にシモンは焦って周りを見渡した。
こちらの世界の建物はたいてい二階以上ある。
しかも日本の花摘み宿はカッレラと比べても大きく階数もかなりあるようだ。
「一つ一つを当たってゆくわけにもゆかぬな」
いっそ愛魂を出して流れていくのを追うべきか。
このような緊急事態であるならばコマリも許してくれるだろう。
(いや、コマリはソウを好きなのだ。望んでソウについていったのでは?)
ならば自分は両想いの二人の邪魔をしているだけだ。
だからすごすごと引き下がるのか?
コマリの柔肌に他の男が触れるとわかっていて?
シモンは更に拳を握り締めた。
(例えコマリが望んでいるのだとしてもわたし以外の人間となど絶対に嫌だ!!)
シモンが顔をあげたところでいきなり足元が大きな音を立てて弾けた。
「シモン様っ!」
オロフがシモンを庇うように覆いかぶさるのと同時に二人の首飾りの守護魔法が発動した。
シモンとオロフの周りにまるで見えない壁でもあるように、黒い地が裂けて弾け飛んできた礫が阻まれる。
「シモン様、お怪我は?」
「大事無い。えらく頑丈な魔法壁だな。こんな間近で爆発が起きてもびくともしなかった」
「大砲を撃った音はしませんでしたが」
「大砲などではない――」
言いながらシモンは前方を睨みつけた。
オロフもすぐにシモンの視線を追い、
「シモン様。お逃げください」
彼を背に庇いながら前に進み出る。
声が届かないほど離れた距離にスミトがいた。
昼間と同じ服装で今はパーカーのフードを被っている。
スミトはシモンたちに笑顔を向けると側にある建物を指差してからくるりと背を向けた。
「オロフ、奴を追え」
「ですがシモン様をお一人にするわけには……」
「いいから行け。それにここにいては騒ぎに巻き込まれる」
周りでは「なに、今の~。ガス爆発?」と人が集まり始めている。
それを横目で確認したシモンは声を潜めた。
「奴がコマリを狙っているかもしれない。この騒ぎはわたしたちをコマリから引き離すためかもしれないだろう。だからわたしは彼女を探す。オロフは奴を捕まえろ。ただし深追いはしなくていい。おまえの身の安全を優先しろ。なにしろあいつは――」
シモンはゆったりとした足取りで歩くスミトの背をきつく見据える。
「魔法使いのようだからな」




