許容量突破
居酒屋に楽しげな声が響く。
だがその声は酒によってかなりボリュームが大きくそしてノリが軽い。
一人が店員に向かって手を上げたとたん次々に手が上がった。
「ハーイ、そこのかっわいいおねぇさ~ん!生ビールおかわりぃ」
「あ、わたし芋焼酎ぅ、この「下戸」ってのがいぃい~」
「俺、「竜王」。ポン酒だとこれが最高」
ああ、皆けっこう壊れてる。
ていうかうちのゼミ、お酒に強い人多いからなぁ。
いくら飲み放題とはいえ浴びるように飲むのはやめたほうが……。
小鞠は周りを窺いふと目を留めた。
「シモーン、おっまえつっよいなぁ!俺とはるなんて相当だぞ~」
「そうか?わたしはそう強い方ではないのだが……おそらくアルコール度数が弱いからだろう。それにしてもタクト、この日本酒というのはうまいな。わたしは「竜王」よりこの「一古路」というものの方が辛口でいい」
おまえもか、シモンっ!
さっきからいったい何杯日本酒を飲んでやがりますか。
しかも全く顔に出てないじゃないか。
(でも本当に強いのかなぁ。帰り道でフラフラになんないでよ?)
そして皐月満留。
「シモン君ってお酒好きなんだぁ。わたしもそれ一口ちょぉだい?」
さっきからやたらとシモンにベタベタしてますが。
(ミネ先輩狙いじゃなかったの?よくわかんないなぁ、彼女)
皐月さんに可愛らしく小首を傾げてちょうだいされれば、さすがのシモンもイチコロ……あれ、お酒あげませんよ。
というかあげたくないのか一気飲みしちゃいましたよ。
こどもですか、あなたは。
しかも「随分と酔っているようだからこれ以上飲まないほうがいい」と諭してます。
あれだけ飲んで頭は冷静なんだ、すごいな。
しかし皐月さんってば拗ねた顔もきゅるんとして女の子っぽいなぁ。
周りの男の鼻の下がありえないくらい伸びてる。
酒にそう強くないコマリはシモンと満留を観察しながら、テーブルの料理を手当たり次第にパクついて、う、と顔を顰めた。
かっらーい。
これ激辛キムチじゃない。
誰よ、こんなの頼んだのぉ。
涙目で小鞠はウーロン茶に手をのばし一気に煽る。
(あ、れ?これ待って――お酒?なんで!?ウーロン茶頼んだのに)
ウーロンハイになってますけど。
小鞠が気づいた時には遅かった。
コップの半分以上を飲んでしまっている。
「えぇ?コマ、なにわたしのウーロンハイとってんのぉ?あ、わたしがぁ間違ってたのかぁ。はい、コマのはこっちぃ。返すねっ」
いえ、返すねってそんな可愛く今更ウーロン茶を手渡されてもね。
(やっばい。思い切り飲んじゃった。たぶん、許容量超えた気がする)
小鞠は一定量を超えた飲酒をするといきなり酔っ払うという変な体質だった。
いつも飲み会ではその限界を見極めて飲んでいたのに。
(だめ!だめだめだめ。今日のわたしにはミネ先輩をフォローするという大事な役目があるんだから)
こうなったらウーロン茶をがぶ飲みしてアルコールを薄めてしまおう。
小鞠は手にしているウーロン茶を勢いよく飲んだ。
うう、おなかがちゃぷちゃぷになる。
「コマ、えらくいい飲みっぷりだけど喉渇いてるの?」
トイレにたった友達と入れ替わるように空いた席に座ってきたのは爽だった。
打ち上げが始まった時は近くに座っていたのだが、宴も酣になるに従いみんなの席が入り乱れて、離れてしまっていたのだ。
「ミネ先輩。いえ、ちょっと激辛キムチを食べてしまって。わたし辛いのは苦手なんです」
「そっか。それで涙目んなってんだ。うるうるして可愛いね」
か、かかか可愛いと言ってくださいましたか、いま。
しかもそんな笑顔つき。
(可愛いのはミネ先輩ですっ!やっぱりかっこ可愛い~)
ニヤつきそうな頬をおさえる小鞠は、
「――ところでコマ」
爽が声を潜めて顔を近づけてきたため、どぎまぎしながら耳を傾ける。
「そろそろここはお開きになるだろ?俺、2次会行きたかったけどやっぱちょっと無理っぽくてさ。足に来てんだよね。悪いけどコマ一緒に帰ってくれないかな?」
「い、一緒に?」
ミネ先輩と一緒に帰れるんですか。
あ、でも先輩、電車は何線なんだろう。
「駅まででいいんだけど。そっから電車乗って帰れると思うし」
「お供します」
「ありがとう。やっぱコマは頼りになる。あ、でもまさか彼一緒についてこないよな?」
爽に指でシモンを示され小鞠は「ついてこない」と言い切れなくて黙り込んだ。
(どうにか撒いてみようかな)
けれどシモンは愛魂でいつも自分がどこにいるか探し当ててしまう。
「満留があのまま彼にくっついてくれてるといいんだけど」
あ、その手があったか。
皐月さん、どうかシモンにへばりついていてください。
「それともコマ、彼に満留がくっついてるのが不満?」
「はい?」
「だってさっきじーっと二人のこと見つめてたからさ」
「ああ、それはシモンがお酒に強いなぁって思って――」
「それだけ?」
他に何があるというのか。
爽の言いたいことがよくわからなくて小鞠はきょとんと彼を見た。
「そろそろここはお開きの時間でぇーす!2次会カラオケっ。その次は小腹がすくからラーメン?はい、行くやつ表に集合~。帰るやつも表から帰る~」
酔っ払っているらしい幹事の一人が手を打って注意を引きそう皆に告げる。
「コマ、満留があいつにくっついてるうちに出よ」
爽が小鞠の手を引く。
「えっ、ちょ……ミネ先輩」
なんとかカバンと上着を掴んで爽についていく彼女は、一瞬シモンを振り返った。
が、彼は満留に組まれた腕を振りほどくのに気をとられているのか、こちらの様子に気づくこともない。
これなら撒く手間も省けるだろう。
(お金も持ってるみたいだし電車の乗り方も覚えたシモンなら一人で家に帰れるよね?)
いや今から駅に向かうのだから先輩が電車に乗るのを見届けたあと、駅でシモンを待っていればいいのではないか。
きっと愛魂を頼りに追いかけてくるはずだから。
そう思った小鞠はシモンから爽へと目を向けた。
彼に手をつながれるなんて初めてだ。
彼女の顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。




