愛魂が示す思い込み
やはり異世界の人間など受け入れ難いのかもしれない。
だがこればかりはコマリの気持ちを尊重して、おとなしく異世界に帰ることなどできないのだ。
「シモンはわたしが愛魂の片割れだから好きなだけですよね?」
「それはどういう意味だろうか?」
「え?意味って……だから、愛魂がわたしを示したからわたしを選んだんですよね?愛魂が違う人を示していたらその人を選んだでしょう?」
「そうだな。愛魂が別の女性を示していたらその女性の元へ行ったとは思うが――」
「じゃあそれって愛魂が示せば誰でもよくて、別にわたしが好きってわけじゃないんじゃ――というか、愛魂のせいでわたしを好きって思い込んでるだけじゃないですか?」
コマリの話を聞いていたシモンはやっとそこで彼女の言いたいことを理解した。
初めて会ったときも愛魂が選べばなんでもいいのかと尋ねられたが。
(あのときの説明では不十分だったか。未だに気にしていたとは)
どういえばこの気持ちがうまくコマリに伝わるだろう。
「確かにわたしたちカッレラ王国の王族は、魂の片割れに出会うと相手に好感を持つ。というか持ってしまうのだと思う。自分の魂と引き合う相手とは相性がいいとわかっているからだ。だがいくら相性がよく伴侶となるとうまくいくとはいえ、互いの努力なくしてそれはありえない。現にわたしの両親は魂の対となる夫婦だが、喧嘩もするしどうやら過去に別れの危機もあったらしい」
「え!?」
「それに魂の片割れに出会えなかったり相手を亡くした先祖も過去にはいた。そういう者は別の相手と結婚している。愛魂の示す相手が絶対というわけではないんだ」
「そう、なの?」
「そうだ。だが魂の対となる相手がわかるこの能力を持っていれば、会ってみたいと誰だって思うだろう?わたしはその思いが人一倍強かった。なんの確証もないが、昔から自分の半身となる相手をきっと心から愛するだろうと、盲目的に思っていたのだ。おかげで弟妹や従兄弟に、それは幻想だ夢だと散々言われた。相手は理想の塊でもなんでもなく、自分と相性がいいだけだから現実を知ったらがっかりすると……彼らの愛魂の片割れは同じ世界にいて、皆、既に出会っていたからああ言ったのだろうな」
「それ、正しいと思います。だってわたしはただの人――庶民ですよ。王子様のお相手ができるような人間じゃありません」
まるで目を覚ませといわんばかりのコマリの口ぶりがおかしくてシモンは笑っていた。
「けれど彼らは文句を言いつつも相手に出会えて楽しそうだった。わたしにはそれが羨ましかったのだ。そんなわたしもやっとコマリを見つけた。そして盲目的な思いは確証を得たのだ。わたしはこの先なにがあろうとコマリを愛してやまないだろうと」
「だからそれは思い込みだって――」
「魂の対であるコマリに最初から好感を持っていたことは認める。それを思い込みと言うのならそれでもいい。けれどコマリの優しさや思いやりを知ってさらに好きになった。わたしのことを迷惑に思っているだろうに面倒をみてくれて、わたしに腹を立てて怒っても突き放したりしない。コマリが時おり笑ってくれるその顔がどれほどわたしを嬉しくさせるか。拗ねたり照れたりする顔までもがどれほど可愛いか。――わたしの心に育ったコマリを想うこの気持ちまでは、どうか思い込みと否定しないでほしい」
シモンが「コマリ」と呼びかけると彼女はビクリと肩を震わせた。
顔が真っ赤になっているがこれはどういうわけだろう。
が、すぐに思い当たった。
(また照れているのだな)
その証拠に今度はこちらを向きもしない。
言葉を飲み込むコマリは態度や表情に気持ちが表れるようだと気づいてから、随分と彼女の考えを察せられるようになったと思う。
シモンはもう一度優しく彼女の名を呼んだ。
「コマリ――人を好きになるきっかけなど些細なことがほとんどだと思う。わたしの場合はそれが愛魂だったというだけのことだ。コマリがソウを好きになったきっかけも、きっと他愛ないことだっただろう?」
「なんでミネ先輩のことっ」
すぐに口をおさえたコマリはそれでもチラとこちらを見上げてきた。
「コマリがいまはソウを好きでもいつかわたしを見てくれるようになるまで側にいたい。――が、わたしも長くカッレラ王国を離れるわけにはいかないのだ。コマリが決めた一ヶ月はちょうど良い期間だろう。だから残りの日数、コマリに気持ちを伝え続けることを許してくれ。そのくらいしかわたしにはできないのだから」
彼女がまた困ったような顔になった。
いや、違う。
申し訳なさそうな顔だろうか。
(わたしの気持ちに応えられないから?)
本当にコマリはいつも人のことばかりだ。
そんなことは気にしなくていいのに。
今後、コマリの気持ちが大きく変化して、自分を見てくれるようになるかもしれないではないか。
「わたしはコマリを諦めているわけではない。むしろやる気になっている。どうやってコマリをわたしの虜としようかとな」
「と、りこって――いっつも恥ずかしげもなくそういうこと言うんだからっ」
コマリはフイとそっぽを向いた。
やはり拗ねてしまう仕草まで可愛らしい。
シモンは風に揺れる黒髪に触れたくて彼女の頭を撫でた。
艶やかで柔らかな髪はまるで絹糸のようだ。
コマリは驚いたようにこちらを凝視している。
いままでこんなふうに触れたことはなかったから当然だろう。
あまり過度な接触は彼女を怯えさせるとシモンは名残り惜しげに髪から手を離した。
「約束の一ヶ月後にコマリの偽りない気持ちを教えてほしい」
「……わかりました」
戸惑ったような彼女の返事にシモンはにっこり微笑んで手をさしだした。
「手、がなんですか?」
「祭を見てまわる間、手を繋ぎたい」
「い……やですっ!」
「どうして?腕を組んでほしいとは言っていないのに」
「それはもっと嫌です。できませんっ。絶対無理っっっ」
「もしかして恥ずかしい?」
うぐ、とコマリが黙り込みシモンを睨みあげた。
しまった。
図星を指して怒らせてしまったか。
「シモンの馬鹿っ!そういうデリカシーのないところ大っ嫌い!!」
ああ本当に、自分は相当彼女にまいっている。
怒られてもコマリがどうしようもなく可愛く見えるのだから。
大嫌いと言われているのにニコニコと笑うシモンに、コマリは余計に口を尖らせた。
「もう知らない」と歩き出す彼女を追って歩くシモンの後ろ姿はどこまでも楽しそうだった。
* * *
薄暗い部屋の中、ベルベットのクッションの上に置かれた水晶に黒髪の女の姿が映る。
髪によく似た瞳と象牙色とも真珠色ともつかない不思議な色をした白い肌もち、顔立ちもどこかこちらの人間と違う。
それはそうだ。
この女は異世界に住むのだから。
黒い地面や澱んだ空に鉄の塊が走り、天をつくほどの石の建物がひしめき合って夜でも明るいそこは、おそらく悪魔たちの住む世界だろう。
シモン様は愛魂の導きでそんな恐ろしい世界へ行ったが、きっとこの人型をした悪魔に惑わされておいでなのだ。
早く目を覚まさせてさしあげなくては。
女は悪魔とはいえ下等であるらしい。
それとも男をたぶらかす術に長けているだけなのか自分の魔法に気づく気配もない。
「……っ……はぁ」
唇から苦しげな息が漏れ、ポタリ、と冷や汗が水晶の側に滴り落ちた。
異世界に向けて魔法を行使するのはかなりの体力と魔力が必要だ。
一度、異世界の物を破壊するほどの魔法を使ったら、数日起き上がれなくなってしまった。
やはり上質の魔法石が一つきりで後は屑同然であれば、魔力増幅も不十分で仕方のないことだろう。
だが女を始末するために自分が弱って死ぬわけにはいかない。
シモン様がこちらにお戻りになった後まで見届けなくてはならないのだから。
おかげでいまは子ども騙しのような魔法で女を消そうと試みてはいるが、それでも体にこうまで負担がある。
しかも狙ったとおりにいかないのが腹立たしい。
震える手で痛む胸を押さえた。
前髪の間から陰鬱で澱んだ茶色の瞳が水晶を見つめる。
「消えろ……」
おまえなどシモン様にふさわしくない。
水晶に金色の光を纏ったかのような金髪の男が映った。
「シモン様……悪魔は必ずや葬ってさしあげます」
ツと指先が水晶を撫ぜる。
だがすぐに水晶の中が揺らぎ姿が消えた。
ああ、水晶で異世界を覗くだけでも力が抜けていく。
椅子の背にもたれ天井を仰いで大きく深呼吸を繰り返した。
もっと体力のある人間なら強力な魔法を使っても耐えられただろうに。
シモン様と同じ男であるのになんと情けないことだ。
窓に風があたり窓際にあったランプの明かりが揺らぐ。
同時に男の影も大きく動いてまるで生き物のように蠢いた。