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あなたの虜  作者: 七緒湖李
本編
100/161

未来を望む

魔法使い塔の寮区画まで魔法でクレメッティを運んだトーケルは、ペッテルとマーヤに案内された部屋の前で足を止めた。

「どうかしましたか、トーケル様?」

扉を見つめていたせいか、脇からマーヤが覗き込んでくる。


「いや、クレメッティの部屋に来るのは初めてだったと思ってな。ここだったのか」

「わたしは何度かあります。クレメッティが病気のときにお見舞いとか。ここって隣が監禁部屋ですもんね。一週間出られない部屋なんていったい誰が作ったんでしょう?他にもはずせない枷とか追ってくる鎧とか、呪いの研究をしている人がいるんじゃないかって、気味が悪いです」

怯えたようにマーヤが身震いしたが、ペッテルがやれやれとばかりに首を振った。


「単に悪戯だろ?全部魔法でどうにかできんじゃん。クレメッティは隣が空き部屋だから静かでいいって言ってたぞ」

「枷や鎧はどうにかできても、監禁部屋からは絶対出られないって聞いたわ。力試しで部屋に入って、衰弱死した魔法使いがいたらしいもの」

「よくある怪談話の一つだって。それよか聞いてくださいよ、トーケル様。クレメッティのやつ、見舞いに来たマーヤには礼を言ったそうなのに、俺が見舞いの品を持ってったときは、すんげぇ冷たく追い出したんですよ」

取り合わないペッテルに、むぅとした目を向けていたマーヤが、口を尖らせ仕返しとばかりに言った。


「それはペッテルが変な物をお見舞いに持ってったからでしょ」

「なにが変な物だよ。艶本には浪漫がつまってんだよ」

「ばっかじゃないの?」

ゲイリーに腹を立てていたはずの二人が、背後でやいのやいのと言いはじめた。

どうやら腹立ちはおさまったらしい。

はははと笑うトーケルが扉を開けて部屋の中に踏み込むと、宙に浮かぶ靄が後をついてくる。


部屋は新人王宮魔法使いが、まずあてがわれる質素なものだ。

広さもベッドと机でいっぱいになるくらい狭い。

衣類はベッドの下の抽斗におさまっているのか、部屋はきれいに片付いていて、クレメッティの几帳面さを表していた。

壁には玻璃の扉がついた申し訳程度の棚があり、魔法書や魔法石が並んでいる。


「マーヤは厨に行って、何か消化にいい物を作るよう頼んでくれないか?」

トーケルが頼むと、頷いたマーヤが足早に部屋を出て行った。

クレメッティにかけた魔法を解いてベッドに寝かせる。

雨と土で汚れた衣服は治療前に脱がされたのか、ガウンのようなものを着ていて、着替えさせる必要はないようだ。

ベッドに畳んであった寝巻きを、トーケルが机に置きなおしたところで、ペッテルが口を開いた。


「トーケル様、クレメッティが頭を強くぶつけていて、実はヴィゴみたいに重傷ってことはないですよね」

さっきまでマーヤと軽口を言い合っていたはずが、あれは虚勢を張っていたらしい。

友を案じる顔はとても辛そうだった。

「二人を診た王宮医師は王族つきの医師だ。ということは王国の最高医師だろう?誤診なんてことはないさ」

「でもこいつ、俺たちには隠してるけど調子の悪そうなときがあるし、体が弱いのかも……だったら人より体力もないはずです」

「隠してるってことは本人は平気だと思ってるってことだろ?おまえも信じてやれ。クレメッティは大丈夫だ」


「じゃあヴィゴだって大丈夫ですよね?」

見つめてくるペッテルの目が赤い。

「こいつとヴィゴとマーヤの三人で、俺の無実を証明するために、仕事の合間や休日に聞き込みをしてくれていました」

「そうか。いい友人たちだな」

「はい――俺、氷嚢を用意してきます。怪我のせいでクレメッティの奴、熱を出すかもしれないですから」

涙ぐんだのを隠すようにペッテルが部屋を飛び出して行った。

いまは一人になりたいのだろう。


トーケルはあらためてクレメッティの部屋を見回した。

必要最低限のものしかなく、しかも綺麗に片付いているため、室内はとても殺風景だった。

椅子の背もたれに厚手の綿布が、洗濯ばさみで止めて干してあった。

朝、洗面で使ったのだろう。

そんなことを考えながら彼は戸棚を覗き込む。

魔法書はかなり難易度が高いものだ。

書の前にいくつか並んでいる小さな魔法石は、流れる光が不鮮明で鈍く、そして現れる時間も短かった。


石自体は透明度が高いので、品質としてはそこそこの品だろう。

高度な魔法に挑戦したくて、実力もそうないのに魔法石を買った新人の頃の自分を思い出し、クレメッティも同じなのかと小さく笑う。

(けっこう向上心旺盛な奴だったんだな)

それにしてもまさか彼がこの部屋に当たっていたとは。

ここはトーケルが王宮魔法使いになって、最初に与えられた部屋だった。


リクハルドやグンネルとともに、若手の中で頭角を現すまでここにいた。

いろんな魔法を試して失敗もしたが、成功してそのまま残しているものがある。

ベッドの下に隠し空間を作ったのだ。

今より初々しかったグンネルに、艶本を何度も捨てられたせいで、絶対見つからない隠し場所をと、そんな馬鹿げた理由から空間魔法の精進をした。

そのことを知っているのは、王宮入りした当初から仲のいいリクハルドだけだ。


空間魔法は高等魔法だから、魔法を修得したあとすぐに部屋移動となって、結局は使わなかったが、後輩が気づいたら利用すればいいと思って残しておいた。

ベッドの抽斗を抜けば現れる隠し空間を、クレメッティは気づいているだろうか。

トーケルは机から椅子を引き寄せる。

音を立てないよう気を遣いながら腰を落とすと、ベッドにあるクレメッティの顔を見つめた。

怪我をして雨に打たれたからだろう。

いつもは白い肌がいまは青白い。


(体が弱い、か)

ペッテルの言葉が頭に浮かんできて、彼は考えるように腕を組んだ。

仕事で無理をすると調子を崩し、時に熱を出す。

神経質なところがあり、王宮に上手く馴染めないストレスのせいかと思っていたが……。

魔力があってもそれを収めている体が脆くては、いずれ魔法使いとしての限界が来るはずだ。

脆弱な肉体を守るため、運動を制限するのと一緒で、魔法を使うこともやめておかねば、命が危うくなる。


クレメッティが周りに気づかれないよう、体調が悪くても隠しているというのは、王宮魔法使いとして生きたいからだろう。

彼の気持ちを尊重してやりたいが、無理がたたればどうなるかわかるだけに見過ごせない。

体の傷が癒えたら、折を見て魔法使いとして生きる道を考え直すよう話してみようか。

(未来を諦めろと言えるか?俺に)

自分と同じように、魔法使いとしての高みを目指して努力している相手に、他の道があると言えるのか。


トーケルは首を振って腕を解いた。

クレメッティの体がどれほど弱いのかわからないうちから、あれこれ考えるのはやめておこう。

案外、さほど気にするようなことはないのかもしれない。

「早く元気になれ」

そしていったい何があったのか教えてくれ。


誰に狙われたのか。

(俺が仇をとってやる)

クレメッティを見つめるトーケルの目に、決意するような光が浮かんだ。






* * *





シモンはまだ現場検証をしているのだろうか。

王族塔に戻り、部屋でシモンを待つ小鞠は、帰りを待ちわびるように扉を見つめた。

外はもう暗い。

倒れたサデ以外の侍女たちが着替えて戻ってきたため、ジゼルには魔法使い塔に帰ってもらった。

ヴィゴやクレメッティに変化があれば、すぐに知らせてくれるよう頼んである。


「コマリ様、お茶とお菓子をお持ちいたしましょうか?」

「え?ううん、いまはいいわ。ありがとう」

控えていたエーヴァが尋ねてきたのを断ると、侍女たちが目を見交わした。

なんだろう?

思ったところで、再びエーヴァが言った。

「ですが、ご夕食をあまり召し上がっていらっしゃらないでしょう?」

「昼間のことが気になっているせいかお腹が減っていないの」

「お気持ちはわかりますが――」


そこへ扉が開いてシモンが部屋に入ってきた。

小鞠は思わずソファから立ち上がる。

近づく彼が普段とは打って変わり、とても厳しい顔をしていたからだ。

「シモン?なにかあった?」

様子が気になって尋ねても何も言ってくれない。

小鞠に不安が広がった。

侍女たちもじっとシモンを見ている。

「シモン?」

小鞠を見下ろしていたシモンは、エーヴァたちに目を向けた。


「おまえたちは下がって……いや、隠しておけるはずもないな」

青い目が小鞠に向き直る。

たったそれだけのことで不安が大きく膨れ上がった。

「コマリ、ヴィゴは長き眠りに入った。だから会うことは叶わない」

小鞠は一瞬眉を寄せ、言葉の意味を理解して息を呑んでいた。

スサンが口を覆い「サデになんて言えば……」と呟くのが耳に届く。

何か言おうとして声にならないまま、唇が震えているのが自分でもわかった。


城下で一緒に食事をしてヴィゴとは顔見知りなった。

彼は王宮でどれだけ遠く離れていようと、会えば足を止めて目礼してくれていた。

こちらが気づいていなくても必ず。

最初見たのは偶然だ。

あるとき、目の端に動きを止めた人物に気がついて、誰かと目を凝らせばヴィゴだった。

小鞠が通り過ぎるまで動かない。

そんなことが何回かあって、小鞠はやっと、ヴィゴはいつも自分に礼儀を尽くしてくれているのだと知った。


一度、気づいた印に手を振って見せれば、困った様子になったので、あれ以来やめてしまったが、苦笑ともつかない笑みを微かに浮かべて目礼したヴィゴを、とても感じのいい人だと思った。

ふわふわとしたサデとお似合いな気がして、二人が上手くいけばいいと応援していたのに。

ポロ、と小鞠の目から涙が零れ落ちた。

そのあとは堰を切ったかのように流れてくる。


「エーヴァたちは下がれ」

「待って、エーヴァ。サデには――」

「サデにはしばらくいとまをやることにした。ヴィゴを想っていたのはわたしも知っている。知らせるべきだと思ったのだ。最初は取り乱したが、送り出すヴィゴに付き添いたいと申したから許した。ヴィゴのことは急がねばならなかったため、コマリに断りもなくサデの付き添いを許す勝手をした。すまない」

なぜそんなに急いだのかと言いかけて、腐敗を防ぐためかと気がついた。 


「サデはヴィゴを追ったり……」

「それはない。サデは見かけよりも気丈であった」

「ほんと?じゃあ王宮に帰ってくるよね?」

頷くシモンに笑おうとしたができなかった。

泣き顔を見せまいとうつむくと、背中に腕がまわされ引き寄せられた。

侍女たちが静かに部屋を出て行く。


「コマリ、当分の間は王族塔を出ないでほしい。今日のことは、舞踏会で毒を盛った犯人のせいかもしれないのだ」

「どういうこと?」

驚いて顔をあげれば、シモンが先ほどのように顔つきを厳しくしていた。

「ヴィゴとクレメッティは犯人の手を見ただけだが、姿を見られているのではと疑った犯人に、襲われた可能性がある。そして今日のことは日中、庭師の物置小屋で起こったのだから、相手は王宮内に入り込める人物ということだ。だからコマリはなるだけ王族塔内で過ごして、魔法石も絶対にその身から外さないでほしい」

左腕にある腕輪を確認するように持ち上げられた。


魔法のかかった腕輪は、他人には外せないようになっていたが、小鞠が外したいと願うと簡単に輪が広がって抜け落ちる。

「わかった。外さないし部屋にいるようにする」

「カッレラは平和だと言ったはずが、怖い思いをさせてすまない」

ふるふると首を振る小鞠の髪にシモンがキスをしてくる。

おとなしく身を預けた彼女が瞬くと、涙が頬を滑り落ちた。


舞踏会での事件でわかったことがある。

口にすまいと思っていたけれど、こうして優しくされると余計に、心に棘のように刺さるそれを尋ねずにはおれなかった。

「ねえ……舞踏会の騒ぎは、わたしがシモンの相手に相応しくないって、思ってる人がいるからだよね?」

「馬鹿を言うな。舞踏会では多くの者が祝福してくれたではないか。仮に反対する者がいたとしても、わたしが后に望むのはコマリだけだ」

背にまわされた腕に力がこもった。


「コマリ、カッレラに絶望してくれるな。頼むから日本に帰りたいと望まないでくれ」

いきなりなにを言い出すのかと彼を見上げると、青い瞳と視線が合った。

そっと触れてくる手に、頬を撫でられる。

「ジゼルに聞いたのだ。コマリが郷愁にかられていると。わたしに心配をかけまいと黙っているのではと案じて教えてくれた。少し前、コマリは病気で亡くなった父君のことを話していたな。あれは日本のことを思い出して、父君のことを懐かしんでいたからではないか?コマリ、我慢をしないで、わたしに気持ちを見せてほしいと以前言っただろう。わたしでは、帰りたいと願う気持ちを取り除くことはできないだろう。でも寂しさを和らげられるようコマリを笑わせる。力になれるよう支える。だからわたしの側にいてくれ。お願いだ」


せつなげな声に乞われ、奪うように唇を塞がれた。

最初からこんなに激しく求められたことがない。

唇が離れ、息苦しさに喘ぐように空気を吸う。

しかし息が整う前に、すぐに口づけられる。

そんな事を何度も繰り返すうち、立っていられなくなった。


こんなときなのに体が火照るのか。

それともこんなときだから、求め合うのだろうか。

ああだけど、簡単にぐずぐずになる姿をシモンに見られるのは……。

恥ずかしさに顔を背ける小鞠を、シモンは逃がしてくれなかった。

抱き上げられ寝室に運ばれる。

ベッドで覆いかぶさってくる彼の手が、視線を泳がせる小鞠の頬を挟んだ。

じっとこちらを覗き込んでくるくせに、何も言わない。

そのときになってやっと彼女は、シモンが返事を待っていると気づいた。

そんな不安な顔をしなくていいのに。


「日本を懐かしく思っても、帰りたいって思ったことはないから」

「本当か?」

「シモンと離れることの方が嫌って前に言ったわ。忘れたの?」

思い出したのかシモンの顔に少し笑みが浮かぶ。

「あのときわたしは、キクオとカンナにコマリを守ると誓ったのだったな。二人に恥じるようなことはしたくないが、コマリをこのように泣かせてしまった。きっと彼らに怒られてしまう」

顔を近づけたシモンがまたキスをしてきた。

熱い吐息とともに唇を舐められ、受け入れるように口を開くと、一気に口づけが深くなった。

口づけは狂おしく濃厚で、すでに火照り始めていた体は、簡単に蕩け始める。

二人の息遣いが興奮に高まり荒くなっていた。


青い瞳に情熱が浮かんでいるのに、肌に感じる手はまるで宝物に触れるようにどこまでも優しい。

こんなふうにいつまでも、シモンの優しさに気づける人でありたいと思う。

そして自分も彼に優しくありたい。

シモンの頬に手を伸ばすと顔をあげてくれた。

「大好き、シモン」

「ああ、わたしもコマリが大好きだ」

「愛してるわ」


嬉しそうに笑ってくれる彼が、どうしようもなく愛しい。

シモンを引き寄せ、自分から口づけ舌を絡ませる。

今日は離さないで。

朝までずっと抱きしめていてほしい。

「コマリ、愛している」

小鞠から仕掛けたはずのキスは、こう言ったシモンに、簡単に主導権を奪われた。



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