見えない犯人
シモンが魔法使い塔へ駆けつけたとき、嵐のような雨は上がり、あたりは茜色に染まっていた。
彼の背後には側近のテディが従う。
執政塔まで報せを持ってきたオロフに案内された部屋の前には、様子を窺うように仕事休みの王宮魔法使いたちが集まっていたが、シモンに気がつくと道を空けるように壁際へ控える。
上がりかけの小雨に濡れた髪をかきあげ、シモンが重厚さを感じさせる木の扉を開けて中を見回すと、侍女に囲まれて椅子に座るコマリの姿があった。
髪が濡れているのは雨に打たれたためだろう。
コマリは侍女たちとともに布に包まっていた。
「コマリ」
呼びかけると、小鞠が弾かれたように立ち上がって駆けてきた。
シモンは腕の中に彼女を抱きしめた。
青い顔をしているのは冷えたためか。
体を温めるように背中を撫ぜ、生乾きの髪に頬を寄せる。
「あの雷雨の中、怪我人のために医師を呼びに出たと聞いた。なんと勇敢な」
「わたしだけじゃない。皆で力を合わせて二人を助けたの」
コマリの視線が並ぶベッドへ向けられた。
彼女に倣って、ベッドに目を向けたシモンは、そこに眠る二人のことを知っていたため、怪我人が彼らであったことへの驚きと、同時に、その痛ましい様子にわずかに眉を寄せた。
ベッドの周りに医師と助手、そして他に、血に染まる布を片付ける騎士二人とジゼルが居た。
緊急事態のため急遽、応接室にベッドを運び込んだようだ。
端に寄せられたテーブルと、ソファにはサデが横たわっていた。
「気を失ったんだって。運ばれてきた怪我人の一人がヴィゴだったから」
シモンの視線がソファに向いたことで、コマリが説明する。
無理もない、と彼は再びベッドへ目を向けた。
食事会で見たおり、サデはヴィゴを好いていたようだった。
その彼が、いまは頭から左目にかけて包帯を巻き、いつもの溢れるほどの精気が全く感じられないのだ。
それはどれほどの恐怖だろうか。
隣のベッドにあるクレメッティも、頬に大きなガーゼを貼っていた。
「クレメッティよりヴィゴのが重傷だって――治療中、すごい血でね……」
コマリの瞳に涙が滲んだのがわかった。
肩に顔を押し付けてくる彼女の背を、安心させるように叩く。
シモンは二人の容体が気になって医師へ問うた。
「庭師が使う物置小屋で起こった事故と聞いたが……二人はどうだ?」
医師はまず、クレメッティに目を向ける。
「はい。煉瓦で打ったらしい腕は腫れておりますが、折れてはおりません。あとは頬の怪我と他に擦り傷がある程度です。……しかしこちらの彼は運悪くまともに煉瓦を――」
そこへバンと扉を開けて人が飛び込んできた。
「ヴィゴとクレメッティが怪我したって!」
「ペッテル、まだ治療中だから騒いじゃだめ」
ペッテルに追いすがるようにしてマーヤが彼を止める。
が、二人はシモンとコマリの存在に気づいて、ハッとしたように立ち尽くした。
濡れたコマリや侍女たち、そして護衛騎士を見たペッテルが、
「まさかコマリ様たちが二人を……?」
と独り言のように呟く。
「ペッテル、怪我をした二人の傷に障る。そう騒ぐな」
「申し訳ありません。取り乱しました」
シモンの言葉にペッテルが控えたところで、扉からまた慌しく人が入ってきた。
リクハルドとトーケル、そしてグンネルだった。
そのあとにスミトとゲイリーが続く。
魔法使い塔にいた魔法使いから事故の連絡を受けたのだろう。
彼らはベッドを見つめて厳しい表情になった。
「クレメッティは大丈夫だ。しかしヴィゴの怪我がひどいらしい」
遅れてきた者たちにそう言って、シモンが医師を見つめると、医師は途中であったヴィゴの怪我の説明を始めた。
「庭師が使う倉庫で煉瓦の下敷きになっていたと伺いました。打撲はもちろん、頭部裂傷、腹部にも刺し傷が――剪定用の鋏が側にあったということですから、煉瓦に置いてあったものが、崩れたときに腹に刺さったのではないかと思われます。傷口は縫合しましたが出血がかなりありました。また左目は眼鏡が眼球を傷つけていれば、失明しているかもしれません。……予断を許さぬ状況です」
医師の話を聞くコマリがシモンの服を強く握り締めてくる。
「それはつまりヴィゴが危ないということか」
踏み込んで尋ねるシモンに、医師は言葉に詰まりながらも結局は頷いた。
皆が黙り込む中、泣くのをこらえるように口を覆ったマーヤが、ペッテルに寄りかかった。
小さく嗚咽が聞こえてくる。
「なぜこのようなことが」
苦くもらすシモンにオロフが言う。
「事故の直前、この近くに落雷があり、轟音とともに地面が揺れたように感じました。小屋の内部は一部、煉瓦で間仕切りをしてありましたので、おそらく落雷のあったときに、衝撃でもろくなっていた部分から、一気に崩れてきたのではないかと」
そのような不幸な事故が起こり得るのか?
張り詰めた空気を破るように、ほんわかとした穏やかな声が響く。
「みんなそないに辛気臭い顔しな」
スミトだった。
「とりあえずクレメッティ君は、ヴィゴ君と部屋をべっこにしたほうがええんちゃうか?目ぇ覚ましたときヴィゴ君見てびっくりするやろうし、軽傷やった自分を責めてまうかもしれん。そしたら良うなるもんも良うならんやろ」
「それがいいだろうな。もしものときもクレメッティが完治するまで隠し通せる」
同意するようにゲイリーが言ったとたん、目を剥いたペッテルがゲイリーに飛び掛った。
「もしものときってなんだよっ!」
「医師の話からわたしは最悪の場合も想定しているだけだ」
ペッテルに胸倉を掴まれても顔色を変えないゲイリーに、マーヤまでもが真っ赤な目を向け非難した。
「よくそんな血も涙もないことを言えますね」
「わたしは彼ら二人とは顔見知り程度だ。運が悪かった、ぐらいにしか思えん」
ペッテルとマーヤがさらに気色ばむ。
彼らの遣り取りを見て何かを言いかけたグンネルの肩を、トーケルが押さえ首を振った。
彼女の顔が不本意そうに歪んで、それでも黙り込む。
シモンはそんなグンネルの様子に違和感を感じた。
いつもの彼女であれば烈火のごとく怒っていてもおかしくないはずだ。
それにトーケルたちの側にいるリクハルドの、スミトとゲイリーを見つめる眼差しが、恐ろしく冷ややかなのも気にかかる。
「ゲイリーさん、それ以上は黙って」
硬い声音はコマリのものだった。
体が震えているのは怒りからだろうか。
コマリはゲイリーを睨みつけていたが、やはり彼は表情を変えなかった。
しかし口は噤むことにしたようだ。
ペッテルが忌々しげにゲイリーの服を離した。
「スミトの言うようにクレメッティは別室へ移すほうが良いな。魔法で傷に触ることなく移動させられるか?」
近くにいた三人の王宮魔法使いへシモンが問うと、トーケルが素早く動いた。
クレメッティの体が浮き上がり、靄でもかかったように姿がぼやけた。
目晦ましの魔法で姿を隠したのだろう。
ゆっくりと靄が部屋を泳ぐのを追うトーケルは、扉をくぐりしな、
「ペッテル、マーヤ。おまえらも来い」
と顎をしゃくってぶっきらぼうに後輩を呼ぶ。
いつも陽気な彼には珍しい態度だ。
グンネルを止めた彼もまた、ゲイリーの言葉を不快に思っているのだろう。
名を呼ばれたペッテルとマーヤは顔を見合わせ、シモンとコマリに目礼すると、トーケルの後を追って部屋を出て行った。
「わたしは事故現場を見に行くが、コマリは先に王族塔へ戻っておいで」
シモンの言葉に、一瞬ベッドを見たコマリであったが、自分にできることはないと悟っているのか、素直に頷く。
そして心配そうにサデを窺った。
「サデを部屋まで運ばないと。それに雨に濡れた人たちは服を着替えなきゃ。いくら夏でもこのままじゃ風邪をひくわ」
つい、とグンネルが進み出た。
「コマリ様、サデはわたしが魔法で運びましょう。彼女の部屋までは、着替えに戻るエーヴァたちに案内してもらいます」
侍女の三人が了承するように頷いた。
「じゃあ、わたしがエーヴァたちの代わりにコマリに付き添うわ」
ジゼルが手をあげる。
オロフたち騎士もコマリの護衛を務めるべく動いた。
「護衛はいい。オロフたちも着替えるのが先よ」
こう言ったコマリに向かって、オロフは首を振る。
「このくらいで風邪を引くような鍛え方はしておりません」
二人の騎士もオロフと同じ意見のようだ。
「ではオロフは残れ。わたしと現場へ来てどういう状況であったのか説明して欲しい」
「わかりました」
そのときふと、コマリが何かを思い出したらしくスミトを見た。
「澄人さん、おぼ――」
「ああ、うん。現場検証にはボクかてついてくよ。心配せんと小鞠ちゃんは部屋でゆっくり休んどき」
彼のふにゃりとした雰囲気はこんなときでも人を和ませる。
スミトの様子にコマリが、やっと少し表情を和らげた。
コマリがジゼルと共に騎士たちと去り、グンネルもサデに魔法をかけ、侍女三人と部屋を出て行く。
シモンは医師たちに向き直った。
治療のときに血を受けたのか服が汚れている。
「おまえたちも着替えに戻ってはどうだ?」
ヴィゴの脈を見ていた医師が顔を上げ、ベッドを離れた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。薬が足りませんし替えの包帯も必要となりますから、急ぎ着替えて持ってまいりましょう。ただ正直に申し上げますと、あとは彼の生命力に賭けるしか……」
言葉を濁す医師に「わかった」と返事をする。
「彼らが席を外す間、わたしがヴィゴについています」
リクハルドが申し出る。
医師たちは急ぎ足で部屋からいなくなった。
部屋に残っているのはベッドにあるヴィゴの他、シモンとテディとオロフ、そしてリクハルドとスミトとゲイリーだ。
シモンが事故のあった現場に行こうとしたとき、突然、宙に狐目の男が現れて、床に降り立った。
(スミトの精霊?)
確か名前は「オボロ」といった。
精霊のことは隠しておきたいと、舞踏会があったあとに、スミトから口止めを頼まれたように思うが――。
そういえば先ほどスミトは、コマリがなにか言いかけたのを遮っていたが、あれはこの精霊の名を言いかけていたのではないだろうか。
そう感じてスミトに目を向けると、彼は溜め息混じりに頭を掻いた。
「「精霊憑き」て言われんのが嫌やって、小鞠ちゃんに口止めしててんけど、それ、忘れてしもたんやろなぁ。お医者さんらに朧のことがばれるとこやったわ。それでのうても緊急事態で、エーヴァちゃんたち侍女の子らや、護衛官に朧を見られてしもてるし……全員味方やったらええんやけど」
瞬間、リクハルドがスミトに目も向けず、冷たく言い放った。
「エーヴァのことはグンネルがとても信頼している。敵であるはずがない。それにエーヴァがコマリ様の侍女となったのは偶然だ。そしてそんなエーヴァが選んだドリスたちも同様といえる。護衛官はオロフが仲間の騎士団員から慎重に選んだと聞いた」
先ほどから気になっていたが、やはり何かあったらしい。
険悪な雰囲気に、シモンがテディとオロフの二人を見たが、彼らもわからないのか小さく首を振るばかりだ。
(喧嘩か?)
しかしリクハルドとてそれを隠せるくらいには大人だろうに。
そうしないのはよほど腹に据えかねているからだろう。
「信頼とか慎重とかが、味方やっちゅう根拠にはならんねんけど」
苦く笑うスミトの言葉が癇に障ったのか、リクハルドが鋭くスミトを睨みつけた。
「そう睨まんといて。トーケル君も機嫌悪そうやったし、やっぱりきみらグンネルちゃんの友達やなぁ。似た者同士、友達思いの熱血漢や。やのにゲイリーがペッテル君ら怒らせたとき、よう我慢して黙っててくれたわ」
「相手を怒らせて反応や出方を見るのはよく使う手だ。ただおまえたち二人の連携を見るだに、人を謀ることに、あまりに慣れているようでぞっとしたがな。きっと表情一つ変えないで嘘をつけるのだろう」
スミトは「痛いとこついてくるわ」と首を撫でつつ、小さく息を吐いた。
「ボクもゲイリーも、基本、味方は自分だけっていうような組織におってん。そこで染み付いたもんは簡単には消えへん」
だからなんだというように、リクハルドの目は冷たいままだ。
スミトはもう一度溜め息を吐いた。
「あんな、そんなボクらが、小鞠ちゃんが誰かに狙われてるって聞いて、しかもシモン君と小鞠ちゃんの祝賀会もかねた舞踏会をぶち壊す毒物騒ぎを、目の当たりにしたんやで?敵味方の選別が必要やと思てもしゃあないやろ。きみらがテディ君とオロフ君みたいに、シモン君のお供として日本までくっついてきてたら、信用できてんけどな。もしテディ君とオロフ君が敵やったら、日本でいくらでも小鞠ちゃんを始末できたやろし……まあ、こっちを信用させるために、あえて手ぇ出さんかったんかもしれんけど」
今度はオロフの目つきが険しくなったが、一緒に名前の挙がったテディはまるで気にしていない。
「怒るなオロフ。こいつらはこうやってこちらの反応を見てるんだ」
テディの小声にオロフが、
「わかっていても疑われるとな」
と漏らしたのが、シモンの耳に届いた。
そんなテディとオロフの遣り取りをよそに、気がつけばリクハルドの様子が、先ほどより険悪になっている。
「いまの言葉で余計に確信した。本当におまえたちは上っ面でわたしたちと親しくしていたんだな。味方か否かと、腹の底では探っていたわけだ」
刺々しい態度にとりつく島がないのかスミトが困った様子になった。
代わりにゲイリーが口を開いた。
「心外そうだが、カッレラ王国もわたしたちに同じことをしただろう。魔法使い塔の一室に有無を言わせず軟禁した。わたしたちが王国に害を成す存在かもしれないと疑っていたのだろう?グンネルに聞いたが?」
冷静な切り返しにリクハルドが言葉に詰まる。
「こんなん言うたら機嫌とってるみたいやけど……リクハルド君らを疑ってんのん、ボクも心が痛まんわけやなかったで。きみらホンマにええ人やったしな。ボクだけやない。ゲイリーもそない思てる。こいつは顔に出さんけど付き合い長いからわかんねん」
じろ、とゲイリーがスミトを見た。
けれど否定はしなかった。
「ヴィゴ君とクレメッティ君が怪我したって聞いたきみらが、二人のこと心底心配してる姿を見て、舞踏会の騒ぎ起こした奴とちゃう、味方やて確信した。やからボクらが何をしてたか話したんや」
ここまで成り行きを見守って、じっと話を聞いていたシモンだったが、最後の台詞が気になって、さすがに尋ねずにはおれなかった。
「スミトとゲイリーは、二人で何かしていたのか?」
このときになってやっと、リクハルドはシモンの前であったことを思い出したように、姿勢を改め控えた。
「ああうん。舞踏会からこっち、朧に見張りを頼んでてん」
スミトがオボロを見る。
「見張り?」
「こいつは変化が得意でな、探索や張り込みに向いてんねん。舞踏会の事件で疑わしいと思われてる者を見張らせてたんや」
「それはペッテルのことか?」
「他に犯人の手を見た子らもな」
「ヴィゴとクレメッティ?」
シモンが名を挙げるとスミトがベッドのヴィゴへ視線を向けた。
「二人が見たっちゅう手な、ホンマはゲイリーも見ててんて」
その台詞に誰もが驚いてゲイリーを見つめた。
リクハルドも瞠目していることから、先に話を聞いているという彼も、知らなかったのだろう。
「ではゲイリーはあのとき、犯人を見たのか?」
「いいや。わたしも一瞬手を見ただけだ。けっこう酔っていたし、そう気にもしなかったから特徴などなにも覚えていない」
「どうして黙っていたのだ」
「自分の身を守るためだ。さきほどスミトも言っただろう?味方は己だけ。そういう組織の中で生きてきたからな。あらぬ疑いや面倒ごとを避けるため余計なことは黙っている。癖のようなものだ」
なんという殺伐とした生き方をしていたのか。
コマリとジゼルは彼らのような疑心に満ちたところはない。
そのことから推察するに、おそらく人としての性質は、こちらの世界もあちらの世界も似たようなものだろうに。
(健康な心根が腐っていくような……魔法協会とは恐ろしい組織だ)
スミトが逃げたがったわけだ。
そして手違いであったとはいえ、こちらに来たゲイリーも帰ろうとはしないのは、心のどこかでスミトと同じことを思っていたからかもしれない。
「二人がいまは信じれる者が増えているならそれでよい」
シモンの言葉にスミトはいつもの気の抜けるような笑みを浮かべ、ゲイリーもわずかに口の端を持ち上げた。
「朧に三人を見張らせたんは、犯人に接触する可能性が高いと思ったからや」
「彼らが?なぜだ」
首を傾げるシモンの問いに、スミトが「悪人的思考がまったくないんやなぁ」と困ったように漏らす。
ゲイリーが引き継ぐように答えた。
「もしわたしが犯人ならば、毒入りの惚れ薬をペッテルの持つ器に入れたとき、彼に気づかれなかったかと考える。手を見られてしまったが、本当は姿まで見られてはいなかったかと疑う。安心を得るために口を塞ごうとするだろう」
「では今日のことは、舞踏会の犯人が口封じのために彼らを狙ったというのか?」
ゲイリーは無言だったが、その可能性が高いと思っていることは顔を見ればわかる。
事故ではないと言い切れる情報を、スミトとゲイリーは掴んでいるのだろうか。
そういえばヴィゴとクレメッティが犯人の手を見たということは、事情聴取とそのあとにあった、父王や臣との評議の席にいた者しか知らない話だ。
(では犯人があの中にいたということなのか?)
いや、人の口に戸を立てることはできないから、誰かが漏らしたとも考えられる。
コマリが暗殺者に狙われていることも、どこかから漏れたのか、いつの間にか重臣たちが知っている風で、だからこそコマリに護衛をと彼らは口煩くなったのだ。
顎に手をやり考えていたシモンは、ちらとスミトの精霊を見た。
(オボロはヴィゴとクレメッティを襲った犯人を見ていないのか?)
シモンがそれを尋ねるより早く、拳を震わせたリクハルドが、我慢できない様子でスミトとゲイリーを睨んだ。
「狙われていると知っていながらなぜ黙っていた。おまえたちが忠告してくれてさえいれば、あるいはヴィゴとクレメッティの二人は――」
「ボクら、疑うことに慣れすぎてんねや。考えうる可能性の中で、より最悪な状況はって思てまう。例えばヴィゴ君とクレメッティ君が共謀して、舞踏会でペッテル君を陥れたんやないかって。もっと他にも仲間がおれへんか?……そんな風にな」
リクハルドが「なるほど」と低く言う。
「その仲間がわたしやトーケル、グンネルかもしれないと思っていたわけか。それで?その場合わたしたちがペッテルを陥れる動機はなんだ」
「いや、ペッテル君は不幸にも犯人仕立て上げられただけの被害者でな?小鞠ちゃんがシモン君のお后様になるのを反対してる一派が、祝宴をぶち壊そうと企んであの騒ぎを起こし――」
「殺すぞ」
殺気混じりのリクハルドのドスのきいた声に、スミトは言葉を続けられなくなったようだ。
シモンは、リクハルドが人に「殺す」と言ったところなど、初めて見た。
慇懃で丁寧な彼は粗暴な印象からは程遠い。
しかし今は怒りが振り切れたせいだろう。
人格まで変わって見えた。
「わたしを侮るのも大概にしろ。シモン様とコマリ様のお二人を裏切るような真似は死んでもしない。もちろんおまえたちが疑っている王宮魔法使い全員もだ」
怒りに燃える緑の目に睨みつけられたスミトが、何かを言いかけたが、結局諦めたように床を見つめた。
「スミトとゲイリーの推察どおり、庭師の小屋のことは事故ではないとするなら――オボロは二人を襲った犯人を見たのか?」
スミトの側におとなしく立っていたオボロは、シモンが名前を出すとクイと顔をこちらに向けた。
黄色の瞳の中で瞳孔が縦に細くなる。
獣じみたその目は鋭くも美しく、何もかも見透かしているようだ。
グンネルに憑く守護精霊のモアを知っているシモンだが、スミトが「式」というオボロは精霊ともまた違う感じがした。
話をするし、何より触れられる。
精霊より妖精に近いのかもしれない。
「いいや、朧は犯人を見てないねん」
「見ていない?誰も?」
「せや。舞踏会のときの犯人が二人の口封じをしようとしてたんなら、ずっと付け狙ってチャンスを窺ってたはずや。やのに二人に犯人が近づいて煉瓦崩したり、そのあと逃げたところを朧は見てないねん。そうやんな、朧?」
【はい。誰も小屋に近づいておりません】
リクハルドは通訳してくれる魔法石を持っていないので、オボロの言葉はわからない。
眉を寄せつつも、オボロが頷いたため何とか理解したようだ。
「朧が言うには、急な大雨で二人が小屋で雨宿りしたんは、たまたまやったみたいやし、前もって事故が起きるよう細工してたってのはないやろ?」
「だろうな」とシモンが同意する。
じゃあ、とスミトの声が室内に響いた。
「犯人はどっから来てどこへ消えたん?」




