表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第3話:甘い毒、秘密の取引

美月先輩を「秘密の口座」の取引に引きずり込む。

これは、俺の復讐劇における最初の『資金調達』であり、同時に最も重要なマインドコントロールの実験だった。

(なぜ、投機なのか――)

夜、真面目な男子大学生の擬態を保った部屋で、俺はパソコンのブルーライトに照らされながら、ひとり冷酷に思索を巡らせていた。


何をするにも金が必要だ。だが、両親は俺に仕送りをする引き換えに、俺名義の銀行口座をいつでも監視できるようにしている。俺が自分名義で大金を手に入れれば、一瞬で不審に思い、大学にまで乗り込んできて俺を引きずり戻すだろう。

だが、口座の所有者、つまり『名義人』が美月であればどうだ?

日本の税務署も、俺の糞真面目な両親も、他人の口座で動く巨額の金の流れを追うことは絶対にできない。すべての取引履歴は彼女名義。俺は一切「表の書類」に名前を残さずに、無課税の莫大な裏金を自由に手にできる。


アルバイトなどでちまちま小金を稼ぐなど、我慢を強いられてきた俺への侮辱だ。先物やFXは、証拠金を担保に数十倍のレバレッジをかけて巨額の取引ができる。

つまり、美月が用意したわずかな「サークル運営資金(予備費)」という名の種銭を、俺の頭脳で瞬時に「数百万円の狂気の燃料」に変えることができる。

親が俺の脳に無理やり詰め込んできたあの退屈な英才教育――複雑な金融工学や統計学、市場心理学。あの地獄のような教育の結晶を、今度は俺が自分の「物欲と支配欲の解放」のために転用する。これ以上の皮肉があるか。


だが一番の目的は――「彼女の心臓に、絶対に抜けない支配の楔を打ち込むため」だ。

株のような現物取引では、破滅のスピードが遅すぎる。

「秒単位で数万、数十万が乱高下する狂気の世界」に彼女を放り込む。

彼女は俺の指示を受け、スマートフォンの画面に張り付き、自らの指で数回タップするだけで、自分が一生かかっても稼げないような大金を手にすることになる。

脳に分泌される圧倒的なアドパミン。全能感の麻薬。

最初は勝たせ、その成功体験を俺と「共有」する。

そうすることで、彼女の脳内では【雅人=大金を生み出す神】という絶対的な等式が完成する。

一度この脳を焼くような快楽を知った女は、二度と普通の生活には戻れない。

俺が指示を止めれば、彼女の帝国は一瞬でロスカット(強制決済)の地獄に沈む。つまり、彼女は経済的にも精神的にも「俺の指示なしでは1タップすらできなくなる」のだ。


(リスクはすべて他人に背負わせ、快楽と支配の果実だけを俺が吸い上げる。……完璧な盤面だ)


俺は冷たい笑みを深く刻み、パソコンを閉じた。

翌日、サークルの運営費や夏合宿の資金集目で頭を抱え、完璧な仮面を崩しかけている美月先輩の前に、俺はスッと滑り込んだ。


「どうしよう……。このままだと、みんなに合わせる顔がない。私を無能だと思われる……」


頭を抱える美月の隣で、俺は静かにノートパソコンを開いた。


「美月さん。これ, 僕の趣味のデータ分析なんですけど……ちょっと見てくれませんか?」


画面に映し出されたのは、緻密なドル・円のチャートと、いくつかのテクニカル指標の分析データ。


「これ、FX(外国為替証拠金取引)の市場データです。今、ある特定の時間帯に、確実に動くアノマリー(法則)があるんです。数日だけ僕を信じて、サークルの予備費から少しだけ動かしてみませんか?」


「え……? でも、そんなことして負けたら……」


「大丈夫です。僕が分析した通りに動かせばいいだけですから。責任はすべて、僕が持ちます。美月さんがこれ以上、汗を流して頭を下げる姿なんて、僕は見ていられない」


俺の「偽りの自己犠牲」と、圧倒的なデータの説得力に、美月はごくりと唾を飲み込んだ。

結果は、完璧な大勝利だった。

サークルの口座には、わずか3日で数十万円の利益が転がり込み、資金難は一瞬で解決した。メンバーは「さすが美月先輩だ!」と彼女をさらに崇拝した。


「すごい……! 本当に勝てた……! 雅人、あなた何者なの!?」


狂喜乱舞する美月を、俺は冷たく澄んだ目で見つめながら、しかし表情には最上の賛辞を貼り付けた。


「すごいのは美月さんの決断力ですよ。僕はデータ係です。これで、もう誰にも頭を下げなくていい。美月さんは、名実ともにこのサークルの『絶対的な女王』になったんです」


利益は一円も受け取らない。それが彼女のプライドを肥大化させ、俺への依存を確固たるものにする。


「ねえ、雅人。……次の取引は、いつ?」


美月の瞳に、これまでになかった「貪欲な光」が宿り始めるのを見て、俺は心の底で嘲笑った。


「美月さん。サークルの連中は、美月さんがどれほど擦り減っているかも知らずに、お金を当たり前のように使っています。不公平だと思いませんか?」


「え……?」


「この口座、美月さん個人の名義だから、サークルに必要な分だけ戻して残りは美月さんのために使いましょう。サークルの誰にも言えない、僕と美月さんだけの『秘密の国』です。これからは、美月さん自身が本当に欲しかったもののために、僕の頭脳を使ってください」


「私と、雅人だけの、秘密の国……」


美月はその甘美な響きに、完全に魂を売った。

彼女は、自分が主体となってボタンを押し、大金を稼いでいると錯覚している。

だが実際は、俺が指定した金額を、俺が指定したタイミングで動かしているだけの「ロボット」に過ぎない。

取引のリスクはすべて美月の名義が背負い、俺の懐には、親にバレない自由な資金が確実に流れてくるシステムが完成した。

かつて、実家で「親にすべてを決められ、自分の口座すら持てなかった」俺が。

今、他人の口座を、自分の意志ひとつで完璧にコントロールしている。

脳が痺れるような、圧倒的な支配の快感。


だが――その極上の支配の余韻をかき消すように、俺のスマートフォンのバイブレーションが冷たく鳴り響いた。

画面に表示されたのは、登録名【優奈】。

実家で唯一、俺の死んだ瞳に気づいていた、あの「実子の妹」からの着信だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ