第1話:仮面の解放
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「この仮面を脱ぐのは、誰にも愛されなくなった時だ。」
血の繋がらない両親に「完璧な優等生」を演じさせられ、抑圧され続けた俺の復讐。
それは、彼らが崇拝する「理想の息子」の姿を維持したまま、裏では彼らの価値観を根底から踏みにじること。
親の呪縛を脱ぎ捨てた大学生活。俺は「貼り付けた笑顔」と天才的な市場分析力を武器に、キャンパスという名の狩り場で、孤独な女たちを支配し、己の欲望の檻を築き上げていく。
これは、笑顔の仮面を被った捕食者が、毒親への完璧な復讐を遂げるまでの、冷徹なピカレスク・サスペンス。
――さて、おままごとはここからが本番だ。
「――いいかい、雅人。お前は我が家の長男なんだからね」
その言葉は、いつだって温かい血の通わない、冷徹な「義務」の響きを伴っていた。
「お父様もお母様も、お前のためにこれだけのお金を出しているんだ。お前が欲しいと言った下らないゲームやおもちゃの代わりに、将来のためになる百科事典や英才教育の教材を与えてあげた。すべては、お前が完璧な跡取りになるため。お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい。……わかっているね?」
「はい、お父さん、お母さん。いつも僕のことを考えてくれてありがとう」
白く整った細身の顔に、俺はいつもの「100点満点の笑顔」を貼り付けた。
筋肉の引きつり一つ、瞳の揺らぎ一つ見せない。物心がついてから何千回、何万回と繰り返してきた、俺を廃棄処分から守るための防壁――完璧な優等生の仮面だ。
血の繋がらない両親。
彼らが求めているのは「雅人」という一人の人間ではない。世間に誇るための「優秀な長男」という記号だ。
もしその期待に応えられなければ、俺はいつでも、あの無条件の愛を注がれている実子の妹――優奈の引き立て役に落とされるか、あるいはこの家から排除される。
「お兄ちゃん、これあげる」
幼い頃、優奈が両親に「何が欲しい?」と聞かれて買ってもらった最新のゲーム機を、これ見よがしに俺に差し出してきた時の、あの澄んだ瞳。
優奈は悪意など微塵もなく、ただ「お兄ちゃんが我慢させられているから」という同情で手を差し伸べてきた。それが俺のプライドをどれほどズタズタに引き裂き、心の奥底にどす黒い渇きを植え付けたか、彼女は一生知ることはないだろう。
だが、それも今日で終わりだ。
親の望む超一流大学に合格し、俺はついに「一人暮らし」という名の合法的な脱獄を勝ち取った。
「じゃあね、雅人。仕送りは毎月、成績と生活態度を報告した後に振り込むからね」
「うん。体に気をつけてね、お父さん、お母さん」
都内のワンルームマンションの玄関先。
両親が満足げに頷き、エレベーターに乗って去っていく。
ガチャン、と重厚なドアが閉まり、静寂が訪れた。
「――ふぅ」
次の瞬間、俺の顔から「完璧な笑顔」がスッと消え去った。
冷たい、光の入らない死んだ魚のような瞳が、鏡の中に映し出される。
「……あはは」
乾いた笑いが漏れた。
親と一緒に整えたこの部屋は、一見すると「真面目で育ちの良い、素朴な男子大学生」の部屋そのものだ。本棚には親が選んだ自己啓発本や学術書が並び、清潔感のある地味な家具が配置されている。
普通なら、この部屋にある親の痕跡をすべてゴミ箱に叩きつけるところだろう。
だが、俺は違う。
俺の、親の顔色を窺い続けて培った「異常な人間観察力」が、この部屋の価値を瞬時に見抜いていた。
(これは使える。この『育ちが良くて安全な男の部屋』は、女を連れ込む時の最高のトラップ(擬態)になる)
俺は本棚の本を一冊も動かさなかった。
ただ、クローゼットを開け、親が買い与えた仕立ての良いが地味なシャツのボタンを二つ外し、鏡の前で黒髪のマッシュヘアを少しだけラフに崩した。
色白で、鼻筋の通った、女性受けする顔。親から強制された「成績(圧倒的な市場分析力)」と「貼り付けた笑顔(人心掌握術)」を、今度は俺が『支配者』になるための武器として転用する。
俺はスマートフォンをポケットにねじ込み、大学の入学式――獲物たちのひしめくキャンパスへと、一歩を踏み出した。
親の目が離れた最初の1秒から、俺の復讐と、すべての欲の解放が始まる。




