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百合『国民的アイドルと人気モデルに異常なほど溺愛されています』  作者: 赤い赤鼻


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第六話 静かな後輩

昼休みの後。


「じゃあ私、今日は仕事あるから先帰るね」


 教室の扉の前で、玲奈が少しだけ名残惜しそうに言った。


「忙しいね」


「人気者なので」


「自分で言うんだ」


「紗奈が褒めてくれないから」


 玲奈はそう言って笑う。


 いつも通り明るい。


 でも。


 帰る前、玲奈は少しだけ紗奈へ近付いた。


「寄り道しないで帰るんだよ?」


「子供じゃないんだけど」


「ほんとかな」


「どういう意味?」


 玲奈は答えず、小さく笑う。


「また連絡する」


「うん」


 そうして玲奈は廊下を歩いていった。


 去っていく背中を見送りながら、紗奈は小さく息を吐く。


 ……静かだ。


 玲奈がいる時って、こんなに賑やかだったんだ。


 少しだけそんなことを思った。



 放課後。


 帰る準備をしていた時だった。


「あの、紗奈先輩」


 静かな声。


 紗奈が振り返る。


 教室の入り口に、莉緒が立っていた。


 窓から入る夕日が、ミルクティーベージュの髪を柔らかく照らしている。


 相変わらず目を引く。


 背が高くて、細くて、空気まで綺麗みたいな子だった。


「白瀬ちゃん?」


 名前を呼ぶと。


 莉緒が少しだけ目を細める。


 嬉しそうだった。


「少しだけ、時間ありますか」


 真っ直ぐな視線。


 断りづらい。


「……まあ、少しなら」


 そう答えると、莉緒は小さく頷いた。



「……おしゃれ」


 紗奈は店内を見回しながら呟いた。


 学校近くの小さなカフェ。


 白を基調にした静かな店だった。


 窓際の席へ座る莉緒は、店の雰囲気に妙に馴染んでいる。


 本当に雑誌の中の人みたいだ。


「よく来るの?」


「たまに」


 莉緒は小さく頷く。


「落ち着くので」


 店員が飲み物を置いていく。


 紗奈はアイスカフェオレ。


 莉緒は紅茶だった。


 静かな空気。


 玲奈といる時とは全然違う。


 あっちは賑やかで、振り回される感じ。


 でも莉緒は違う。


 静かなのに、なぜか気を引かれる。


「先輩」


「ん?」


「学校だと、もっと近寄りづらい人かと思ってました」


「え、私?」


 紗奈が少し笑う。


「そんな感じ?」


「綺麗なので」


「っ……」


 あまりにも自然に言われて、紗奈は言葉に詰まる。


「白瀬ちゃんってさ、結構そういうこと言うよね」


「本当のことなので」


 真顔だった。


 余計に困る。


 莉緒は静かに紅茶へ口を付ける。


 その仕草すら絵になる。


「なんか、ほんとモデルって感じ」


「先輩に言われると嬉しいです」


「いや私そんなすごくないって」


「すごいです」


 即答だった。


「先輩がいたから、今の私があるので」


 真っ直ぐな視線。


 その熱量に、紗奈は少しだけ気圧される。


 すると莉緒がバッグからクリアファイルを取り出した。


「またそれ持ち歩いてるの?」


「大事なので」


 中には昔の雑誌の切り抜き。


 小学生の頃の紗奈。


 笑っている写真。


 少し背伸びした服を着ている写真。


「うわ、懐かしい……」


 紗奈は思わずページをめくる。


「え、これも残ってるの?」


「全部持ってます」


「全部!?」


「はい」


 さらっと言う。


 でも冗談っぽさはなかった。


「これ好きなんです」


 莉緒が一枚の写真を指差す。


 海辺で笑っている小学生の紗奈。


「あー……これ覚えてるかも」


「この写真見て、モデルになりたいって思いました」


「そんなに?」


「はい」


 静かな声だった。


 でも。


 その言葉だけ妙に重い。


「先輩、ずっと楽しそうに笑ってたから」


 紗奈は少しだけ写真を見る。


 昔の自分。


 今より幼くて、無邪気で。


 何も考えてなさそうな笑顔。


「……なんか恥ずかしいな」


「可愛いです」


「だから真顔で言わないでって……!」


 紗奈が顔を逸らすと、莉緒が少しだけ笑った。


 学校で見るより、ずっと表情が柔らかい。


 その時だった。


 莉緒がスマホを取り出す。


「……写真撮らないと」


「え?」


「SNS更新しないと、事務所に言われるので」


「あー……大変だね」


 紗奈が少し同情したように言うと、莉緒は小さく肩を竦めた。


「慣れてます」


 そう言いながら、紅茶へスマホを向ける。


 カシャ、と小さな音。


 莉緒は撮った写真を静かに見つめる。


 そして、そのまま自然な動作でSNSを開いた。


「もう上げるの?」


「はい」


「仕事早いなぁ」


 短い文章を打ち込んで投稿する。


 紗奈はなんとなくその画面を眺めていた。


「白瀬ちゃんってSNSすごそう」


「仕事用ばっかりです」


「フォロワーめちゃくちゃいるでしょ」


「まあ、それなりに」


「絶対多い言い方じゃん」


 紗奈が笑うと、莉緒も少しだけ笑った。


 そして莉緒がふと思い出したように口を開く。


「……先輩、SNS交換しませんか」


「え?」


「連絡先でも」


 真っ直ぐな視線。


 でも紗奈は少し困ったように笑った。


「私、SNSやってないんだよね」


「……え?」


 珍しく、莉緒がはっきり驚いた顔をした。


「やってないんですか」


「見るだけならたまに見るけど、投稿とか全然」


「……意外です」


「よく言われる」


 すると莉緒は少しだけ視線を落とした。


 ほんの少しだけ残念そうだった。


「じゃあLINEなら?」


「それなら大丈夫」


 そう言うと、莉緒の表情が少し柔らかくなる。


「……よかった」


 その言い方が、妙に嬉しそうで。


 紗奈は少しだけ笑ってしまった。


 LINEを交換したあと、二人はしばらく話していた。


 学校のこと。


 モデルのこと。


 好きな服のこと。


 話してみると、莉緒は意外とよく笑った。


 静かなだけで、無口ではない。


 むしろ紗奈の話を聞く時の莉緒は、少し楽しそうですらあった。


 その時だった。


 莉緒が静かに口を開く。


「……まだ、話したいです」


「え?」


「先輩と」


 真っ直ぐな視線。


 断りづらい。


「……まあ、もう少しなら」


 そう答えた瞬間。


 莉緒が少しだけ嬉しそうに笑った。



「……え?」


 紗奈は思わず足を止めた。


「ここ、莉緒の家?」


「はい」


 目の前にあったのは、かなり高級そうなマンションだった。


「モデルってすご……」


「事務所が用意してくれてるだけです」


 莉緒はそう言いながらオートロックを開ける。


 そのままエレベーターへ乗り込んだ。


 部屋へ入った瞬間。


 紗奈は少しだけ目を見開く。


「……綺麗」


 白を基調にした部屋だった。


 生活感は少ない。


 整いすぎているくらい整っている。


 でも。


「あ……」


 紗奈の視線が止まる。


 棚。


 壁。


 本棚。


 そこに、自分の昔の雑誌が並んでいた。


「え、こんなに?」


 莉緒は少しだけ視線を逸らした。


「……集めてたら増えました」


 しかも。


 綺麗に保存されている。


 ファイルまで作られていた。


「うわ……」


 紗奈は思わず一冊手に取る。


 そこには、まだ小学生だった自分。


「なんか不思議……」


「私、その雑誌何回も読みました」


「そんなに?」


「はい」


 莉緒は静かに紗奈を見る。


 その視線が、少しだけ熱い。


「先輩が笑ってるの見るの、好きだったので」


 静かな声。


 でも。


 その言葉だけ妙に真っ直ぐだった。


 紗奈は少しだけ言葉に詰まる。


「……なんか、すごいね」


「ずっと会いたかったんです」


 一歩。


 莉緒が近付く。


「本当に」


 また一歩。


 気付けば、かなり近い。


「莉緒……?」


 その瞬間だった。


 ぎゅっ。


「っ!?」


 突然、抱きつかれる。


 紗奈は目を見開いた。


 細い腕。


 でも、思ったより力が強い。


 莉緒の髪が肩へ触れる。


「……会えて、嬉しいです」


 小さな声だった。


 抱きついたまま。


 離れない。


「え、ちょ、白瀬ちゃん……!?」


 すると莉緒自身も、はっとしたように目を瞬かせた。


「あ……」


 少しだけ顔を上げる。


「……すみません」


 莉緒が少しだけ視線を逸らす。


 耳が、ほんの少し赤かった。


 さっきまであんなに真っ直ぐだったのに。


 その変化が意外で、紗奈は少しだけ目を瞬かせた。


「いや……びっくりしたけど」


「……嫌でしたか」


 小さな声だった。


 不安そうで。


 今にも離れてしまいそうなくらい弱く見えた。


「嫌じゃないけど……近い」


 そう言うと、莉緒が少しだけ笑う。


 安心したみたいに。


「よかった」


 その声が、妙に嬉しそうで。


 紗奈は少しだけ困ったように笑った。


 この子、本当に私のこと好きなんだな。


 なんとなく。


 そんなことを思った。


 でも。


 その“好き”が、自分の思っているものと少し違うことを。


 この時の紗奈は、まだ知らなかった。

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