第九話 少しだけ違う横顔
「……疲れた」
紙袋を持ちながら、紗奈は大きく息を吐いた。
「まだ全然これからでしょ?」
玲奈が楽しそうに笑う。
「いや、服選びで体力使いすぎなんだって……」
「紗奈先輩、途中から完全に着せ替え人形でした」
「莉緒ちゃんまで言う!?」
三人で歩きながら、モールの中を進んでいく。
休日だからか、人はかなり多い。
すれ違う人。
笑い声。
どこも賑やかだった。
その中で。
玲奈はまたマスクと帽子を付け直していた。
「やっぱ大変だね」
紗奈がぽつりと呟く。
「ん?」
「変装」
「あー」
玲奈は少しだけ笑う。
「もう慣れたよ」
「でも息苦しくない?」
「夏は地獄」
「うわぁ……」
想像しただけで大変そうだった。
すると莉緒が静かに玲奈を見る。
「玲奈さん、有名すぎるので」
「それ、褒めてる?」
「事実です」
「莉緒ってたまに辛辣だよね」
「玲奈さんほどじゃないです」
「えー?」
そんなやり取りをしながら歩いていると、玲奈がふと立ち止まった。
「お腹空いた」
「急だなぁ」
「紗奈は?」
「ちょっと空いたかも」
「じゃあご飯行こ」
三人はモール内のカフェレストランへ入った。
少し落ち着いた雰囲気の店で、人もそこまで多くない。
奥側の席へ案内される。
すると玲奈が、さりげなく壁側の席へ座った。
「玲奈そこ好きだね」
「落ち着くから」
笑いながら答える。
でも。
その直後。
玲奈の視線が、一瞬だけ店内入口へ向いた。
確認するみたいに。
ほんの少しだけ。
その動きを、莉緒は見ていた。
「……玲奈さん」
「ん?」
「さっきから周り見てますよね」
一瞬。
玲奈の笑顔が止まる。
本当に、一瞬だけ。
でもすぐに戻った。
「職業病みたいなもの」
「……そうですか」
莉緒はそれ以上聞かなかった。
ただ。
静かに玲奈を見ていた。
一方で紗奈はメニューを見ながら首を傾げる。
「どれ美味しいんだろ」
「紗奈絶対オムライス好きそう」
「子供扱いしてない?」
「してる」
「最低」
玲奈が吹き出す。
その笑顔は、いつもの玲奈だった。
明るくて。
距離が近くて。
少し強引で。
でも。
さっきの一瞬だけ、違った気がした。
◇
「……美味しい」
紗奈が小さく呟く。
「でしょ?」
「玲奈のおすすめ普通に当たりだった」
「普通にってなに」
「いやなんか適当に選んでそうで」
「酷」
玲奈が笑いながらストローを咥える。
すると。
莉緒がスマホを取り出した。
「写真撮っていいですか」
「また?」
「思い出なので」
「その言い方ずるいんだって……」
結局。
断れない。
莉緒はまず料理を撮る。
でも。
気付けばカメラは紗奈へ向いていた。
「ちょ、待って」
ぱしゃ。
「莉緒ちゃん!?」
「可愛いです」
「隠す気ないなぁ」
玲奈が呆れたように笑う。
でも。
その直後。
玲奈もスマホを取り出した。
「じゃあ私も撮る」
「増えた!?」
「紗奈、こっち」
「えぇ……」
ぱしゃ。
「玲奈まで楽しんでるじゃん!」
「だって今日の紗奈めっちゃ可愛いし」
「っ……」
また自然にそういうことを言う。
本当に心臓に悪い。
すると玲奈が、撮った写真を見ながら小さく笑う。
「やっぱ紗奈って写真映えするよね」
「昔からです」
莉緒が即答する。
「……なんか二人とも怖い」
すると玲奈がふっと笑った。
「じゃあ三人でも撮る?」
「え?」
「せっかくだし」
玲奈は近くを通った店員へ声を掛けようとして。
一瞬だけ。
動きが止まった。
視線が、店の外へ向く。
「……玲奈?」
「ん?」
すぐに笑う。
でも。
少しだけ無理してるように見えた。
「どうしたの」
「なんでもない」
玲奈はそう言って、また店員へ笑いかける。
「すみません、写真お願いできますか?」
その笑顔は完璧だった。
アイドルの顔。
でも。
莉緒は静かに玲奈を見ていた。
まるで、何かを確かめるみたいに。
◇
「もっと寄ってくださいー」
店員が楽しそうに言う。
「えぇー」
「玲奈さん遠いです」
「莉緒が近いの」
「玲奈も近いじゃん!」
結局。
三人ともかなり距離が近かった。
真ん中に紗奈。
左右から玲奈と莉緒。
完全に挟まれている。
「はい、撮りますよー」
ぱしゃ。
その瞬間。
玲奈の手が、自然に紗奈の肩へ触れた。
まるで。
誰にも取られないようにするみたいに。
でも。
紗奈は気付かない。
「撮れました!」
「ありがとうございます」
玲奈が笑顔で頭を下げる。
そして。
写真を確認した瞬間、少しだけ笑った。
「なんか普通に楽しいね」
「今更?」
「だって仕事じゃないし」
その言葉が、少しだけ引っかかった。
仕事じゃない。
つまり。
普段は、こうやって普通に遊べないんだ。
そう考えた瞬間。
なんとなく。
玲奈が少しだけ遠い存在に見えた。
でも。
「紗奈?」
「え?」
「ぼーっとしてる」
玲奈が笑う。
いつもの玲奈だった。
だから紗奈は、小さく首を振る。
「なんでもない」
「ならいいけど」
そう言いながら。
玲奈はまた、一瞬だけ後ろを見た。
その視線を。
莉緒だけが静かに追っていた。
◇
カフェを出た後も、三人でモールを回った。
雑貨屋。
本屋。
コスメショップ。
その度に玲奈と莉緒は紗奈を巻き込んでいく。
「紗奈これ似合いそう」
「こっちも可愛いです」
「いやなんで二人ともそんな選ぶの!?」
完全に遊ばれてる。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
玲奈は自然に紗奈の隣へ来る。
人混みでは、さりげなく腕を引く。
「紗奈、そっち人多い」
「え? あ、ありがと」
その距離感は昔から変わらない。
当たり前みたいに近い。
一方で。
莉緒は少し違った。
真っ直ぐ見て。
真っ直ぐ褒める。
「紗奈先輩、その顔好きです」
「どの顔!?」
「今の困ってる顔」
「やめてよ……」
しかも全部真顔だから困る。
すると玲奈が吹き出した。
「莉緒ほんと重い」
「玲奈さんには言われたくないです」
「あはは」
でも。
笑いながらも、玲奈の視線は時々人混みへ向いていた。
本当に一瞬だけ。
でも。
それを、莉緒はちゃんと見ている。
◇
「今日はありがとうございました」
モールの出口付近。
莉緒が小さく頭を下げる。
すっかり外は夕方になっていた。
オレンジ色の光が街を照らしている。
「こちらこそ」
「楽しかったです」
莉緒はそう言いながら、静かに紗奈を見る。
その視線は相変わらず真っ直ぐだった。
「また行こうね、莉緒ちゃん」
紗奈が笑う。
すると。
莉緒の表情が一瞬だけ柔らかくなった。
「……はい」
本当に嬉しそうだった。
その反応を見て、玲奈が横で小さく笑う。
「莉緒ほんと分かりやすい」
「玲奈さんには言われたくないです」
「あはは」
でも。
そんなやり取りのあと。
莉緒は少しだけ真面目な顔になる。
「……紗奈先輩」
「ん?」
「今日は、ありがとうございました」
その言い方が、少しだけ特別だった。
ただ遊びました、だけじゃないみたいに。
紗奈は少し不思議に思いながらも笑う。
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃないです」
即答だった。
そして。
莉緒は少しだけ視線を逸らす。
「……また、誘ってもいいですか」
「うん、もちろん」
その瞬間。
莉緒が小さく目を細める。
嬉しそうに。
それから。
「では、また」
そう言って、莉緒は駅の反対方向へ歩き出した。
背筋の伸びた綺麗な後ろ姿。
人混みの中でもやっぱり目立つ。
でも。
途中で一度だけ振り返った。
そして紗奈と目が合うと、小さく頭を下げる。
それだけで、また少し嬉しそうだった。
「……ほんと分かりやすい」
玲奈がくすっと笑う。
「え?」
「莉緒」
「そう?」
「うん。紗奈のこと好きすぎ」
「いやいや、憧れでしょ」
紗奈が苦笑する。
でも。
玲奈は小さく笑ったままだった。
「どうかなぁ」
そう言って。
玲奈はまた、一瞬だけ後ろを見た。
その表情を見て。
今度は紗奈も、少しだけ違和感を覚えた。




