第7話
「はい、ここ座って」
シャルロットが男に手を引かれて連れてこられたのは、開店前の店のテーブル席だった。
意味がわからないまま腰かけると、向かい側に男が座る。
短く整えられた金色の髪に茶色の瞳。全体的にシャープな印象の顔立ちをした若い男だった。二十代前半だろうか。
「さて、そろそろ魔法を解いてくれるかな? いつまでもなにもないところに喋ってたら怪しまれるからさ」
にこりと笑って男が言う。
(ああ、まだ継続していたんだ)
シャルロットはそのことに安堵しながら、空気中に呼びかける。
「……一回、解いて」
自分にかかっていた透明なベールが消えていくような感覚を覚えた。
シャルロットの姿が認識できたようで、男はきょとんとこちらを見つめていた。
「わお……。子ども? なんで魔法が使えるの?」
心底不思議そうに問いかける男へ、シャルロットは鞄の中から本を取り出す。
「母から譲り受けました」
本を見た男の表情が変わる。
ラシガムの書。表紙に大きく書かれたそれは、魔法大国ラシガム出身者が持つ魔導書だった。
「……中を見てもいい?」
シャルロットは頷いた。
男が本をめくる。
「……ロゼット」
男が呟いた。シャルロットはまた頷く。
「母の名前です」
「君のお母様は、今どちらに?」
「いません。十年くらい前に、流行り病で」
シャルロットがそう答えると、男はショックを受けたような顔になった。
「……そうか」
それだけ言って、また本に目を落とす。そのままシャルロットの方を見ずに訊ねた。
「君は、お母様からどのように魔法を教わった?」
「人のために使うようにと。自分のためには使ってはいけないと」
「それ以外は?」
「いいえ」
首をかしげながらシャルロットは答えた。
「魔法の扱い方はどうやって知った?」
「本を読んで覚えました」
「文字は?」
「本を読んで」
「じゃあ、精霊との言葉の交わし方も?」
「……? はい」
最後の質問の意味はわからなかったが、頷いた。
精霊は見えないが、風のようなもので感じ取れる。シャルロットが呼びかければ応えてくれるし、魔法によって手助けもしてくれる。
でなければ、ここまで順調に逃亡生活を送れなかった。
「うぅ~~ん……」
本を十分の一ほど読み進めた男は頭を抱える。
この男、なんか様子がおかしい。
「あの……」
「なに?」
「憲兵に突き出さないんですか?」
「ん?」
男がびっくりしたように顔を上げた。
「え、知らないの? 魔法による犯罪はラシガムから派遣される魔法憲兵が担当するんだよ?」
「……では、魔法憲兵さん?」
「うん。あれ? 言ってなかったっけ?」
聞いていない。シャルロットが素直に頷くと、男は自分の頭を叩いた。
「こりゃ失敬! 三日くらい前から、飲食店や宿屋で人の気配がするって通報があったんだよ。だからちょっと調査してたんだ。精霊の痕跡が駄々洩れだったから、すぐに見つかったんだけどね」
男はずい、と身を乗り出す。
「それにしても君、魔法に関する知識が本当に少ないね。独学?」
「はい」
「じゃあ、その姿を消す魔法がとっても危険な魔法だってことも認識していなかった?」
「そこは知っています。この魔法のページ、暗唱できるくらい読み込んだので」
ラシガムの書には、さまざまな魔法が記載されている。火種がないところで火を起こす魔法や、清潔な水を集める魔法など、生活に役立つものが多い。
だがそれらを無視して、シャルロットはこの魔法を選んだ。
男が訊ねる。
「この魔法、使い続けると使用者のことを誰も認識できなくなって、最後は存在そのものが消えちゃう危険な魔法だよ? それを知ってて使い続けた理由はなに?」
「えっと……」
シャルロットはどう答えるべきか悩んだ。
そして結局、シンプルに答えることにした。
「消えろと言われましたので。だから消えることにしたんです」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると嬉しいです。
執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




