エピローグ
「誰かあーっ! 誰かいないのー?」
暗い部屋で、アデルの声だけが響く。
「ちょっとー!? いたら返事しなさいよー! あたしを誰だと思っているのー!?」
何度叫んだだろうか。
見知らぬ土地に急に連れてこられたと思ったら、巨大な樹の穴の中に落とされた。そこはいくら目が慣れていてもはっきり見渡せない真の闇。天井の穴から光が差し込んでも、自分の手の平さえも満足に見えない。
大樹に作られた幽閉施設〝虚〟だと事前に説明されていたが、アデルにはそんなこと理解できなかった。
アデルはお姫様になるために生まれてきた。物心ついた頃、母ジゼルからそう教わったのだ。だから可愛くなれるよう努力したし、自分より可愛い子がいたら徹底的にいじめてやった。
その甲斐あって、アデルは貴族の娘になれた。次はお妃様になるのだと意気込んで、王子を落とす努力をした。
なのに、王子は平民になり、誰もアデルを庇わなくなり、こんな真っ暗な場所に落とされた。
違う。違う。違う!
こんなのは違う!!
必ず白馬の王子様があたしを迎えに来てくれる。
たとえ喉が枯れようと叫び続ける。食事の量が少なくても、それを糧に生き延びてやる。
「あたしはお姫様なのよ……! 王子様が迎えに来てくれるんだから……!」
そんなものは永遠に来ないと気付かないまま、彼女は叫び続けた。
◆ ◆ ◆
「えっ、長期休暇、ですか?」
「強引に取らされたんだ。というわけで、どこか旅行に行かないかな、と」
エリックの自室に招かれたシャルロットは、彼がテーブルの上に広げたパンフレットを見て首をかしげた。
「あれ? これ、すべて国外じゃないですか。私は外に出られませんよね?」
「条件付きなら国外もアリだよ。精霊を連れているし、同行者は現役の魔法憲兵。余裕で条件をクリアできる」
《あらあら、新婚旅行? じゃあ私はお邪魔かしらね?》
「守護精霊で契約が切れないから一緒についていってもらいますよ。というか、いてくれた方が俺が安心できます」
《あら、人をストッパー扱いしないでくれる?》
「違いますよ。ぶっちゃけ、誘拐未遂事件がトラウマなんですよ。もしも別行動するってことになったら俺が心配すぎて楽しめない」
《ああ、なるほどね》
ロゼットが神妙な顔で頷く。
「ええと……国外がアリでしたら、これ、どこを選んでいいんですか?」
「あまり長距離の旅じゃなくて、往復でも三ヵ月程度のところを選んだよ。気になる場所とかある?」
エリックに訊ねられ、シャルロットはうーんと唸る。
「……迷います」
《いいんじゃない? なんなら片道でじっくり時間をかけて、帰りはまっすぐ帰る、っていうコースもあるし》
「休暇は日付を後で書けばいいって上司からも言われているから、じっくり考えよう。時間はたっぷりあるんだし」
「……そうですね」
パンフレットはそれぞれの観光名所らしい絵が描かれていて、どれも惹かれる。その迷う時間さえわくわくしている。各地を詳しく調べるために、シャルロットは手近なパンフレットを一枚とった。
「ご指名いただき、ありがとうございます。我ら『青の渡り鳥』がお二人をお守りします」
用心棒集団『青の渡り鳥』のリーダーが礼をする。
「「よろしくお願いします」」
「お嬢ちゃん、久しぶりー!」
「結婚したとか聞いてないよ! おめでとー!」
用心棒たちからも次々に祝福の声が飛ぶ。
「二人とも、いってらっしゃい。気を付けてね」
「楽しんでくるんだぞ」
「兄さん、ちゃんとシャルロットさんを守ってよ?」
「わかってる!」
「シャルロット! 旅先でお手紙書いてよね? 絶対よ!」
「はい」
「お土産よろしくなー。食べ物だったらなおいい」
「よーし、これから行くところに『激辛クッキー』なんてものがあるみたいだから、それを送ってやる」
「やめろ!」
家族ともひとしきり別れの挨拶をして、二人は馬車に乗り込む。ロゼットは屋根の上に陣取った。
「では、出発!」
リーダーの合図で、御者が鞭を入れる。
馬がゆっくりと歩き出す。
事前に手続きをしていたから、スムーズに城壁を通り過ぎていく。
「まずは馬宿を三つ経由して、最初の町を目指すんですよね」
「そう。久しぶりの馬宿だけど、大丈夫?」
「たぶん。いざとなったら個室を取りましょう。蓄えはありますし」
「そうだな」
頷き合うと、エリックの視線が泳いだ。
「あー……。その、シャルロット」
「はい」
「…………。君のこと、シャーリーって、呼んでもいい?」
小声で訊ねられた。
シャルロットは目を見開き、ゆっくりと花が開くように笑う。
「はい」
それからシャルロットも小声で問う。
「私も、エリックと呼んでいいですか?」
エリックも驚いたような顔をして、笑って頷く。
「もちろん」
自然と二人の手が繋がれる。
用心棒たちは口をムズムズさせながら我関せずを貫いた。
それをこっそりと見て、ロゼットは声に出さずに笑う。
楽しい旅が始まりそうだった。
了
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると嬉しいです。
次回作の執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




