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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第65話

「失礼します。新婦様のご親族がお見えになりました」


「はい」


 チャペルの控室で、シャルロットは外からの声に応えた。


 ドアが開かれ、正装に身を包んだ祖父マルコたちが入って――


「…………」


「まあ……ああ、なんということ……!」


 マルコはその場で固まり、祖母ミーシャが両手で口を覆った。


 サプライズが成功したロゼットは、にこりと笑って訊ねる。


《どう? お父さん、お母さん。おじいちゃんとおばあちゃんも》


《ああ、よく似合っているよ》


《そう……こんなに素敵なドレスだったのね……》


 曾祖父母のウィリアムとパメラも、泣きそうな表情で頷く。


 控室には二人の花嫁がいた。ロゼットとシャルロットである。


 二人とも、まったく同じ衣装を着ていた。ただしシャルロットがベールをかぶっているのに対し、ロゼットはそれを着けていない。


《ドレスコーディネーターと契約している精霊に手伝ってもらったの。私の記憶にあるウェディングドレスを基に、娘のドレスを作ってって》


《精霊は着替える必要がないと思っていたが……。そうか、そういう魔法もあるのだな》


《せっかくだから、おじいちゃんたちも着替える?》


《そうさせてもらおうかな》


《ロゼット、あなたは着替えないの?》


《一通り済んだら、本番前には着替えるわ。娘の晴れ舞台を台無しにしたくないから》


「では、ひいおじい様たちはこちらで」


 側に控えていた衣装係に連れられ、ウィリアムたちはパーテーションの奥に消える。


 ミーシャがまず動いた。ロゼットとシャルロットを交互に見て、顔をくしゃりと歪ませる。


「素敵ね……。二人とも、とっても素敵よ」


「ありがとうございます、おばあ様」


《ありがとう、お母さん。……ほら、お父さん。なに泣いてるの?》


 ロゼットが苦笑する。


 マルコは手で目元を覆い、口を大きく歪ませて全身を震わせていた。


「あなた、ほら。ちゃんと見てあげないと失礼でしょう?」


 ミーシャに促され、前に出る。


 鼻を赤くし、目から滂沱(ぼうだ)の涙を流すマルコは、笑おうとして変に唇が歪んでいた。


「……似合う。とても……綺麗だ」


《……ありがとう。とても嬉しいわ》


 ロゼットが微笑む。マルコはミーシャから受け取ったハンカチで涙などを拭いた後、シャルロットと向き合った。


「娘と……いや、違うな。お母さんと一緒に、これからも幸せになってくれ」


「はい」


 シャルロットは頷いた。ベール越しでもわかる。心からの祝福だ。


《お父さん……じゃないわね。おじいちゃんにはチャペルでのエスコートを任せているけど、本当に大丈夫?》


「大丈夫だ」


《本当かしらね……? 私と勘違いしてめちゃくちゃ泣きながら歩くに一票》


「奇遇ね、私もよ」


「ちょっと君たち?」


 怒るに怒れず困惑するマルコにミーシャとロゼットが笑う。


「お待たせしました。ロゼットさん、そろそろ着替えさせてもいいですか?」


《はい、もちろん》


「あ、ちょっと、あと十分……」


「ダメです、時間が迫っていますので」


「せめてあと五分……!」


《諦めて、おじいちゃん》


《お、やっとおじいちゃん呼びを認めるようになったか》


《長かったわねえ》


「父さん、母さん!」


「ふふ……」


 目の前で繰り広げられるやり取りに、シャルロットの口元にも自然と笑みが浮かぶ。


《さて、じゃあ私たちは先に行っているわね、シャーリー》


「はい、お母様」


「では新婦様、ご案内しますね」


「はい。……おじい様、腕を取るのはもうちょっと先だと思います」


「そ、そうか」


◆   ◆    ◆


 チャペル内では、新郎と招待客が静かに新婦の入場を待っていた。


「それでは、新婦様のご入場です」


 司会者の宣言を合図に、ここにしかないパイプオルガンが奏でられる。


 聖歌隊が賛美歌を歌い、チャペルの扉がゆっくりと開く。


 祖父マルコの腕を取り、しずしずと歩くのは純白のウェディングドレスに身を包んだシャルロット。赤いカーペットを少しずつ進んでいくその姿は気品が漂い、見る者のため息を誘った。


 手にあるのは色とりどりのブーケ。これは事前に用意された花から、招待客が新郎新婦の幸せを願って一本ずつ選んだものである。赤や黄色、白にピンク、オレンジ。すべて違う花なのに、寄り添い合って新婦の胸の前で咲き誇った。


 やがて、マルコの手を離れたシャルロットが一人、壇上へ上がる。


 白いタキシードに身を包んだエリックと向かい合い、ゆっくりと神父に向き直る。


「……汝、エリック。汝はここにいるシャルロットを妻とし、喜びの時も悲しみの時も、原初の精霊の庇護の下で共に生きることを誓いますか?」


「誓います」


「……汝、シャルロット。汝はここにいるエリックを夫とし、喜びの時も悲しみの時も、原初の精霊の庇護の下で共に生きることを誓いますか?」


「誓います」


「では、指輪の交換を」


 スタッフが持ってきた箱の中には、一対のシルバーリングが収められていた。


 エリックが小さい方を手に取り、シャルロットの左薬指に収める。


 シャルロットも大きい方を手に取り、エリックの左薬指に収めた。


「では、誓いの口づけを」


 エリックの手が、ゆっくりとベールを上げる。小刻みに震えているのが見えて、彼も緊張しているのだと気付いた。


 改めて彼を見れば、どこか泣きそうな顔で笑っている。


 シャルロットもつられて泣きそうになりながら、静かに目を閉じた。


 唇に柔らかいものが押し付けられる。少しだけ温度の低いぬくもりに、幸せの味が広がっていくような気がした。


 ゆっくりと唇が離れる。目を開けたシャルロットは、ぎこちないエリックと小さく笑い合った。


「結婚の誓いは成されました」


 神父が告げる。


「皆様、フラワーシャワーの準備をお願いします」


 招待客らが一足先にチャペルを出る。


 この後、フラワーシャワーで祝福してもらい、そのお返しにブーケトスをするのだ。


「シャルロットさん」


 エリックが呟くように呼び掛けた。


「まだ緊張していますか?」


「少し。エリックさんは?」


「ガチガチですよ。階段でこけないようにって自分に言い聞かせています」


「ふふっ」


 思わず吹き出す。


「では、新郎新婦様。外へ」


「「はい」」


 神父を先頭に、再びレッドカーペットを歩く。


 彼が扉の前で脇に控え、聖歌隊がゆっくりと扉を開ける。


「「「おめでとー!!」」」


 次の瞬間、淡い色彩の花びらが二人を包み込んだ。


「「えっ!?」」


「結婚おめでとう!」


「幸せになれよ!」


「おめでとう!」


「やったな、エリック!」


「シャルロットちゃん、お幸せにー!」


 呆然とする二人に祝福の言葉が降り注ぐ。


 無数の花びらはいまだに二人の周りをくるくると舞っている。


「……あっ、リリアン!」


 花びらの間から、シャルロットは見覚えのある精霊を見つけた。傍らに別の精霊がいて、二人で手を振っている。


「ああ、そうか。風の魔法か」


 エリックも隣で納得の声を漏らす。


 シャルロットとロゼットがサプライズを考えていたように、彼女たちもサプライズを考えていたのだ。


 胸が熱くなるほど嬉しい。


「エリックさん」


 シャルロットは言った。


「私、幸せです」


「俺もですよ」


 エリックが頷く。


 花びらが風に乗り、二人の頭上高く舞い上がる。


「それでは、新婦によるブーケトスを」


「はい」


 頃合いを見て出てきた神父に頷く。


 シャルロットとエリックは招待客に背を向け、二人でブーケを持つ。


「「せーのっ!」」


 ブーケが晴天の中を舞う。


 歓声と祝福の声が響いた。

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