第64話
「えー、アデル・ド・アルヴァリンドの〝虚〟行きが決まりました」
夕食の直前、食卓でエリックがそう言った。
「「えっ、〝虚〟!?」」
ジャネットとシャルロットが同時に声を上げる。ロゼットも呆れ気味に訊いた。
《なにをしたのよ》
「黒幕のヨハンナが原初の精霊の裁きを受けた後、体を取り戻した彼女がまあ、暴れに暴れて。おまけに体を乗っ取られた影響で魔法使いとしての才能が開花したのか、精霊が見えてオバケだのなんだの言って手が付けられなくて……。取り調べにも素直に応じないし、ここがラシガムだって言っても信じてもらえないし。父親の権力が及ばないって理解したかと思うと椅子をぶん投げてきたよ」
「すげーな、そいつ」
オスカーがゲラゲラ笑う。
「一応、貴族のお嬢様なんだよな? 元娼婦でも。それからどうなったんだ?」
「あの性格で質の悪い精霊に利用されたらたまらないし、そもそもフレイジーユの悲劇はヨハンナの口車に乗った彼女が悪い。ということで、〝虚〟に収容されることになった」
「ちょっと責任転嫁が強い気がしますが……?」
「いーや、妥当だと思うよー?」
エミリーが満面の笑みを浮かべる。ロゼットも力強く頷いた。
「そういえば、さっきの口ぶりだと父親が生きているように聞こえたが?」
リアムの言葉にエリックも頷く。
「その通り。ヨハンナの魔法は地上では絶大な力を持っていましたが、地下までは及んでいなかったんだ。精霊と総がかりで地下牢や貯蔵庫らしき場所を掘り返したら、父親と後妻が無事に収監されていたんだと」
「えっ、もしかして連れてきた感じ?」
ジャネットが信じられないといった顔をしたが、エリックはにこりと悪い笑みを浮かべる。
「シャルロットが世話になったからな。魔法使い嫌いなのはいいとしても、下手したら殺していたんだ。強制労働の刑にするよう進言しておいた」
取り調べの最中に全力で殴ったことは伏せておいた。もちろん反省文と厳重注意を言い渡されたが、後悔していない。この程度の処分にするあたり、上司たちもわかっているのだ。
「あらまあ、出所後が大変ねえ」
フローラが頬に手を当てて言った。
強制労働の刑に処された者は、ほとんどが重犯罪者だ。その腕には罪人を示す刺青が入れられ、刑期が明けた後もその影響は重くのしかかる。まともに生きていくのは生半可な道ではない。
《それにしてもエリックや、そんなにべらべら喋っちゃって大丈夫かい? 大事なことなんだろう?》
「そのうち新聞で報道されるから、数日くらい誤差だよ、大おばあ様。あ、でも一応緘口令ね」
「「今更~」」
エミリーとオスカーが笑う。特ダネを知った優越感にしばらくは浸れるだろう。
リアムが咳払いした。
「さあ、報告は以上かな。せっかくの料理が冷めないうちにいただこう」
「「「「はーい」」」」
祈りをささげ、食事をとる。
いつの間にかその光景が当たり前になった。
明るい部屋。暖かい服。温かい食事。賑やかな声。
(……ああ、私、幸せだ)
この幸せを、長く続けたい。
「あ、てことは」
思い出したようにオスカーが言った。
「もう安全になったから、兄ちゃんとシャルロット姉ちゃん、そろそろ結婚する感じ?」
「へっ!?」
「ごっふ!?」
シャルロットから素っ頓狂な声が出て、エリックは飲んでいた水で思い切り噎せた。
「ん? ……なんかまずいこと言った?」
「……オスカー」
さすがにリアムから苦言が呈される。
「そういうのは、二人のタイミングで発表されるものだぞ」
「あ、はーい」
◆ ◆ ◆
「――って感じで弟が言うものだから、妹たちがやる気になっちゃったのさ」
「それは……なんと、まあ……」
広めの試着室で愚痴をこぼすエリックに、フェルディナンド元王太子――現フィルが苦笑した。
「しかもここで元婚約者と出会うとか。どんな罰ゲームだよ」
「俺もびっくりです。研修中にいきなりお二人が来店してきて、自分の運のなさを呪いましたよ」
ここはソフィ・ヴァリー商会が運営するブライダルスーツやウェディングドレスの専門店。妹二人に引きずられるようにしてやってきたシャルロットとエリックは、そこでフィルと出くわし思わず「うわ」と言ってしまった。だがフィルも「ぎゃあ!」と悲鳴を上げて、そこのオーナーにひっぱたかれていた。
そして「知り合いならちょうどいい」という謎理論で、フィルはエリックの着替えを手伝わされている。
「服はきつくないですか? 肩を回したり、腕を前後に振ってみてください」
「うん……。特に苦しくはないかな。ただ、ちょっと袖が長い」
「じゃあ、同じサイズで袖が短めのものを探してきます」
上着をフィルに預ける。彼が去ってから、エリックは試着室に置いてある丸椅子に腰かけた。
「はー……」
怒涛の日々だった。ヨハンナとの面会が終わってからは特に。
フレイジーユから避難してきた人々は、ほとんどが魔法使いだ。彼らは住まいの情報をラシガムに戻せばいいし、ほとんど自分でできるので助かった。
だが一緒にやってきた一般の人々の中には、読み書きがまともにできない人もいた。彼らの移民手続きを代行したり、仮の住まいを手配したりと、やることが多すぎて残業を覚悟した。
それらが一段落したと思ったら、今度はなぜかタキシードの試着をしている。落差が激しすぎてエリック自身も状況を飲みこめていなかった。
「すみません、代わりの服を持ってきました」
「ああ、すみません」
ノックをしてフィルが入ってくる。
渡された上着を着ると、フィット感はそのままに袖の長さも合っていた。
「うん、ちょうどいいです」
「よかった。……あの」
フィルが言葉に詰まる。なんだろうかと彼を見ると、真剣な表情でエリックを見ていた。
「俺がこんなことを言うのは、おこがましいかと思います。でも……どうか、シャルロットをよろしくお願いします」
深く頭を下げるその姿は、元王太子だとは思えない。いや、そういう立場だったからこそ、エリックとシャルロットの仲を察して行動した。
エリックはフィルの肩を叩いた。
「言われずとも。今までの不幸をぜんぶ帳消しにするくらい幸せにしてやりますよ」
「……ありがとうございます」
顔を上げないフィルは鼻声だった。
シャルロットは、周りから確かに愛されていたのだ。それが見えなくなるほどの悪意の中にいたせいで、誰も気付かなかった。
だけど、その悪意はもうない。あとは、目一杯の幸せを受け取らせるだけだ。




