幕間2
(ねえちょっとマジであんたふざけてんの!? いいかげんにしてよ!!)
(うるさいわねえ。もうちょっと静かにできないの?)
(できるわけないでしょ!? なにこれ!? なんで町がこんな風になってんの!?)
(時間を進めればどこでも廃墟になるわよ)
(……は? 時間?)
(私の魔法は時間。時間を戻すことも、進めることも思いのまま。だから怪我を治すのも、建物を壊すのもお茶の子さいさいよ)
(なにわけのわからないこと言ってるのよ。どういうこと? つまり王様は? 王子様は?)
(死んだわよ。百年千年を無事に生きられるわけがないじゃない)
(なにしてくれたのよ! これじゃあお姫様になれないじゃない!)
(お姫様?)
(そうよ! あたしはお姫様なの! 白馬の王子様が迎えに来て、あたしをお姫様にしてくれるんだから!)
(…………。ふっ、ふふふっ、あははははっ!)
(なにがおかしいのよ!?)
(ああ、ごめんなさいね。まさか子供向けのお話を真に受けている子がいるとは思わなくて)
(は? なに言ってんの? あたしのお母さんが言ったんだからね?)
(は?)
(「お前はお姫様になるんだから、いつも綺麗にしていなきゃいけないよ」って。だから可愛くして綺麗にして、王子様が来る準備を万全にしておいたんだから)
(ぶっは! あはっ、あははははっ! ひぃーっ、お腹痛い!)
(はあ!? バカにしてんの!?)
(いやー、ここまでバカだとかえって天晴だわ! お花畑って本当にいるのね! あー、周りに人がいなくてよかった! ちょっと本当に笑い死にしそう! 死んでるけど!)
(ああもう、またわけのわかんないことを! いいかげん出て行ってよ! これはあたしの体よ!?)
(嫌よ、出た瞬間に原初の精霊様に捕まるんだもの。せめて魔法憲兵にすべてを話しておかないと)
(は? 魔法?)
(……本当に学習能力がないのね、あなた。私も素性を隠していたとはいえ、あの娼館の人間はだいたい察していたわよ?)
(なにをよ?)
(あなたが暮らしていた高級娼館に出入りしていた薬師の一人が私よ。他にも得意先を持っていて、この三百年はいろんな人の体を渡り歩いていたわ)
(さ、さんびゃく……)
(薬師の技術は、最初に乗っ取った魔法治癒師から得たわ。優秀な子で助かったわ。だからこそ、乗っ取る時はかなり入念に準備をして、信頼を勝ち取らせてもらったけれど)
(知らないし、そんなの。さっさと出て行ってよ)
(だからそうは行かないのよ。あなたに魔法の知識があれば話は別だったでしょうけれど、あなたには魔力許容量が膨大なだけの一般人だものね)
(だから、難しい話はやめてって言ってるの!)
(はいはい)
(…………。ちょっと、なんとか言いなさいよ)
(ナントカ)
(バカにしてんの!?)
(ええ、そうね)
(ッギィーーーー!!)
(ああ、うるさいわね。ちょっと寝ていなさい。追い出しやしないから安心して)
(だからっ、この体はあたしの……! ――――)
「……よし、眠ったわね」
ヨハンナは体の主が深い眠りに就いたのを確認して、ゆっくりと目を開けた。
冷たい風が吹きすさぶ。千年の時間進行を耐えた布をかき集めてもまだ寒い。
それらを握り直して、すっかり崩れ落ちた城下町を歩く。
壁が一面だけ残っている家屋。石畳を割って生長した木。風に揺られて今にも落ちてしまいそうな看板。
かつての賑やかな王都の面影はどこにもない。たった一日で千の時を超えた王都には、人っ子一人いなかった。
地面に落ちている小石を蹴る。軽い音を立てて、それは遠くまで跳ねて転がっていった。
「……ラウラ」
零れ落ちたのは、娘の名前。
かつて娘を陥れた王都を滅ぼしても、なにも戻ってこない。それはヨハンナ自身が一番わかっている。
それでも許せなかった。
もう一度、我欲のために魔法使いを取り込もうとした国が。
魔法使いだというだけで幼い子供を虐げた、愚かな連中が。
(……あの子は、無事かしら)
ラウラと同じ、あるいはそれ以上に凄惨な境遇にいた魔法使いの子どもを思う。
だが、そういう環境の片棒を担いだのは、まぎれもなくヨハンナ自身なのだ。
フレイジーユに復讐する。ただそれだけのために。
(無事に、ラシガムに保護されていればいいけれど……)
《ヨハンナさん》
遠巻きに警戒していた精霊の一人が声をかけてきた。
《魔法憲兵が到着した。大人しくしてろよ》
「……ええ」
元より抵抗するつもりなどない。
これで、不幸の連鎖を終わらせる。
「……あ、そうだ」
ふと、思い出した。
「ねえ、お城の地下牢を良かったら捜索してくれない?」
《は?》
「地上はあらかた廃墟にしたんだけど、地下までは頭が回っていなかったの。もしかしたら生き残りがいるかもしれないから、そっちのことを伝えてくれる?」
《おい、行くぞ!》
《そっちの見張り頼んだ!》
精霊たちが慌ただしく散らばる。
遠くに人の群れが見える。たった一人を相手になんだか仰々しくて、少し笑ってしまった。




