第59話
図書館できりのいいところまで読んだら、それらを借りて一度家まで戻る。
マーヤたちに本を預けて、目指すは城壁の一部を開放した展望エリアだ。
「……はぁ、はぁ……」
「シャルロット、もうちょっとですよ」
「はい……!」
展望エリアまでは、高い城壁に設けられた長い階段を上る必要がある。高さはおよそ四階分。普段あまり階段を利用しない身としては、なかなか堪えた。
無心になって階段を上り続けて、ようやく出口が見える。
視界が、開ける。
「…………」
城壁の上からまず望むのは、一面の森だ。ラシガムのシンボルである大樹の影響か、周辺の森は常緑樹で溢れている。そこから風に乗って鳥の歌が聞こえていた。
「シャルロット。こちらからメインストリートを一望できますよ」
エリックに促されて歩く。森の反対側では、整然とした街並みが見下ろせた。
正面に議事堂と大樹を置き、そこから一直線に伸びる大きな道。おそらくこの足元には正門が通っている。そんな重要な場所に一般人を入れていいのかと思われるだろうが、城壁の広さを利用して、憲兵と一般人が通れる場所を分けているのだ。それでもそれぞれが余裕ですれ違えるくらい広い。
観光名所の一つだが、一番人気の時間帯は夕方か夜明け前である。どちらも太陽によってラシガムや大樹が光り輝くのだが、それが息を呑むほど美しいと言われている。だから、日中は意外と人が少ない穴場なのだった。
大きな十字路には、ソフィ・ヴァリー商会と妖精新聞本社が見える。それ以外にも、ここで暮らしている間に立ち寄ったカフェや雑貨屋、本屋に花屋にパン屋。道行く人の動きも小さいながら見えるし、手の平サイズの辻馬車が行き交う。
少し離れた場所には巨大な農場が見えた。あそこで収穫された野菜が、毎朝近くのマーケットに並ぶのだ。
「良い国ですね」
思わず呟いていた。
「ええ。自慢の国です」
エリックも頷く。
「シャルロット。今日一日、一緒に見て回ってどうでしたか?」
「とても楽しかったです。新しい発見がありましたし……。その、嬉しかったです」
「うん。俺も、嬉しかったですよ」
沈黙が落ちる。気まずさは一切ない。ただ、次にどう話題を切り出そうかと悩む。
巡回する憲兵たちが通り過ぎた。
「「――あのっ」」
偶然にも、二人同時に声が出た。きょとんと顔を見合わせて、それから吹き出す。
「シャルロット、お先にどうぞ」
「いえ、エリックさんから」
くすくすと笑いながら譲り合い、エリックが先に根負けした。
「では……」
深呼吸をする。いつになく真剣な表情でこちらを見る彼に、シャルロットの鼓動も速くなる。
「シャルロット。あなたのことが好きです」
一瞬、なんと言われたのかわからなかった。
「あなたと出会って、最初はただ保護しなければ、守らなければと思いました。中途半端に魔法を使っている子どもを野放しにしておけないと。……でも、一緒に過ごしている間に、気持ちが変わっていったんです。もっと一緒にいたい。もっといろんな表情を見たい。……あなたが、一人前の魔法使いになっても」
言葉の意味がじわじわと染み込んでいく。胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。
「シャルロット。あなたが一人前と認められたら、俺と結婚してくれませんか?」
「…………っ、は――」
「――って、告白すっ飛ばしてプロポーズかーーーーい!!」
横から飛び込んできた大声に、返事が飲まれた。
そちらを慌てて見ると、こちらを指さして仁王立ちするエミリー。その後ろでは頭を抱えるジャネットとロゼット。
「……っこんの、バカ!!」
直後、ジャネットがエミリーの脳天にチョップを振り下ろした。グーじゃないのにものすごくいい音がした。
「いったあ!?」
「咄嗟とはいえ反応できなかった自分が悔しいわ! 兄さん、あとでこのバカ絞めちゃって! 私も絞めとくから!」
「ちょちょちょ、お姉ちゃん、待って、ギブ、ギブ!」
チョークスリーパーを極めながら、ジャネットが階段方面へ下がっていく。ロゼットはそちらへ向かう直前、シャルロットたちの方を見た。
《階段の方で待っているわ。止められなくてごめんね》
そう言って、ジャネットたちを追った。
三人を見送って、シャルロットは改めてエリックを見た。
一世一代の告白を邪魔されたエリックは、額を手で覆ってなんともいえない顔をしていた。怒っているような、恥ずかしいような、困惑しているような。
「もうちょっと空気を読めよ、あいつは……!」
とぶつぶつ言っている。
「エリックさん」
声をかけると、エリックが我に返ってこちらを見た。
どうしよう、心臓がバクバク言っている。喉が渇く。でも、伝えなきゃ。
「私、私も、エリックさんと同じことを言おうと思っていました」
「え」
「最初はただの憲兵さんだと思っていました。でも、魔法のこと、精霊のことを丁寧に教えてくれて。お母様との再会を手伝ってくださって。不安に押し潰されそうだった私を、絶対に見捨てないでいてくれました。……あなたが居てくれたから、私は前を向けました。国と、家と、戦うことができました。……すごく、安心するんです。エリックさんといると。だから、これからも一緒に居られるなら、とても嬉しくて、幸せなことなんだと思います」
呼吸を整える。こんなにドキドキしたのは、生まれて初めてだ。
「エリックさん……結婚のお話、お受けいたします」
不安に揺らいでいたエリックの目が、驚き、それから泣きそうになる。
不意に、圧迫感を覚えた。エリックの姿が消える。彼の肩が、髪が、耳が見える。
「よかった……!」
涙が滲んだエリックの声が囁きのように聞こえて、抱きしめられたのだと気付いた。
いつだったかとは違う。力強くて、でも優しい抱擁。
なんだか嬉しくて、シャルロットも真似をして抱きしめ返した。
二人の間でポシェットが潰される。
「あっ、そうだ」
シャルロットが慌てて離れた。
「どうしました?」
「あの、エリックさんに渡したいものがありまして」
ポシェットの中を探り、目当てのものを取り出す。
「これ、博物館で買ったんです。エリックさんに似合うと思って」
それはイヤーカフだった。一対のそれには緑色の小さな宝石がはめ込まれている。
「その、受け取ってくれますか?」
おずおずと差し出せば、エリックは食い入るようにそれを見つめていた。
「エリックさん?」
「……まいったな」
「え?」
呟いたエリックが、おもむろにポケットからなにかを取り出す。
「実は、俺もあの売店で買っていたんですよ。あなたに似合うだろうと思って」
それはイヤリングだった。雫型の茶色い宝石が、それぞれの金具の下で揺れている。
「せっかくですから、着けてみますか?」
「はい」
お互いの耳に、それぞれが選んだものが付けられる。
「どうですか?」
「似合っていますよ。俺は?」
「エリックさんも似合っています」
「それはよかった」
エリックの耳にはイヤーカフ。シャルロットの耳にはイヤリングが、それぞれ輝いている。
「一人前になれるまで、あとどれくらいでしょうか?」
「座学の面は問題ありませんし、コミュニケーションもおそらく大丈夫。今度、面談の予定を入れますよ。そこで俺以外の魔法憲兵と話をして、合格したら最終試験です」
「最終試験……」
「簡単なことですよ。俺ともう一人以上の魔法憲兵、それから一人以上の一般の方を証人として、魔法を安全に行使できれば合格です。きっと大丈夫ですよ」
「はい」
エリックが言ってくれるなら、本当にそうなのだろう。
差し出された手を自然と握る。
「帰りましょうか」
「はい」
そろそろ夕暮れ。人が集まり始めた。
階段のある塔まで戻ると、ロゼットが嬉しそうな顔で二人の周りを飛び回る。
色が濃くなり始めた空に、宵の明星が輝いた。
ところで昔は、好きな人の瞳の色にちなんだ宝石を身に着けると恋が成就すると言われていた。
また、自分の瞳の色にちなんだ宝石を交換して身に着けるのは、婚約を意味していた。
エリックの瞳の色は茶色。
シャルロットの瞳の色は緑色。
後日、ジャネットたちからこの話を聞いたシャルロットは、かつてないほど顔を真っ赤にしてベッドに飛び込んでいた。




