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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第58話

 食事を終えて売店に寄ると、宝石展に合わせてさまざまなアクセサリーや小物が売られていた。


「すごい数ですね」


「そうですね。これ、同じものを量産するのではなく、一点ものとして売り出すことで逆にコストを抑えているのか。金型だけは同じだから、宝石だけ変えてしまえばいい」


「……これ、最初から宝石をはめ込むのではなくて、パーツと宝石をお客さんに選んでいただけると、職人さんも楽なのではないでしょうか?」


「いいですね。……って、どこに提案するんだという話ですが」


「たしかにそうですね」


 二人でくすくすと笑い合う。


「せっかくです。お互いにじっくり見ていきましょうか」


「はい」


 ジャンル別に飾られているから助かる。宝石の色によって印象が変わるから不思議だ。


 シャルロットはそこまでファッションに強い興味がない。先ほど博物館を見て回った時も、宝石の綺麗さよりも知識欲が上回っていた。だから今も、自分が欲しいというよりは見て覚える方に興味が割かれている。


(……あ)


 不意に、視線が定まった。


(格好いい)


 そう思った。他の宝石と見比べてみるが、どうにも違う。この形で、この色が、いい。


 しかも自分が使うのではない。これを着けてほしいと思った。


 きっと似合う。そう思ったら、手に取っていた。


 ちらりとエリックの方を見て、彼が別の商品を見つめていることを確認する。気付かれないように早足で会計に向かった。


 幸い、欲しいものが見つかった時のためにと、リアム夫妻からお小遣いをもらっている。金額も予算内におさまった。


 財布と一緒にポーチの中にしまっておく。これで失くす心配もない。


 それが終われば、素知らぬ顔でまた商品を見ていく。博物館の外観をデザインしたハンカチやスカーフなども売られていた。使い道が限られそうな気がする。


 一通り見て回ったら、エリックを探した。会計のところにいたから、なにか買ったのかもしれない。


「エリックさん」


「おや、シャルロット。もういいんですか?」


「はい。たくさん見られました」


「じゃあ次のところに行きますか」


「はい」




 博物館と図書館は、実は目と鼻の先にある。議事堂の周辺に国立の施設があるのでわかりやすかった。


「おお……!」


 中に入ると、ずらりと並んだ本棚の数に圧倒される。読書スペースも豊富にそろえられており、一人掛けのソファから六人がけのテーブルまで設置されていた。


「じゃあシャルロット、今日のテーマ通りに本を選んでみますか」


「はい。『自分が読みたいと思った、普段読まないジャンルの本』ですよね」


「そうです。ではまた後で。集合場所は、あの二人掛けのテーブルで」


「はい」


 頷いて、またエリックと別行動をとる。


 本を読むのは久しぶりだ。以前は王太子妃候補の教育の一環として、新聞や過去の世界情勢を扱った本を読んでいたりした。それはそれで得たものがあったが、こと小説など娯楽品として本を読んだことはなかった。


 その小説にも恋愛ものやヒューマンドラマ、空想上の話など細かいジャンルがあると知った時は眩暈を覚えた。


 だからこそ、今日のテーマにぴったりだと思った。普段どころか一度も読んだことのない娯楽小説には、どんなものがあるのだろうか。


 ――と思ったのだが。


(お、多すぎる……!)


 カウンターで娯楽小説の棚を聞いて、案内されたのは「人文系」と銘打たれたジャンルの棚。そこが作者の名前順に並んでいるのだが、終わりが見えない。本を両面に収納する棚が十台以上は並んでいる。自力で選んでいたら日が暮れてしまう。


「あの、すみません」


「はい。なにかお探しですか?」


「その、初めて娯楽小説を読もうと思うのですが、おすすめのものってありますか?」


 カウンターに引き返してそう訊ねると、応対してくれた司書がふむと考える。


「いくつか聞いてもいいですか?」


「はい」


「どんな小説を読みたいとかはありますか?」


「いえ、どんなジャンルがあるかもさっぱりで」


「では、明るい話を読みたいですか? 悲しい話を読みたいですか?」


「明るい話がいいです」


「なるほど。でしたら、少々対象年齢は下がりますが、児童小説から入るのがおすすめですね」


「児童小説」


「子供向けに、柔らかくてわかりやすい表現の文体が多いのが特徴です。明るい話ですと……こちらの三点がおすすめです。探し方はわかりますか?」


「なんとなくは……あ、いえ。児童小説は、どのあたりにありますか?」


「あちらの奥にございます」


「わかりました、ありがとうございます」


「またお困りでしたら、遠慮なくお声がけください」


 本のタイトルと著者名、そしてそれぞれに振られた記号を書かれたメモを受け取って礼を言う。司書が示してくれた場所に行くと、先ほどの本棚とは雰囲気が違う場所に来た。


 本棚の背がすこし低い。カバーの色使いもカラフルだ。なるほど、初心者にはとっつきやすいかもしれない。


(ええっと……あった)


 著者名の昇順に並べられているのはこちらも同じだった。一冊ずつ探し出して、テーブルに向かう。


 あくまでも読んでみたい、と思うのが今回のテーマのポイントだ。詳細を読むのではなく、あらすじで惹かれるかどうか。


 司書が選んでくれた三冊は、それぞれ冒険、友情、恋愛がテーマとなっていた。


 ここではない架空の大地で、竜に乗り魔王討伐を目指す勇者一行の幻想譚。


 一年を通して友情が育まれる様を描いた、学校に通う少年少女の群像劇。


 そして、恋に落ちた少女が、王子様と結ばれるために奮闘する物語。


(王子様、か……)


 すぐに思い浮かんだのはエリックだった。


 彼は王族ではない。けれど、行く当てもなく彷徨おうとしていたシャルロットを見つけ、道を示してくれた。魔法使いの一員として認めてくれた。人間として認めてくれた。


 それがどれだけ嬉しかったか。


(読んでみたいな)


 でも、エリックに渡すのは恥ずかしい。自分が恋をしていると告白しているように思えた。だから、カモフラージュで冒険小説も選んだ。


 選ばなかった一冊を返し、二冊を抱えて目的のテーブルに向かう。


(……ん?)


 ふと、物陰からジャネットとエミリーが見えた気がした。もしかしたら、途中からつけてきたのかもしれない。


(まあ、ちょっかいを出されなければいいか)


 それよりもエリックだ。早く合流して、彼が選んだという本を読んでみたい。


「エリックさん」


 声をかけると、手元で広げていた本からエリックが顔を上げた。


「やあ。本は見つかりました?」


 図書館なので、小声でやり取りする。


「はい。こちらの児童小説なんですけど……」


「お、懐かしい。『竜騎士物語』ですね」


「知っているんですか?」


「ええ。ドラゴンというこの世にはいない存在に、特に小さい男の子は夢中になったものですよ。そちらのもう一冊は?」


「こちらは、自分で読もうと思いまして」


「そうですか。図書館の利点は貸し借り自由ですからね。家に帰ってじっくり読むのもいいですよね」


「私、そういうのが憧れでした。なにか物を持って帰るというのが、ちょっと抵抗がありまして」


「ああ……。ここではそういうのはありませんから。安心してください」


「はい。ところで、エリックさんはどのような本を選んだのですか?」


 シャルロットが訊ねると、エリックは読んでいたものとは違う一冊をテーブルの中央に置いた。


「こちらです。こういった哲学的な本を読んだことがあまりなくて」


「哲学は難しいですよね。わざと難しく書こうとしている人もいるくらいですし」


「シャルロットは、こういった本を読んだことがあるんですか?」


「嗜み程度ですが。この方の本は読んだことがありません」


「図書館は、基本的にその国で発行された書籍を収集、保管する場所ですからね。では、交換してみます?」


「いいのですか? 読んだことがあるのでは?」


「大人になってから読むと、新しい発見があるかもしれませんし。それに、だいぶ昔に読んだので、正直細かいところは覚えていないんですよ。ほとんどクライマックスだけで」


「まあ。では、どうぞ」


 選んだ本を交換して、ページを開く。


 静かな図書館で、絨毯が足音を吸収してくれる。ページを開く音と、誰かの息遣いだけが空間を満たす。それは決して重苦しくない。けれど集中力が切れるほど軽くもない。本を読むのにちょうどいい重さ。


(わかりやすい)


 哲学書と言えば、一つの曖昧な言葉や感情に対して脈絡もなく著者が言葉を紡ぐようなものしか読んでこなかった。古典と呼べるほどはるか昔から読まれてきた書物だから、わかりにくさは一種の美学かもしれない。けれど、エリックが持ってきてくれたこの本は、その絡まった糸のように難解なものを優しく解いてくれた。


(いいな)


 図書館は良い。本を読む、という同じ目的で集まった人たちが、誰も邪魔をせずに自由に閲覧している。シャルロットはこの空間が好きだった。余計なことを考えなくていいから。


 ちらりと、エリックを見やる。大人――自分もそうだけど――の彼が子供向けの小説を真剣に読む姿は、けれどどうしてか様になった。


 ふと、エリックが視線を上げた。目が合う。


「どうしました?」


「い、いえ……。面白いですか?」


「ええ。帰ったら、こちらも読んでみるといいですよ」


 笑ってそう答えたエリックは、また本に目を落とす。


 シャルロットも手元の本を見やったが、内容はまるで入ってこなかった。


(……やっぱり、私)


 エリックさんのことが、好きなんだ。

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