第57話
初デートのプランはいたってシンプルなものになった。
まず国立博物館で期間限定展示されている、魔法と宝石のかかわりについての展示を見る。館内のカフェで軽く食事をしたら、国立図書館でそれぞれ本を選んで交換してみる。その後は、散歩をしながら城壁に上って町の内外を一望してみるのだ。
「じゃあ、大おばあさま。行ってきますね」
「行ってきます、マーヤさん」
《行ってらっしゃい。楽しんできてね》
マーヤに見送られて、いつもよりちょっと気合の入った服装でエリックとシャルロットは出た。
ちなみに、野次馬根性の強い姉妹対策のため、彼女たち限定でロゼットが隠蔽魔法をかけてくれた。出かけて五分もすれば解けるので、その間に距離を稼ぐ必要がある。
「すみません、国立博物館まで大人二人」
「はいよ。銀貨二枚ね」
辻馬車に乗り込んだら、あとは席で待つだけだ。
「馬車なんて久しぶりですね」
「ええ。あの長旅が遠い昔のようですね」
船に乗って一ヵ月、馬車に乗って一ヵ月。二ヶ月かかった旅の記憶は、意外なほどぼやけている。
「ああ、そういえばまた『青の渡り鳥』さんたちから手紙が来ていましたよ」
「本当ですか?」
陸路でお世話になった用心棒の一団の名前に、シャルロットの顔が明るくなる。町から町へ渡り歩く『青の渡り鳥』たちとの手紙のやり取りは難しい。しかし用心棒を束ねるギルドを通じて、互いの近況を知らせることはできる。特にシャルロットを取り巻く状況は、妖精新聞ラシガム版を取り寄せた方が早いくらいだった。
「ええ。妖精新聞を読んで号泣して、侯爵家没落の様子に祝杯を挙げたそうですよ。翌日は二日酔いで苦しんだって」
「だ、大丈夫だったでしょうか……?」
「あの滅茶苦茶苦い薬があるから平気でしょう」
そう言われて薬の味を思い出したのか、シャルロットが苦虫を噛み潰したような顔になった。
石畳の上をガタゴトと進む馬車に揺られて十分。街並みを眺めていたら、ゆっくりと馬車が停まった。
「国立博物館です。お降りの方はどうぞ」
「着きましたね」
「はい」
流れるようにエリックにエスコートされながら、シャルロットは馬車から降りる。
ラシガムは建物のほとんどが石で作られているが、国立博物館は巨大な石をくりぬいて作られたように滑らかな外壁を持つ。どんな技術が用いられているのか、日の光を浴びてつるりとした光沢が眩しく輝く。シャルロットは触って確かめたくなる衝動に駆られたが、そんなはしたない真似はしたくないのでぐっと我慢する。
ただ、ひとしきり眺めて満足した頃に、エリックに声をかけられた。
「行きましょうか」
「はい」
待っていてくれた。それが嬉しくもあり、ちょっと申し訳なかった。
その頃、一軒の邸宅から飛び出した二人の少女と一人の精霊がいた。
「んもぉ~! ロゼットさんのバカぁ! なんであたしとお姉ちゃんに隠蔽魔法をかけるのよ~!」
《だって最初からついていく気満々だったでしょ? それだけはなんとしても阻止しないと》
「ここまで警戒されるとかえってショックですよ。偶然を装って同じ場所でばったりくらいを想定していたのに」
《デートプランを密告してあげたんだから、それくらいは甘んじて受けなさいよ》
「少なくとも私はエミリーみたいな野次馬根性を持っていませんからね?」
「お姉ちゃん!?」
《私に言わせればどっちもどっちよ。じゃ、私はそろそろ合流するわ。邪魔するようならもう一回視界をいじらせてもらうから》
「えっ、ちょっ!? ロゼットさん!?」
「ああ~……精霊特有の飛べる体が羨ましい……!」
「じゃあ誰かと契約する?」
「しない。それはなんか、私のプライドが許さない」
「あ、一緒だ」
エミリーが嬉しそうに笑った。
博物館の展示は興味深いものばかりだった。
まだ魔法の技術や原理が判明、確立していなかった時代から、宝石はその色と輝きで神秘的な力があると信じられてきた。時には採掘場を巡って争いが起き、宝石そのものの逸話が原因で血が流れたこともあった。
やがて宝石の加工技術が上がるとともに、魔法の原理も少しずつ解明されていく。今では一部の宝石にお守り程度の名残があるだけだ。たとえばサファイアやアクアマリンには水難除けの効果が、トパーズには山登りや採掘者の加護があると信じられている。
それらのキャプションを、一つ一つ丁寧にシャルロットは読み込んでいく。隣のエリックがそれを見つめていることにも気付かない。
世界地図を使った有名な産出国を表した展示で、思い出したように声をかけられた。
「エリックさん、宝石って世界中で採掘されているんですね」
「そうですね。ただ、何百年もかけて堀り尽くされて、閉山したところもあるみたいですね」
「……そうか。無限ではないのですね」
「ええ。だからこそ、宝石の価値は年々上がっているそうですよ」
「港で見た宝石の箱は、一体いくらしたんでしょうか」
「…………。最終的に貴族が主に買うとはいえ、とんでもない値段な気がしますね」
それこそ、屋敷が何軒も建つのではないだろうか。
「ラシガムでは、宝石を買う人はいないのでしょうか?」
「それなりにいますよ。イヤリングやピアス、カフス、それから指輪や腕輪などにも使われますからね。よほど上質なものを望まない限り、手が届く金額ですかね」
「へえ……」
「小さなものであれば、おそらく売店で売っていますよ。買うかどうかはさておき、見てみます?」
「そうですね。後学のためにも、見てみたいです」
自分が欲しいからではなく、学ぶために。その姿勢に内心苦笑しつつ、エリックはゆっくりと展示を眺めるシャルロットについて回った。
じっくり眺めていたらお昼を過ぎていた。
「すみません、エリックさん。長々と付き合わせてしまって……」
「気にしないでください。おかげでこうしてゆったりと座れていますし」
ピークタイムを過ぎたおかげか、併設されているカフェの満席率はおよそ七割。満席ではないが、空きすぎているわけでもなかった。なにより並ばずに店内に入れたのが大きい。
「おまちどおさまです。こちらランチのオムレツセットです」
「あ、彼女に」
「はい。それから、日替わりランチAセットですね。食後の紅茶はあとで持ってきますね」
「はい」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
料理を運んできた店員が一礼して去っていく。
テーブルには、できたてだろう湯気が立ち上るオムレツとパスタのセットが並んでいた。オムレツにはサラダとパン、パスタにはサラダがそれぞれついている。
「では、いただきましょうか」
「はい」
食前の祈りをささげて、それぞれ食べ始める。
シャルロットは美味しいものを食べると、目を輝かせる癖がある。特に派手な反応ではないのだが、普段が控えめな分、如実に顔に出る。それから、心なしか顔を中心に花が舞っているように見えることもある。
今も、真っ赤なケチャップがかかったオムレツを口に運んで、ちょっとだけ頬を赤らめている。
「……あの、エリックさん?」
「はい?」
「私の顔になにかついていますか?」
「え、いえ……ああ、唇の端にちょっとケチャップがついていますね」
「あら」
シャルロットが丁寧な仕草で唇を拭う。その所作の一つ一つが綺麗で、ぼうっと見惚れた。
「取れたでしょうか?」
「……ああ、うん。取れました」
「よかった」
シャルロットがほっと笑う。
(……まいったな)
気取られないように頭を抱える。
認めたくなかったが、認めざるを得ない。
(べた惚れじゃないか)
「あっ、やっと見つけた」
「店内じゃあまりジロジロ見られないわね。エミリー、図書館へ先回りしましょう」
「うん、そうだね!」




