第53話
《シャルロットちゃん、シャルロットちゃん!》
昼下がりのカフェに、男の精霊が一人飛び込んできた。テラス席でおしゃべりしていたシャルロットたちはびっくりして身を引く。
「わぁ、どちら様?」
《憲兵隊の詰め所にいる精霊だ! 妖精新聞から緊急の速報が入ってきたんだ!》
精霊だから息は切れていないが、その顔に余裕はない。ぶるぶると震える手で、握りしめていた紙を開いた。
《フレイジーユの王都が滅んだ。しかも下手人は精霊だ》
「《は?》」
心の底から疑問の声を出したのは、ジャネットとロゼットだ。
「ちょっと待って。精霊? 契約している魔法使いはいないの?」
《急すぎてあっちにいる魔法使いたちが大混乱しているんだ。伝わっているのは、精霊が人間の体を乗っ取っていること、時間を進める魔法の使い手であること、それから遠目だけど宿主が若い人間ってことだけだ。それだって確たる証拠がない。なんせ魔法を使った人間の近くに精霊がいなかったための憶測なんだから。各地に駐在している魔法憲兵に緊急の招集がかかっている。こっちも最低限の人員を残して全員がフレイジーユに向かうことになった》
「では、エリックさんも?」
シャルロットの問いに、精霊は首を横に振った。
《いや、エリックは君の保護担当だ。いくら緊急事態とはいえ、きみの傍を離れるのはよろしくない。というか、この機会に君がこっそりフレイジーユに戻られたら滅茶苦茶困る。だから君のストッパーとして、エリックには残ってもらうしかないんだ》
「そう、ですか」
《……シャーリー、なんで残念そうなの? もしかして本当にフレイジーユに戻るつもりだった?》
ロゼットが娘の顔を覗き込む。シャルロットは慌てたように小さく首を振った。
「そういうわけではありません。ちゃんと保護教育が終わった後に訪ねようとは思っていましたが」
「えー、行かなくていいじゃん」
「そういうわけにもいきません。私が王都を飛び出すまでの間、いくつもの飲食店さんのご飯を盗んで命を繋いできたので。そのことでいろいろと話さなきゃいけないなと考えていたんです」
周りの空気がちょっと変になった。
「…………。シャルロット、それは別にいいんじゃない?」
「うん、バレてなかったんでしょ?」
「たぶん……」
「じゃあわざわざ行かなくてもいいよ」
「そうでしょうか?」
「そうそう。シャルロットって変なところで真面目だね~」
テーブルを囲む女子たちが笑う。彼女たちはエミリーの友人だ。
ラシガムに来て三ヵ月を過ぎ、王都を飛び出してもうすぐ半年になる。ようやくシャルロットは普通に話せるようになっていた。
《まあ、もう滅んでいるからね。行ったとしても店の外観が残っていれば万々歳だ》
《時間経過の魔法って言っていたわよね? 人間の体に対しても恐ろしいけど、町全体にそんなことできるの?》
《とんでもなく相性のいい魔法使いか、その素養を持つ子を見つけたってところだろうな。白昼堂々やってのけたらしいし。〝ルビーの夜〟をはるかに上回る大災厄だよ》
《王都の人たち、どれくらい生き残ったの?》
《えーっと、魔法使いの中で連絡が取れなくなっている人は、ひとまずいないかな。一般の住人がどこまで逃げ切れたのかはわからない。……たぶん、ほぼ全滅なんじゃないかな》
《……そう》
〝ルビーの夜〟でも、王都の約三分の一の人々が死んだ。それでも復興できたのは、当時の王太子を除く王家がほぼ無傷だったからだ。魔法使いを除くほぼ全員が死んだとなれば、国は機能しない。
《妖精新聞からの情報じゃあ、王城から崩壊が始まったらしい。それに精霊が気付いてくれて、魔法使いたちは脱出に成功したみたいなんだ》
「え、王城から?」
「城の中にいる魔法使いって、相当強い人なんじゃ……?」
顔を見合わせるジャネットたちに、シャルロット母娘が否定した。
「ありえません」
《シャーリーの言う通りよ。あの国にお抱えの魔法使いはいない。でも、魔法使いが捕まったならこちらに通達されるはずよね?》
《ああ。そういう決まりだ。シャルロットちゃんの件でゴタゴタしている今、余計な軋轢を生みたくないはず》
「じゃあ、捕まった人が土壇場で魔法使いに目覚めて、契約した?」
「いやいや、そんなお話みたいに都合のいいことある?」
「ないでしょ」
女子たちは笑った。シャルロットも考えこみながら頷く。
《じゃあ、オレは伝えるべきことは伝えたから》
「フレイジーユへ向かわれる憲兵さんたちに、よろしくお伝えください」
《ああ、任せろ》
精霊は手を振ると、すぐさま詰め所の方向へと飛んでいった。
「例の魔法治癒師の行方もぜんぜんわからないもんね~」
「ついでに見つけて捕まえてくれるといいよね」
「いっそそいつが犯人だったらわかりやすいのにね」
「本当それ!」
「ねえねえ、それより今度やる個展なんだけどさ――」
女の子たちの話題は移ろいやすい。知り合いらしい画家の展覧会のプレゼンをする少女の話にシャルロットも聞き入った。
だが、頭の隅ではまだ引っかかっていた。
直近で拘束されたと聞いたのは侯爵家の面々だ。そのうちの誰かが魔法の才能に目覚め、悪しき精霊と契約した。悪しき精霊は契約した人の体を乗っ取り、王都を滅ぼした。
しかし、興味本位で王都を滅ぼす人などいるのだろうか。大量殺人ならまだしも、王都を壊滅させたのだ。並大抵の熱量ではない。
それこそ〝ルビーの夜〟を引き起こした女性のように、激しい怒りを抱いているとか――
「ねえ、シャルロットはどう? 行く?」
話を振られたシャルロットは我に返る。
「はい。行ってみたいです」
「よし、決まり!」
「じゃあ来週の午後にする?」
「オッケー、スケジュール空けとくね!」
話は賑やかに、時間は穏やかに進んでいく。
シャルロットはお店おすすめのミルクティーを飲んだ。
ほのかに甘くて、紅茶の香りがはっきりと感じられる。
美味しいな、と。楽しいな、と思った。
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