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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第54話

「はぁ……。うー……。はあ……」


「エリック」


「ん?」


「うざい」


「え?」


《うん、うざい》


「え?」


 詰め所にいたエリックは、同僚のライナルと精霊の言葉にぴたりと動きを止めた。


「フレイジーユの状況が気になるのはわかるよ? でも書類仕事進んでないし、そこでうろちょろされるとこっちも集中できないんだけど」


《あとため息つきすぎ》


「……マジか」


「いや『マジか』はこっちのセリフなんだけど」


 無意識だったとは恐れ入る。


《そんなに心配だったら、シャルロットちゃんのところにいれば?》


「護衛の騎士でもないのにそんなことできますか。好きでもない男にそばにいられても、シャルロットの余計な負担になるだけでしょう」


「んえ? 負担?」


《好きでもない男?》


「……なんですか」


 じろ、とエリックが二人を睨む。ライナルと精霊は顔を見合わせた。


「えー……。待って、無意識?」


《あんなに良い雰囲気だったのに?》


「待て待て待て。弟みたいなこと言うな」


 口元を手で隠してこちらをニヤニヤと見つめる二人を手で制する。嫌な予感しかしない。


「あっ、弟君も気付いてるんだ」


《いやー、気付かない方がおかしいでしょ。妹ちゃんたちからはなにも言われてないの?》


「まったくですが」


「ああ、本人たちが気付くまで見守るパターンかな?」


《それともこの状況を面白がって黙っているだけか》


「後者の方が余計にタチが悪いんだけど!?」


 だとしたらちょっと焦る。いやなにに対して焦っているのかエリック自身もわからないのだけれど。


「なーエリック」


 ライナルが訊ねた。


「エリックにとってシャルロットちゃんってどんな子?」


「教育監視対象だけど?」


 即答すると、二人がなぜか頭を抱えた。


「オゥ……」


《うわー、曇りのない目で答えやがった》


「なんか失礼じゃないですか?」


《いや、こっちとしては大マジなんだけど》


 精霊が咳払いをする。


《んじゃあ、もう一個質問。シャルロットちゃんといるとどんな気持ちになる?》


「どんな……」


 記憶を掘り起こす。


 最初は、食材泥棒として捕まえるために接触した。あの時の恐怖し、すべてを諦めたような顔はきっと忘れることがない。


 話を聞いているうちに、ろくな教育――魔法使いとしても、人間としても――を受けていないことがわかった。食事の面で感激されたショックは今も覚えている。


 ラシガムへ護送中に、魔法使いとしてのいろはを教えた。最愛の母との再会では、こちらももらい泣きしそうになった。というかした。本人の前では必死に隠していたけれど。


 港で誘拐されそうになった時、その場にいなかった自分を何度も殴りたくなった。シャルロットが庇ってくれたのが余計に堪えた。


 馬宿で感情を爆発させたのを見て、怒りで目の前が真っ赤になりかけた。彼女の隣で支えてやらなければと思った。


 ラシガムに着いて、妹たちをはじめとした人々と触れ合って、少しずつ彼女の表情が和らいでいった。それが嬉しかった。


 ずっと隣にいたいと思った。


 でもそれは、魔法憲兵としての一線を越えることになる。それはあってはならない。


「……一緒にいると、落ち着きます」


 だから、嘘でも本当でもないことを答えた。


《はい、ダウト》


 だが精霊がそれを否定した。慌てて顔を上げる。


「え、なんで……って、同僚相手に審議判定の魔法使わないでくださいよ!?」


《いーじゃん、本当のことを話してくれないなんて水臭いぞ? それに、精霊の情報網を舐めないでほしいな。馬宿でも妖精新聞の本社でも、シャルロットちゃんに対して〝赦し〟を出したのはお前ひとりだぞ?》


「は?」


 素っ頓狂な声が出て、慌ててもう一度記憶を手繰り寄せる。


「そうだったか? ……いや、でも……え?」


「混乱してる、混乱してる」


 ぶつぶつ呟くエリックを前に、ライナルと精霊がくすくすと笑う。


《じゃあさ、エリック、仮にだよ? ラシガム在住の誰かとシャルロットちゃんがいい感じの雰囲気になって、お付き合いするってなったらどうする?》


「っ、……っ」


 ふざけるな、という言葉が喉から出かかった。


 自分はあくまでも、シャルロットが良き魔法使いとして独り立ちするまで付き添っているに過ぎない。独り立ちしたうえで好意を抱いてくれるならともかく、まだ半人前の状態でそれを想像するのは難しい。


 ――そのはずなのに、頭が一瞬で沸騰した。そんなのは許さないと、心のどこかで叫び声がした。


《シャルロットちゃんのことをしっかり好いていないと、彼女のことをまるごと受け止めて支えるなんて覚悟を持った赦しは簡単にできないよ。無自覚に惚れ込んでいるんだったら、いい加減認めた方が良くない?》


 精霊の言葉が右から左に通り抜けていく。しかしその意味だけは楔のようにしっかりとエリックの頭に焼き付いて離れない。


 だったら俺が赦しますよ。馬宿で確かにそう言った。


 妖精新聞の本社では、シャルロットが幸せになってもいいと説いた。


 どうしてそんなことを言ったのか?


 かける言葉はなんだってよかったはずだ。他人のことなんかどうでもいいとか、悩む必要なんかないとか。


(違う)


 彼女に必要だったのは、もっと根源的なものだ。十年にわたって存在を否定されて、シャルロットは最悪の決断をする瀬戸際にいた。生に執着しない彼女を繋ぎ止めるには、手を掴むだけじゃ足りない。抱き寄せて崖から引き離さなければならなかった。


 ではなぜエリックはそうしたのか。


――消えろと言われたから、消えました。


 シャルロットの声が甦る。


 おそらく、その言葉を聞いた時から、目が離せなかったのだ。


 今にも消えてしまいそうな彼女を繋ぎとめるために。庇護欲や義務感といった綺麗な感情ではない。


 抱きしめて、ここに居ていいと囁いて。安心して自分の足で立って、隣に立ってくれるように。


「…………恥ずかしぃ」


 無自覚だった重い独占欲に気付いて、エリックはしゃがみ込んだ。


「やっと気付いたかよ」


 笑うライナルたちへ怒る気力は残っていなかった。

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