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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第49話

「あ~、笑った、笑った! いいもの見せてくれてありがとうね!」


「ア……ハイ」


「フィル君、奥でちょっと休んでいようか」


「ハイ」


《あらら~……。あれはしばらく駄目そうね》


「片やショッピング、片や廃人って、温度差がひどいな」


「やめて兄さん、また笑わせないで」


 エミリーがしゃがみこんでプルプル震えている。


 それを尻目に、シャルロットはさっさと服が並ぶエリアに移動していた。


《好きの反対は無関心なんて言うけど、本当なのね》


「なにがですか? お母様」


《なんでもないわ。シャーリー。いろいろと眺めているけど、どんな服がいいの?》


「暖かい服がいいなあ、と」


「……ん?」


 呟きを聞いたエリックが、慌ててシャルロットの方を見た。


「え、ちょっと待ってください、シャルロット。今、自分の希望を言いました?」


「え?」


 振り返ったシャルロットを、ジャネットたちも慌てて見やる。


「……そういえば、そうかもしれません」


 拳を顎に添えて考え込んだシャルロットは、そう答えた。


 エリックとオスカーが目を見開き、ジャネットとエミリーが顔を見合わせる。


「――やっ……!」


「店でこれ以上大声を出すな!」


 叫びそうになった妹たちの口を慌てて塞ぐ。そんなエリックは小声で怒鳴るという器用なことをやっていた。


 言えない彼女たちに代わってロゼットが訊く。


《もしかして初めてじゃない? 自分のやりたいことや欲しいものを言うのって》


「……そうかも、しれません」


 完全に無意識だった。雪が降るほど寒くなるのだから、室内でも屋外でも暖かい格好をしたい。そのためならどんな格好でもいいと思っていたが、店内に飾られた服はどれも彩り豊かで、眩しくて。


 欲しい、と思ったのだ。きっと、生まれて初めて。自分からなにかを望んだ。


《じゃあ、選んでみましょう》


 ロゼットが言った。


《好きな色やデザインがあったら、それをキープしましょう。あとで試着させてもらえば、より絞り込めるわ》


「そ、そんなに選んでいいんでしょうか?」


《この前の服選びだって似たようなものだったじゃない。何事も経験よ。まずは最初の一着を選んでみましょう》


 ロゼットの手が背中に添えられる。それに押されるようにして、シャルロットは改めて服を見た。


 白や赤、黄色、緑。トップスにボトムス、インナーにアウター、アクセサリー。


 候補は山のようにある。その中から選ぶのは勇気がいるように思えた。


「……あ」


 撫でるように動いていた視線が止まる。自然と手が伸びた。


《あら、いいじゃない》


 手にしたのは、シェパードチェックのロングスカートだった。山吹色をベースに赤の格子模様が入っている。ドレスのようなたっぷりした生地ではなく、すとんと一直線なのが潔い。生地は羊毛を固めたものなのか、ふわりとした手触りなのにしっかりと硬い。なにより暖かそうだ。


「お母様」


 声が震える。心臓がバクバクとうるさい。駄目と言われたらどうしよう。


 でも、手放したくない。


「これ、着てみてもいいですか?」


《ええ。キープしてもらいましょう》


 ロゼットが店員を呼ぶ。すぐに精霊店員が飛んできて、スカートが預けられた。


 シャルロットは静かに息を吐いた。体が震える。まだ心臓がうるさい。でも、なにかをやりきったような爽快感があった。


《やったわね、シャルロット》


 ロゼットが言った。


《初めて、自分で服を選べたわね。なにかを選べたわね》


「……はい」


 頷いて、現実味が湧く。


 今までは、そういう立場を押し付けられていた。なにかを選ぶということが――生きる最低限の選択以外ができなかった。


 自由に、なんでも選べる。


 体の底から震えが止まらない。その小さな振動が喜びの発露であると、シャルロットはまだ気付けなかった。


「やったじゃん、シャルロット!」


 エミリーが抱き着いてきた。


「ねえねえ、あたしも選んでいい?」


「こら、せっかく選ぶようになったんだから、今日はジャッジに回りな」


 すかさずジャネットが突っ込む。


「良い色だったね、さっきのスカート。きっと似合うよ」


「ありがとうございます」


 まだ震えが止まらない。心臓のあたりがぽかぽかと温かくなる。


「スカートを選んだから、次はトップスにしてみる?」


「アウターもいいよね」


《はいはい、順番ね》


 女性四人で固まって服を選ぶ。


 それを見ていたエリックは、一人安堵のため息をついた。


「よかった」


「兄ちゃん、それ何目線?」


「うるさい」


 オスカーを小突くが、まったくダメージがないようだ。


「兄さん、オスカー、あとで男目線の感想が欲しいからよろしくね」


「ああ」


「長くなりそうだったら先に帰るからな」


「せめて一セットくらいは見てから帰りなよ?」


 兄妹で一通り言い合ったら、妹たちは服選びに戻る。


「じゃあ、俺たちも適当に冷やかすか」


「女の買い物って長いんだよなあ……」


「俺を誘おうとしてドツボにはまったな。諦めろ」


 肩を落とすオスカーを慰めつつ、エリックはメンズの新作を眺めていた。


◆   ◆    ◆


 一通り服を選び、試着を重ねて絞り込んだら、再び服を何着買うかで揉めた。


 結局トップスとボトムスを三着ずつ、アウターを二着買うことで決着した。いつのまにかマフラーや帽子、手袋まで購入されていてシャルロットは悲鳴を上げていた。


「エリックさん、すみません。こんなに荷物を持たせてしまって」


「いいんですよ。買い物に男が付き添うのは、だいたい荷物持ち役なので」


 かさばるアクセサリー類や重いアウターをエリックが、トップスやボトムスが入った袋はジャネットが持ってくれている。ちなみにオスカーは宣言通り、本当に一セットだけ感想を言ったら帰ってしまった。


「いいんじゃない?」


 と言ってくれていたのは、兄姉たちに絞られた影響だろう。


「にしてもさー、あの元王太子、用意周到過ぎない?」


 そう言ったのはエミリーだ。手にしているのは封がされていない封筒。


「うまく言えなかった時用に手紙を用意しているとかさ。ストーカーじゃん」


「そこまで言いますか……?」


《ストーカーじゃないけど、まあここまで追ってきたのは執念よね》


 ロゼットも呆れた顔をしている。


《店長が検閲してくれたとはいえ、なにが書いてあるかわかったものじゃないものね》


「俺が確認してから、シャルロットが読みたい時に読めばいいですよ」


「うーん……」


 エリックがそう言ってくれるが、シャルロットの反応は悪い。


「どうしたの? なにか心配事?」


「心配事と言いますか……。あんまり興味がないので、そのままエリックさんに預かっていただいてもいいですか?」


「ええ、まあ……」


(ここまで興味を失われると、逆に気の毒だな)


 と思いつつ、ちょっとざまあみろとも思っている。公衆の面前で婚約破棄してくれたのだ。シャルロットの気付いていないダメージがどれほどのものか。


(とりあえず夕食後にでも読んでみるかな)


 ――なんて思っていたエリックは、夕食後の団欒に青い顔で飛び込むことになる。


「シャルロット、ロゼットさん! これ、やばいです。ラシガムの沽券にかかわりますよ!!」

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