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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第48話

「いやー、見事な転落っぷりね」


「領地の屋敷にも家宅捜索が入ったんでしょ? これ領地の没収もある感じ?」


《あるんじゃない? 順風満帆な生活を自分の魔法使い嫌いで手放したんだから》


「すげーな……やったことがえげつないから、やられているのを見てもなんとも思わない」


 エリックの家のリビングで広げられているのは、フレイジーユの日刊新聞だ。各地の新聞を取り寄せてくれる店で、現地から数週間遅れで購入できる。それを眺めているのはシャルロットとロゼット、そしてエリック四兄妹だ。エリックは今日非番である。


「シャルロット、さっきから黙っていますが、大丈夫ですか?」


 エリックがちらと横顔を窺う。が、心配している彼をよそに、シャルロットの表情は凪いでいた。


「はい。……なんというか、遠くの出来事のように感じます」


《実際、物理的には遠い国の出来事だからねえ》


「これなら追手の心配もない感じかな?」


「じゃないの? 追手を放つだけの余裕が娼婦母娘にある?」


「ないね」


 ジャネットとエミリーが笑う。


「てことはさ」


 オスカーが言った。


「シャルロット姉ちゃん、いつかはここを出て行く感じ?」


「は?」


 エリックが素っ頓狂な声を出す。ジャネットがぎこちなくオスカーを見た。


「……オスカー? どういう意味?」


「待て。追い出したいわけじゃない。今までここにいたのって、匿うのも目的の一つだったんだよな?」


「まあ、そうだな」


 弟に話を振られ、エリックが頷いた。


「でも生活の基盤ができるまではここで暮らすことになるぞ。そもそも、まだフレイジーユの貴族の令嬢だ。あちらで貴族籍から抜ける手続きをしなきゃならない」


「えー、ラシガム(こっち)に来たらもうラシガム(こっち)のものじゃん!」


「そういかないのが国際問題なんだよ。体がこっちにあっても、シャルロットの身元を保証しているのはフレイジーユなんだ。フレイジーユとラシガムは友好関係にあるから、書類を送るだけで貴族籍を抜くことはできるだろう。あとはこっちで正式に永住手続きをすれば、晴れてシャルロットはラシガムの住人になれる」


「んじゃそれすぐにやろうよ!」


「必要な書類をフレイジーユが送ってくれなかったんだよ! 仮にも元王太子妃候補だったし、あの説得が上手くいっていたら本当に帰国することになっていただろうからな。あっちも二の足を踏んでいたんだろう。ま、父親の失脚と、場合によっては家の取り潰しにもなるだろうし。そうなってくれればこんな面倒臭い手続きを踏まずにいられるんだけどな」


「……じゃあ、もう一度だけフレイジーユを突いてみますか?」


 シャルロットが言った。その言葉に全員が彼女を見る。


「どういうこと?」


「私の貴族籍を残していたのは、王太子妃候補としてスムーズに戻れるようにするためでした。それが潰えた上に、侯爵家は取り潰しの危機。そして、今も貴族籍が残っていると、こちらにいる私自身が不便です。いらぬトラブルに巻き込まれる可能性だってあります」


《つまり、『そちら(フレイジーユ)の余計な火の粉が降りかかってきたら容赦しないゾ☆』って言えばいいのね》


「ものすごく平民らしく言えば」


「……貴族ってスゲー」


 オスカーの声が震えた。そして四兄妹全員が思っていたことである。


(これをあの貴族特有の回りくどい装飾語だらけの言葉で伝えるんだから、伝える方も伝わる方もどんだけ深読みしてんだか)


 エリックが魔法憲兵としてフレイジーユに派遣されていた年月は決して長くないが、それでも貴族の大げさな表現には何度も辟易してきた。平民ともめている方がまだお互いスパッと言い合える。


「というか、シャルロットって手紙を出せるんですか?」


 ものすごく失礼な言い方だが、なにしろずっとネグレクトされてきたのだ。いくら成績優秀だったとしても、貴族としての教養のレベルは怪しい。


「王妃殿下主催のお茶会に、妃殿下付きの侍従が直々に持ってきてくださったものがあります。ある程度は真似できるかと」


《……ねえ、まさかとは思うけど、シャルロット宛ての手紙もあいつらがぜんぶ燃やしたとかない?》


 ロゼットの言葉に沈黙が降りる。


「……一応、あとで妖精新聞に知らせておきます。それも王家が追及してくれると思いますが」


 王都だけでなく領地の屋敷まで家宅捜索が入ったのだ。徹底的に調べ上げてくれるだろう。


「ねえねえ、じゃあこの後どうする?」


 エミリーが話題を変えた。


「そろそろ寒くなってきたしさ、シャルロットの冬服を買ってもいいと思うんだよね」


「いいわね。シャルロット、行きましょう!」


「え、そ、そんなに冷えるんですか?」


「日によっては雪が降りますからね。今の服装だと確実に凍えます」


《オシャレに気合が入っている人は、火魔法が使える精霊と契約してわざわざ薄着していたりもするけどね。さすがにシャーリーはそこまでじゃないでしょう?》


「はい」


 最近、ようやく古着ではない服に抵抗がなくなってきた。最初は下着さえも着るのに躊躇があって、ロゼットの


《早くしないとジャネットたち呼ぶわよ》


 で慌てて着替えていた。今ではそれがないのだから、慣れって恐ろしい。


「あ、俺も新しい服探したい。兄ちゃん、付き合って」


「お前、そんな年じゃないだろ」


「いいじゃんか。シャルロット姉ちゃんの新しい服が見れるぜ?」


「人を下心丸出しみたいに言うな!」


「ああ、でも男性陣の意見も聞きたいかも」


「よーし! じゃあみんなでソフィ・ヴァリー商会に行こう!」


 そうと決まれば外出準備だ。いまだにそのテンションに慣れないシャルロットは、ジャネットたちに引きずられるようにして部屋へと連行された。


 それを見送ったエリックは、そそくさと部屋へ戻ろうとする弟の首根っこを掴む。


「ぐぇ」


「おいオスカー、どういう風の吹き回しだ?」


「え?」


「お前、着る服なんて数年に一着くらいしか替えないだろ? しかも春秋は兼用。今着ているその服、今年の春に買ったものだって見せびらかしてきたじゃないか」


「……なんだ、覚えてたんだ」


「久方ぶりの会話を忘れるほどボケちゃいない。なんで俺をわざわざ誘導したんだ?」


 エリックが問い詰めると、オスカーは信じられないものを見るような顔になった。


「え……気付いてないの?」


「なにが」


「兄ちゃん、最近ずっとシャルロット姉ちゃんのこと見てんじゃん」


「……は?」


「食事の時もそうだけど、さっき新聞を見てた時だって、ずーっとチラチラ見てたじゃん。……え? もしかして本当に気付いてなかった? なんなら最近、最初に話題を振るのだってシャルロット姉ちゃんじゃん」


「……そうだっけ?」


 必死に記憶を掘り返す。誰かになにかを言ったり聞いたりした記憶というのは、案外残らないものである。


 たしかにいろいろとシャルロットに対して言っていたような気がしなくもないが、そこまでしつこかったかと言えば、そうでもない。……少なくとも、エリックはそう思う。


 記憶の発掘に夢中になりすぎて、オスカーを掴む手が緩んだのにも気付かなかった。


「ジャネットねえちゃーん! エミリーねえちゃーん! エリック兄ちゃんぼくねんじーん!」


「ちょっと待ておいこらオスカー!」


 十歳未満の子どもか、と突っ込みながら、弟を確保するべくエリックは走り出した。




 出かける前に一騒動あったものの、シャルロットは四兄妹と共にソフィ・ヴァリー商会へとやってきた。


 最初に訪れた時と品ぞろえが違う。冬服らしい、温かくてモコモコした服が多かった。帽子や手袋、マフラーなどのアクセサリーも完全冬仕様である。


《あら、お嬢ちゃんいらっしゃい!》


 精霊が店の奥から飛んできた。もう一人と一緒にシャルロットを着せ替え人形にしてくれた店員である。


「お、お久しぶりです」


《今日はどうしたの? またお洋服?》


「は、はい」


《まあ、嬉しいわ~! あ、そうそう。あなたにお客さんが来ているのね》


「お客さん、ですか?」


 思わずエリックたちを見る。が、誰も知らないようだ。


《ねえねえ! フィル君呼んできて~!》


「はーい」


 人間の店員が店の奥へと入っていく。


 誰だろうか、と首をかしげていたら、バックヤードの方が騒がしい。


「ねえちょっと人間手伝って~! この子、意外と力強い!」


《あらあら》


 精霊が頬に手を当てる。店長や他の男性店員までバックヤードに入り、団子状態になって出てきた。


 手を引かれたり背中を押されたりしながら現れたのは、シャルロットと同年代の少年。短い金の髪に、黒と間違えそうなほど深い青の瞳。整った顔立ちは今、血の気を失ったように真っ青だ。


《あー、なるほど》


 ロゼットが納得したように言った。


《フィル、ね。なるほど、うまくもじったわね》


「お母様、知り合いなんですか?」


《は?》


 ロゼットがびっくりして娘を見た。


《あなた、フェルディナンド元王太子の顔を忘れたの?》


「は!?」


「え!?」


 エリックたちが声を上げた。


「…………」


 シャルロットはゆっくりと少年を見る。


 それから、そっとカーテシーの姿勢を取った。


「お久しぶりでございます、フェルディナンド様」


「様はもうやめてください」


 消え入りそうな声で少年――フィルことフェルディナンドは言った。


「今は平民です。ただのフィルです」


 掴まれていた腕を開放されて、両手で顔を覆う。断頭台に立つ罪人のような彼に、シャルロットはぱちりと瞬きをする。


 沈黙が辺りを支配した。時間にしておよそ十秒。だがその間、時間が止まったかのように誰も動けなかった。


「ええと、あの、フィルさん。いえ、お店の皆さんにお伺いしたいのですが」


 口を開いたシャルロットにフェルディナンドの体が強張る。


「はい」


《あら、なあに?》


「お洋服を見て回りたいのですが、そろそろ動いてもよろしいでしょうか?」


 顔を上げたフェルディナンドが、信じられないものを見るような表情になった。


 彼を連れてきた店員たちはみんな崩れ落ちた。


《え、ええ、いいわよ》


 精霊店員が引きつった顔で頷く。


 ロゼットとエリック四兄妹は爆笑していた。

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