第47話(王都side)
「国王陛下の、おなーりー!」
謁見の間に衛兵の声が高らかに響く。
玉座の下にいたウォーゲン・ド・アルヴァリンドは膝をついてこうべを垂れた。
静かで、重みのある足音が絨毯をこする。
「宰相アルヴァリンド侯爵よ」
王が静かに言った。
「そなた、妖精新聞を読んでおるか?」
「……嗜む程度には」
ウォーゲンはゆっくりと答えた。
「ないものをさもあるかのように書き立てますので、現在抗議の文書を送っているところでございます」
「……そうだな。そこは、余もいささか目に余ると感じていた」
いささかどころではない。ウォーゲンは心中で抗議した。
根も葉もない噂を最初に取り上げられてから、ジゼルとアデルは療養の名目で領地に引きこもらせている。アデルがかなり荒れているようだが、王都で騒ぎを起こされるよりは幾分かマシだ。
あのゴシップ紙のせいで周囲の目も白くなった。アデルが在学中にも引き起こしていた問題行動の数々が明るみになり、それに引っ張られるようにしてウォーゲンとジゼルも悪し様に言われるようになった。
貴族の学園は、在校生のほとんどが婚約中である。そこに色目を使えばどんな問題が起こるか火を見るよりも明らかだ。学園から総スカンを食らっていたのは想像に難くない。渦中のアデルはまったく問題視していなかったが。
(そもそも、あれがしぶとかったのが問題だった)
行方不明の長女シャルロット。姿を見なくなって久しいが、死んだという話は聞いていない。卒業パーティーで王太子の婚約者の座をアデルに明け渡したかと思えば、ゴシップ紙と手を組んでこちらを貶め始めた。ラシガム本国で発行されたものが、わざわざこちらで販売されている。日付を見る限り、忌々しい魔法を使って運ばれてきたようだ。
おかげで、宰相でありながら重要な仕事が回ってこなくなった。会議や会合など、話し合いはもちろん食事の席にも呼ばれなくなった。フレイジーユにある支社に何度も抗議しているが、
「我々はきちんと裏撮りした事実しか記しておりません。もしも違うのならば、我々のポリシーに反します。ぜひお話を伺いたいので、空いているお日にちをお知らせください」
と白々しい返答しかない。
平民落ちした元王太子との婚約を蹴ったアデルもアデルだ。王太子に選ばれるだけの実力を持った男だ、婿入りさせれば領地経営は盤石なものとなっていたはず。おかげで婿入りしてくれる貴族を改めて探す羽目になっている。
「ウォーゲンよ」
国王の声でウォーゲンは思考の渦から引き戻された。同時に、背中を嫌な汗が伝う。
国王が身内以外をファーストネームで呼ぶ場合、彼は相当に怒っている。
「王家の手引きでそなたと魔法使いロゼットは結婚した。その意味を、そなたは理解していたと思っていたのだが」
「……無論でございます」
「では、なぜシャルロットに邪険にした? 娼婦の娘を長女と半年違いで産ませたのにも理由があるのだろう」
(くそが)
ウォーゲンは内心で毒づいた。すべてわかっているのだろう。その上で、こちらの口を割らせたいのだ。王家は無関係であると内外に示すために。
「……おそれながら陛下。なにゆえに魔法使いの血を欲するのですか」
「質問に答えよ、ウォーゲン」
「陛下の質問にお答えするためです」
そう食い下がれば、国王は静かに唸る。
「……魔法や魔法使いは、ラシガムの専売特許となっている。力を過たず世界へ広めるには、国一つでは荷が重かろう」
「三百年前になにがあったかお忘れですか? あのような災いを国に持ち込もうとして、結果王都の半分が壊滅したのですよ」
「だからこそだ。力を災いとするか恵みとするかは、結局使う者次第だ。二十年前のハリケーンでそなたの土地を含む多くの地域で甚大な被害を被った。復興に何十年とかかる道のりをわずか三年で成し遂げた魔法使いたちに恩を返さずしてどうする」
「それとこれとは話が違います。あれらは一切の見返りを求めていなかった。陛下が御礼として城に一夜招くならばいざしらず、一代限りとはいえ爵位を与えるなんて……!」
「それほどの働きをしてくれたのだ。彼らが良き隣人であり、有能な人材であることはそなたもわかっているはずだ」
「しかしっ……!」
ウォーゲンは顔を上げた。上げてしまった。
顔を見ないことで、あえて優勢であると思い込もうとしていたのに。
国王は玉座で、微笑すら浮かべて座っていた。
文句のつけようがない、勝者の姿だった。
「しかし、なんだね?」
国王が促す。
(ああ、畜生が)
ウォーゲンは自分を罵った。
たかが一国の宰相が、その上に君臨する王の追及を本気で躱せるわけがなかった。今代の王はそこまで愚かではない。いや、あるいは婚約破棄劇こそが、賢王になる最後の試練かもしれなかった。他の女になびき、うつつを抜かせば、そこに他者の付け入る隙が生まれる。
フェルディナンドは馬鹿ではなかった。少なくとも学業を疎かにしていたような成績は残していない。それくらいはウォーゲンも知っている。だからこそアデルの婿にしたいと考えていたのだ。
だが目の前にいる王は、その座を継いでから――あるいは王太子時代から、幾度も国の危機を乗り越えてきた男だ。小手先の知恵でどうにかなるような相手ではない。
そうだとわかっていたはずなのに。
「……やはり殺しておくべきだったか」
項垂れたウォーゲンの口から零れ落ちた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「うん? もう一度言いたまえ」
「陛下。私は魔法使いが嫌いです」
ウォーゲンはハッキリと答えた。
「あれは人の領域を逸脱した怪物です。我々と同じ形をとりながら、我々には見えないものを使役して脅威を呼ぶ」
「魔法使いは精霊と交流すると聞いた。そしてそれは自分たちの先祖であると」
「そんなことは関係ありません。陛下は恐ろしくないのですか? 見えざるものに命令し、我々の命を脅かすというのに!」
国王は唸った。
「ふむ……。そなた、なにゆえにそこまで魔法使いを毛嫌いしている? 〝ルビーの夜〟で遠い親戚を失ったか?」
「いいえ。ハリケーンの復興を間近で見たからでございます」
「なに?」
国王の顔が怪訝なものに変わった。ウォーゲンは勝ち誇ったように笑う。
「陛下はおわかりにならないでしょう。人が空を飛び、水の流れを変え、壊れた家を積み木のように修復し、畑がまた種まきできるよう蘇らせる様を!」
当時のウォーゲンは、シャルロットやアデルと同じくらいの少年だった。学園を休んで領地に戻り、当代であった父と一緒に見て回ったのだ。自分にできることはないか。どうやったら一刻も早く領地を活気づけられるのか。
その時に見たのだ。復興の手伝いと言って父から許可をもらい、魔法を行使する魔法使いたちを。
領民たちは、その手腕に歓喜した。国が臨時で買い付け、ラシガムからも援助として無償で提供された農産物が行き渡る。あっという間に日常が戻る。
それを見たウォーゲン少年を襲ったのは、恐怖だった。
「あの時の魔法使いたちに感謝しています。ええ、していますとも! 彼らが居なければ領地がどれほど荒れたことか! 復興に何年かかったでしょうか! ですがあれは駄目だ。あれは悪魔の力だ。人には過ぎた力なのですよ、陛下」
「……ウォーゲンよ」
国王が静かに言った。
「そなた、魔法使いは滅びろと言いたいのか?」
「そこまでは言いません。この国がラシガムから輸入している作物の量を考えれば、あらゆる国が存亡の危機に瀕します。ですが私は、魔法使いを受け入れられない。私の視界から消えてくれればそれでいいのです」
「では、シャルロット嬢をそのように扱ったのも、魔法使いの娘だったからか?」
「ええ」
ウォーゲンはハッキリと肯定した。周囲がどよめく。
「そなたの娘でもあるのだぞ?」
「それ以前に、魔法使いの血を引くおぞましい化け物です。陛下、あなたも同罪ですよ。あなたが私とあれを結婚させなければ、こんな悲劇は起こらなかったでしょうに」
「そなたの妻ロゼットが病死したのも、そなたの差し金だというのか?」
「いいえ。あれは妻ジゼルの提案です。馴染みの薬師から買った香を独自に混ぜ、遅効性の毒としたと語っていました」
ウォーゲンは滑らかに語る。最早やけくそだった。
「やつが死んだ後に、あれにも同じ香を贈るつもりだったんですけどね。材料が切れた上に、私と再婚したせいか薬師と連絡が取れなくなったなどとほざいておりましたよ。その間にあれが勝手に消えてくれたのは幸運でしたが」
「……もうよい」
国王が言った。
「そなたには、語ってもらわなければならないことが山のようにありそうだ。衛兵、この者を牢へ。そしてこの者の家を、王都、領地を問わずくまなく探せ。すべて押収する」
「はっ!」
ウォーゲンは、両脇を兵士に抱えられて立たされる。そのまま引きずられるようにして謁見の間を出た。
(ああ、俺の人生も終わりかあ)
頑張ったのになあ。
魔法使いに国を奪われてたまるかと、人間の力で国を守ってやるのだと。その思いで宰相まで上り詰めたというのに。
「やっぱり、殺しておけばよかった」
それが、投獄前に発された最後の言葉であった。
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