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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第38話

 ライナルでは仕事にならないので、別の魔法憲兵が担当となった。

「女性の憲兵さんもいるんですね」

「珍しい?」

「少し」

「正直でいいわ。そのまま正直にいろいろと話してちょうだい」

「はい」

 シャルロットの聴取が終わらなければ、エリックが次の仕事に取り掛かれない。もし同僚がライナルの二の舞になったら、いつでも外に応援を呼べるよう待機していた。

 ――が。

「なるほど、たしかにライナルは感情的なところがあるけど、これはあいつにとって号泣ものだわ」

「そ、そんなにですか?」

「ええ。いや本当、よくぞ生きてくれましたって感じです」

 魔法憲兵がいくつも青筋を浮かべながら調書に誤りがないか確認する。手が怒りでプルプル震えていて、いつ紙を破いてしまうか心配だった。

 エリックは何度目かもわからないくらい天井を睨んで、深くため息をつく。

「ちょっとこれは、ただ事ではなくなりましたね」

「そうね。……はい、エリック。書類完成したよ」

「署名は?」

「あ」

 渡そうとした紙の束を慌てて引っ込める。こんな初歩的なミスをするような人ではないと思っていたため、エリックは内心驚いた。それくらい動揺しているということだろう。

 聴取を担当した憲兵と、シャルロットがそれぞれ調書に署名する。

「はい、今度こそOKよ」

「ありがとうございます。じゃあ妹たちに連絡しますね」

「見送りは私がするわ。あなたはそのまま書類作成に入って」

「はい」

 エリックが先に外に出る。すると、魔法憲兵は静かに深く息を吐き出した。

「ふー……」

 己の中の怒りを鎮めるように、何度かそれを繰り返す。それから、ゆっくりと顔を上げてシャルロットを見た。

「あなたはもっと怒った方がいい」

 唐突にそんなことを言われて、シャルロットはきょとんとした。

「え?」

「話を聞いていて感じた事よ。あなたの中に、怒りがない。ただ状況を受け入れて諦めている。それはいけない」

「…………」

「怒りというのは生命のエネルギーよ。少なくとも私はそう考えている。嫌なことをされたら、悲しいことをされたら、怒らなくちゃいけない。自分の意思を表明しなくちゃいけない」

「そんなことをしたら、迷惑を……」

「迷惑なんか考えなくていいの。手段さえ誤らなければ、怒りは正当なものよ。誰でも平等に持つ権利がある」

「…………」

「ちゃんと怒りなさい。理不尽を強いた人たちに。助けてくれなかった人たちに。助けを求めなかった自分に。そして今度こそ、自分を表明しなさい」

 魔法憲兵の言葉に、シャルロットはただ頷く。彼女はそれで納得してくれたようで、一つ頷くと席を立った。

「さあ、玄関まで送るわ」

「は、はい」

 詰め所の玄関を出ると、ジャネットとエミリーが息を切らせてこちらに向かってきていた。

「ごめーん、遅くなったー!」

「いえ、急に呼び出してしまって、申し訳ありません」

「そんなに謝らなくていいの!」

「シャルロットさん、お腹空いてない? さっきまでお茶していたところのサンドイッチが美味しいの」

「大丈夫です。お気遣い……」

 ぐぅ~。

 辞退しようとする口を遮るように、お腹の方から大きな音が鳴った。

「ほら! 空いてるんじゃない!」

「ち、違います! これはただの生理現象で……!」

「つまり、お腹が食べ物を求めて動いているのね?」

「いえそうではなく!」

《はーい、見苦しい言い訳はおしまいにして、行くわよ》

「「はーい」」

 後ろから肩をロゼットに、両脇をジャネットとエミリーにしっかり掴まれて、シャルロットは引きずられるようにして歩き出す。

「あ、あ、あ、あの!?」

「かかった費用は後日振り込みますから、ちゃんと領収書をもらってエリックに渡してくださいね」

「「はーい」」

 魔法憲兵の言葉に姉妹が元気よく返す。

 シャルロットはなす術もなく、一本奥のストリートへと連行されていった。


「どう? シャルロットさん」

「美味しい?」

「美味しいです……」

 にこにこと迫る二人を前に、それ以外言えなかった。

 場所は通りを一本外れたところにあるカフェ。外れたと言ってもメインストリートよりやや道幅が狭いというだけで、人通りはあるしカフェも賑わっている。

 生け垣に囲まれたテラス席も、日差しが降り注いでいるおかげで十分に明るい。

 強引に連れてこられたこのカフェで、またもや強引に注文されたのはミックスサンドイッチなるメニュー。三切れのサンドイッチにはそれぞれ違う具が挟まれていて、スクランブルエッグ、ハムレタス、そしてトマトときゅうりとチーズだった。一緒に運ばれてきた紅茶は透明感のある綺麗な赤だ。茶葉の香りがふわりと漂う。

 パンは焼き立てのようにふわふわだし、スクランブルエッグは塩味がありつつまろやかな味わいだ。と言っても、ジャネットたちの圧力で味覚は半分も機能していない。なんとかギリギリ味がわかるくらいだ。

《ちょっと、ちょっと。シャーリーが緊張しているわよ》

 ロゼットが後ろから助け舟を出してくれる。含み笑いの声に関しては突っ込む気になれなかった。

「だって、ねえ?」

「世の中には美味しいものも楽しいものもいっぱいあるって教えたいんだもん」

 姉妹がテーブルに肘をつく。その顔は本当に楽しそうだ。

「ご飯を食べ終わったら、買い物に行きましょう。おすすめのお店があるの」

「魔法使いが運営していて、世界中に支店があるお店だよ。シャルロットさんも聞いたことあるんじゃないかな? ソフィ・ヴァリー商会って」

「いえ……」

《知っているわ》

 ロゼットが答えた。

《あそこ、品ぞろえが本当にいいのよね。質も高いし、よくお世話になってたわ》

「ですよね!?」

「昨日貸してあげたワンピース、その店で購入したんですよ」

《まあ、そうなの? センスいいわね。今から楽しみだわ》

「いや、あの、ちょっと待ってください」

 慌ててシャルロットは止める。

「昨日のワンピースは一張羅だっておっしゃっていましたよね? つまりそれと同等のものをこれから買いに行くということですか?」

「大丈夫よ。あそこほどではないけど、それなりに高品質なものはあるから」

「庶民――平民か、でも手が届くやつもあるからさ」

「そ、それなら……」

 頷きかけたシャルロットの前で、ジャネットとエミリーの目が光った気がした。

「じゃ、戦の前の腹ごしらえってことで」

「おねえさーん! 今日の日替わりパスタ二つー!」

 エミリーが注文を取る。

 シャルロットは静かに紅茶を飲んだ。

(まんまと乗せられてしまった気がするけど、大丈夫かな?)

 人生初の買い物まで、あと数十分。

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