第37話
翌日。
「おっはよー! シャルロットさーん!」
「今日の服届けに来たよー!」
「ひゃあっ!?」
ジャネットとエミリーの騒々しいモーニングコールで起こされたシャルロットは、あれよあれよと着替えさせられてしまった。完全に着せ替え人形である。
「本日のコーディネートは、お忍びのお嬢様をイメージしてみたわ」
ダイニングにシャルロットを引っ張ってきた姉妹が胸を張る。
動きやすさを重視しているのだろう。髪はハーフアップにしてバレッタで留められていた。
シンプルなブラウスの上に茶色のジャンパースカートを身に着け、足元はタイツで隠している。靴がローファーなのもありがたかった。
「いっぱい服持っているんだな」
エリックの口から真っ先に出た感想がそれである。
「女の子の服は多いのよ」
「ねーねー、早く朝ご飯にしよー。今日は買いたい物いっぱいあるんだから!」
「エミリーの買い物じゃないだろ」
と言いつつ席に着く。昨夜ほどではないが、朝からパンとスープ、サラダが並べられている。
「ご馳走です……」
思わずシャルロットの口から零れ落ちた。両脇の二人が信じられないものを見るような目をしてくる。
ジャネットがエリックを睨んだ。
「……兄さん、この子どういう生活環境だったのよ」
「極度のネグレクト。詰め所の食事量を『そんなにもらっていいんですか!?』って驚いたところで察してくれ」
「え……パンとスープだけだよね? え? どんな食生活だったの?」
「それは……」
シャルロットは言い淀んだ。あの生活に慣れていたとはいえ、あの環境が異常だったことくらいはわかっている。
ロゼットが後ろから援護する。
《言っちゃえば? あいつらのしたことなんだし》
「で、でも、お店に忍び込んで誰かの食べ残しを食べ歩いていたのは、さすがにはしたないというか……」
「はい? 忍び込んだ?」
「ご飯の用意は?」
「ありません。私はいない存在でしたので」
ダイニングが凍る。精霊を含めた全員が目を見開いて固まっている。
「……あの?」
「シャルロットさん、パン食べる?」
「え?」
「スープも! おかわりあるから!」
「やめろ胃がびっくりするだろ!」
《この旅で多少は鍛えられているから、食べ過ぎなければ大丈夫よ》
「そういう問題じゃない気がしますが!?」
両側からパンとスープを差し出され、エリックがそれを止める。ロゼットがフォローを入れるが、それでもなお食い下がる。
「え?」
シャルロットはそれらを見て、目をぱちくりとさせるしかなかった。
なんだか騒がしかった朝食を終え、詰め所に向かう。なぜかジャネットとエミリーまでついてきた。
エリックがぼやく。
「終わったらうちの精霊が呼びに行ってくれるんだから、付いてこなくてもいいだろうに」
「いいじゃない。見られて困ることなんかないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ……過保護な奴が増えたなって」
「お兄ちゃんにだけは言われたくないんだけど?」
エミリーが兄の脇を小突き、エリックはそれを手の平で受け流す。
「珍しい?」
隣を歩くジャネットが訊ねてきた。
「えっと……はい」
「貴族の生活がどんななのかは知らないし、私たちの暮らしも参考程度だろうけどさ。まあ、ああいうじゃれ合いは普通にあると思って」
「……はい」
そういえば、昨日もあれやこれやとみんなで言い合っていた。学園でも、生徒たちはよくおしゃべりしていた。
(私にとって話すのは、議論や事務的な受け答えだけだった)
妃候補に求められるのは、その場の最適な回答。それができれば、なにも言われなかった。
(こういう会話は、したことがなかったな)
目の前を歩く兄妹の会話は、いつの間にかカフェの話題に移っていた。
「それでね、そこの店員がめっちゃイケメンなの~!」
「へえ、よかったじゃん」
「今月のお小遣い使い切っちゃったからさ~。お兄ちゃん、カンパして!」
「追加でちょうだいの間違いだろ? 手持ちがないし妹に貢ぐ金はない」
「ケチ~!」
口ではそう言っているが、エミリーは笑っている。お互い、本気でお金のやり取りをするつもりはなかったのだろう。
(そういう会話もあるんだ)
だけど、難しそうだとも思った。
エリックが歩調を緩めた。
「ほら、詰め所に着くから。お前たちはここまでな」
「ちぇ~」
「近くのカフェで時間を潰しているからね」
「おかわり自由な『カフェ・リーンチェ』?」
「そうそう」
《あら、まだあのお店あったのね》
「ロゼットさん、知っているんですか?」
《若い頃にお世話になったのよ。紅茶一杯で朝から晩まで》
「それは、ちょっと迷惑では?」
《受験期間になるとそんな学生で溢れかえっていたわ。ちゃんと時間制限のあるエリアも作っていたし、店も応援の意味でサービスしてくれたから、受験後はパーッと散財させてもらったわ》
「ちなみになにを頼みました?」
《クリームたっぷりのビッグパフェ。甘いものも節制していたから、反動でね》
「わかります~! 美味しいですよね、あそこのスイーツ!」
《あら、今もそうなの? ちょっといろいろ落ち着いたら案内して! 娘に食べさせる!》
「もちろんです!」
「おーい、行きますよー」
やや呆れた調子でエリックが呼ぶ。盛り上がっていた女子三人(うち一人は精霊)は、手を振って別れた。
「……さて、じゃあ行きますか」
「はい」
「お嬢ちゃん、本当はそんなに綺麗だったんだね……」
フロントで合流したライナルが、シャルロットを一目見るなり号泣する。
「《チェンジで》」
エリックとロゼットが同時に言った。
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