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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第36話

「え!? 待って、兄さん! この子を着の身着のままで詰め所に連れて行くの!?」


 夕食後、出された紅茶を吹き出しそうな勢いでジャネットがエリックに詰め寄った。


「ああ、まあそうなるな」


「そうなるな、じゃないわよ! 着替えとかどうすんの!?」


「適当に見繕ってくれないか? お前たちそういうの得意だろ?」


「ご本人がここに居るのに!? ありえない!」


 エミリーも噛み付く。後ろに控えていたロゼットも、困ったように小首をかしげた。


《先に身の回りの物を選ばせてもらえるなら、そうさせてもらえると嬉しいわ。この子、捨てられていたものを繕って長いこと着ていたから……》


「「ほらー!」」


「……って言ってもなあ。調書が出来上がらないことには国にも報告できないし、そうなるとシャルロットを正式に保護できる期間も後ろ倒しになるし……」


「なら、明日の朝一番に行けばいいだろう」


 リアムがそっと言った。


「午前中に調書を完成させれば、あとはお前の仕事だろう? ロゼットさんのご実家がわからない以上、シャルロットさんの身元引受人はうちだ。ジャネットたちが引き取りに来て、そのまま商店に向かえばいい」


「それだわ」


「お父さんナイス!」


 娘二人が賛成する。


「どう? エリック。それなら問題ないんじゃない?」


 フローラの問いに、エリックは腕を組んで唸った。


「……まあ、うん。それなら大丈夫、かな?」


「よっしゃ!」


「やったあ!」


 ジャネットとエミリーがシャルロットを挟んでハイタッチする。


「言っておくけど、本当に時間かかるからな? 午前中の時間はほぼ確実に潰れるから覚悟しといてくれよ?」


「「はーい」」


「本当にわかってんのか……?」


 軽く返ってきた妹たちの言葉に、エリックは頭を抱える。その隣でオスカーがくつくつと笑った。


「兄さん、本当に姉さんたちに頭が上がらねえな」


「初対面の相手に『ブス』っつったお前にだけは言われたくない」


 オスカーをひと睨みして、エリックはシャルロットを見た。


「というわけですので、明日はいつも以上にバタバタすると思います。どうか部屋でゆっくり休んでください」


「はい。ありがとうございます」


 シャルロットは礼をした。


(……そういえば、部屋ってどんなお部屋だろう)


 足を伸ばして寝られるならどこでもいいけど。




「…………」


 通された客間に入ってすぐ、シャルロットはぽかーんと口を開けてしまった。


「シーツもベッドカバーも洗って三日と経ってないから、たぶん大丈夫よ」


「ベッドのところにあるのがパジャマだからね。今着ている服はそこのハンガーにでもかけておいて。明日の朝、新しく服を持ってくるから」


「えっ、いえ、そんな何着も……!」


「「い・い・の!!」」


 我に返って辞退しようとしたら、姉妹に押し通された。強い。


「じゃ、また明日ね!」


「おやすみー」


「おやすみ、なさい……」


 ぱたん、とドアが閉められる。


 シャルロットはへなへなとその場に座り込んでしまった。


 ロゼットが隣にしゃがむ。


《あー、シャーリー? 大丈夫?》


「大丈夫じゃ、ないです……」


 シャルロットはぎこちなく、改めて客間を見回した。


「なにこれ……昔使ってた部屋みたいな広さ……」


 大きなベッド。顔三つ分くらいありそうな大きさの鏡を持ったドレッサー。そこにあるランプは細工が施されているのか、小さいのに部屋全体を見渡せるくらい明るい。


 ポールスタンドには寒さ対策でガウンが掛けられている。天井まで伸びる窓。カーテンはもちろん遮光性。床は隅々までカーペットが敷かれていた。冬はもう少し遠いが凍える心配はない。


 そのカーペットを這ってベッドまで行けば、綺麗に折り畳まれた寝間着があった。しかも生地のツヤ感から見るに、おそらく新品!


「お、畏れ多くて使えない……」


《使いなさいよ! 風邪引くわよ!?》


 ロゼットのツッコミはもっともだが、それ以上に長年の貧乏性が勝っていた。パジャマに触れただけで体が震える。


「だって、お母様が亡くなってから新品のお洋服なんて買ってもらったことないから……!」


《ええたしかにそうだったわ、そうだったけど! これは彼女たちのご厚意なんだから素直に受け取りなさい! シーツにくるまって部屋の隅で寝ようものならそれこそ彼女たちへの侮辱よ?》


 眼前に迫るロゼットの迫力に押されて、思わず頷いてしまった。


《はい、じゃあ着替える!》


 渋々とワンピースとベストを脱ぎ、ポールラックのハンガーにかける。パジャマに袖を通すと、滑らかな綿の生地が肌を滑った。


《はい、じゃあこっちで寝る》


 ロゼットがベッドを指さす。シャルロットは恐る恐るベッドに乗った。柔らかすぎず、硬すぎでもないマットレスにびびる。


 シャルロットが毛布の中に潜ったのを確認して、ロゼットはランプに近付いた。


《じゃ、消すわね》


 ふっと。視界が闇に包まれる。


《おやすみ、シャーリー》


「……お母様」


《なあに?》


「一緒にいてくれますか?」


《もちろんよ》


 ロゼットの返答に、シャルロットは安堵する。淡い光をまとって隣にいてくれる彼女へ、自然と手を伸ばす。


「……こんなに良くしてもらえると、逆に不安になってしまって」


《そう》


「明日、もし屋根裏や物置部屋に連れていかれても、お母様がいてくれたら大丈夫です」


《……そう。もうおやすみ、シャーリー》


「はい。おやすみなさい、お母様」


 頭を撫でる仕草をするロゼットに頷き返して、シャルロットは目を閉じた。


 疲れていたのだろう。すぐに静かな寝息だけを繰り返すようになった。しばらく待って目を覚まさないことを確認したら、ロゼットは素早くドアをすり抜けた。


《なんとか寝てくれたわ。ありがとうね》


「いえいえ」


「一緒に寝たかったのになー」


「キャパオーバー起こさせないの。諦めなさい」


「ちぇー」


 ドアの前で待機していたジャネットとエミリーが、小声でやり取りする。


 入浴のドタバタを利用し、もしもシャルロットがベッドを使い渋るようだったら突撃してもらうよう頼んでいたのだ。三人で使うにはやや狭いかもしれないが、よほど寝相が悪くない限り落ちる心配はない程度には広い。


「じゃあ、また明日」


「おやすみなさーい」


《おやすみなさい、ありがとうね》


 ランプを片手に部屋へ向かう二人を見送って、ロゼットも客間へ戻った。


 幸い、シャルロットは起きていなかった。静かな寝顔を見つめていたロゼットは、カーテンの向こうの景色を思い浮かべた。


(魔法やこの国の歴史、一般的な感覚や、妖精新聞……。覚えることも課題も山積みだけど、とりあえず生活の拠点はできたわ。時間があれば私の実家を探したいし)


 長いこと実家には帰っていなかったから、家までの道のりは正直言って怪しい。だが、町が大きく変わっていなければ、実家も昔と変わらない場所にあるはずだ。


(焦っちゃ駄目よ。一つずつクリアしていけば、この子もきっと昔みたいに明るくなれる)


 それまで、侯爵家は肩身の狭い思いをしてもらおう。


 ロゼットはほくそ笑んだ。

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